奇跡の血量 2018.6/15~

      目次
1.砂の岬   Ponta de Areia        (jump)
2.砂の岬  Beauty And The Beast    (jump) 
3.砂の岬  You Know You Know    (jump) 
4.砂の岬  Nefertiti          
(jump)    
5.砂の岬  The Fool On The Hill     (jump) 
6. 砂の岬  愛のコリーダ         (jump)    
7.砂の岬  The Secret Life Of Plants 
(jump)  
8.砂の岬  Stolen Moments       (jump)  
9.砂の岬  土星(Saturn)       (jump) 

(最新更新部分へJump)  (jump)   
   
              
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  1.砂の岬  Ponta de Areia    

Music Image:Wayne Shorter - Ponta de Areia from the Native Dancer album

https://youtu.be/2iZ7id-lxXo



  あにぃ23才  俺11才  春


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 あにぃたちが帰ってきたぞ。全員元気で帰ってきてるぞ、と聞いて俺は砂の岬に走った。
 集落のほとんど全員が出迎えているのかもしれない。凄い人数が集まった。大勢の船乗りと、大勢の太鼓叩きが集まって太鼓をたたき、輪になって踊り、歓声をあげている。馬乗りたちは砂の上で輪乗りをしている。その先頭に、誇らしげに馬を操るあにぃが居た。
 輪の中央で太鼓叩きのトンが箱櫃を開け、たくさんの敵の首印をひとつひとつ出していく。太鼓叩き達が声を出して数える。1個.2個.3個....浮遊する血の臭いに皆が興奮している。いったいいくつ捕ってきたんだろう?とにかくすごいや。
 血の臭いと太鼓の音を嫌うのか、馬が時折立ち上がって嘶くが、馬乗りたちはすぐに馬を治める。

 春先とはいえ海からの日差しが眩しい。あにぃはひらりと華麗な身のこなしで馬から降りてきた。太陽が向こう側にあるので、あにぃの全身が黒いシルエットのように見える。影絵のようなあにぃの横顔、腰布を着けていてもわかる、あにぃの小さいけれども引き締まったプリけつ。あにぃのプリけつは皆の人気だから、あにぃは太鼓の拍子に合わせて腰を振っておどけ、皆を煽っては歓声を浴びる。
 全速力で走って息がきれた俺は、砂の上にうずくまり、水面で口をぱくぱくさせる魚のように、はぁはぁと口を開けたり閉じたりしながら、力限りにあにぃを呼ぶ。
「あにぃ...あにぃ....あにぃ...」

 呼吸が整わない俺の声は力弱かったのに、あにぃは俺に気付いてくれた。あにぃはこちらを向いて俺を指さすと、俺の真似をして口をぱくぱくさせて笑った。綺麗な歯、あにぃの笑顔はほんとうに優しい。あにぃが元気で帰ってきて良かった、ほんとに良かった。俺は思わず泣き出してしまう。
 あにぃは人混みをかきわけ、俺のところに来てしゃがんだ。あにぃの体からは、ほんの少しだけ血の臭いがする。あにぃは指で俺の頬の涙をぬぐい、俺の頭を撫でながら耳打ちする。
 「一番星が頭の上に昇るころ小屋に帰る」
 俺は、ほかの奴らにわからないよう、あにぃだけにわかるよう、小さく頷く。俺は嬉しくて嬉しくてもう卒倒してしまいそうだ。あにぃはすぐに皆の輪の中心に戻って行く。立ち去っていくあにぃの肩と背中がかっこいい。あにぃは出かける前よりかっこ良くなってるんじゃ無いか?そう思ったら、また涙が出た。

 俺の集落には、神様と、子供と、馬乗りと馬と、船乗りと、太鼓叩きと、乳牛たちと赤ん坊が居て、それで全部だ。あにぃも俺も馬乗りだ。馬乗りは戦いに出る。だから馬乗りは集落のスターだ。
 その中でも特に馬に乗るのが上手くて、特に敵をやっつけるのが上手くて、特にカッコイイ馬乗りが、あにぃだ。
 俺はついこの間、子供から馬乗りになったばかりなので、まだ戦に出してもらえない。俺のぽから白いのが出るようになったら、俺は戦に連れて行ってもらえる。

 馬に乗るのが上手くない奴は船乗りになる。
 船乗りのうちの数十人も戦に出るが、目的は食料の輸送や戦利品を持ち帰ることなので、戦闘には参加しない。
 馬乗りと船乗りは年を取ると太鼓叩きになる。だから太鼓叩きは皆ジイ様だ。

 丘に上がった林の中に、真っ白い乳牛たちが住んでいるらしい。乳牛たちは俺たちと似た形をしているが、四つ足で歩き、話をすることもできないから、俺たちとはだいぶ中身が違うのだと聞いている。俺たちは肩布腰布を着けているが、乳牛たちは丸裸で暮らしている。
 あそこはちょっと異様な雰囲気の不思議な場所だ。もっと小さかった頃、子供たちはあそこで乳牛たちの乳を吸っていたらしい。つまり俺もあそこに居たはずなんだが、良く覚えていない。
 俺たちと乳牛たちとの接触は無い。乳牛は小屋に入っている時以外は鎖に繋がれていて、太鼓叩きたちが世話をしている。
 たまに、あにぃくらいの年の馬乗り、船乗りが太鼓叩きに連れられてあそこに入って行く時があるが、なぜ入って行くのかわからない。あにぃはたぶん行ったことは無いんじゃないかと思う。
 あにぃは乳牛が嫌いだ。近くまで行ったとき、あにぃを見た乳牛たちがぎゃーぎゃー鳴いて気味悪かったから嫌いになったと言っていた。
 俺は乳牛をそんなに嫌いでは無いかも知れない。子供の頃、捕ってきた乳牛を太鼓叩きが丘のほうに連れて行くのをちらっと見たことがある。その時、綺麗だなと思ったし、懐かしいような不思議な気分になった。

 神様は何人か居て、だいじな事は神様が決めているらしい。俺の持論では、良い神様も悪い神様も居るんじゃないかと思う。ずいぶん昔に神様に愛されて集落から召されて神様になった人が居るらしい。その人はきっと良い神様になっていると思う。

                  
 一番星が地平線を昇り始める頃からもう俺は落ち着かない。あにぃは川で水浴びしてから小屋に帰るだろう。俺もあにぃに会う前に、身ぎれいにしておかなくちゃ、と思って川に行った。身体を洗い終わって泳いで遊んでいるうちに、空から夕焼けの赤色が消え始め、闇に変わろうとしている。
 人差し指くらいの長さの魚が浅瀬に取り残されているのを見つけ、素手で捕まえた。魚は俺の手の中でぷるぷると動く。あにぃは、魚みたいにぷるぷるするお前がかわいくてしかたないと言っていたっけ。俺はこんな感じなのかな、と思った。

 月が出たので、川から小屋に向かおうとしていると、捕らわれてきた乳牛一頭を太鼓叩きが連れて来るのが見えた。
 なぜか乳牛は目隠しされて薄い衣を羽織っている。どこに連れて行くのだろう?と思って木の陰に隠れて覗いていると、逆の方向から、あにぃが三人の太鼓叩きに連れられてやってきた。
 太鼓叩きは、乳牛をあにぃのほうに押しやって何か言っている。太鼓叩き三人に腰を掴まれたあにぃは、嫌だよと大声で抗議している。あにぃはずいぶん怒っている。
 乳牛を連れたほうの太鼓叩きが乳牛の目隠しを取り、衣をさっとはぎ取って、あにぃに「見ろ」と言う。

 「未通の乳牛だぞ。こんな上玉はなかなか居ないって。こいつにお前が付けるのは、みんなのためなんだよ」
 小刻みに震えながらずっと泣いていた真っ白の乳牛の肌が、綺麗なピンク色に染まる。あにぃは、「泣いてるのに・・・可哀想だ。嫌だ」と吐き捨てるように言う。
 一人の太鼓叩きが、乳牛の股に指を素早く突っ込み、引き出した指をほれっ!と言ってあにぃの鼻先に突きつける。
 「確かにさっきまで泣いてたが、お前を見たとたんにすっかりこれだぜ」
 「これじゃあ付けないで返すほうがかえって可哀想ってもんだ」
 「お前はいつもいつもこうだ。お前がたくさん付けないでどうする。このままだと俺たちに授けられたせっかくのお前の血統が、全くの無駄になっちまう」
 「たしかにお前のおかげで俺たちの陣地はここまで広がったし、良い乳牛もたくさん捕れた。お前はほんとに良くやってる。だが戦いはもうほどほどで良い。これからはこっちの仕事に専念してくれたほうがみんなのためなんだ」
 何と言われようが、あにぃは言う事を聞かない。太鼓叩きたちは諦めて乳牛を連れて戻っていった。

             

 ようやく解放されて一人になったあにぃは、肩布・腰布を外し、すっかり丸裸で川に入って身体を洗いはじめた。約束を守ってくれてるんだ、水浴びを終えたら小屋に帰ってきてくれるつもりだ、と思う。
 夕焼けの残照も消えかかり、あたりはもうすっかり夜の闇に包まれ始めている。あにぃはまったく日焼けをしていない。前の戦のときもそうだった。
 春の月の柔らかな光が水浴びするあにぃの真っ白で柔らかい身体を照らす。あにぃをもっと見ていたくなって、このまま木陰に隠れていて、あにぃが身体を洗い終わったら出て行って脅かしてやろうと思う。
 あにぃが水をいじる音が、川のせせらぎに混じる。ヨタカの鳴く声が遠くで聞こえる。月や、星や、月明かりでキラキラ光る川面、見慣れたちょっと間延びした春の夜の景色なのに、あにぃの身体がそこにあるだけで、ぐっと締まって美しく見える。
 身体を洗うのに飽きて遊びたくなったのか、あにぃは泳ぎ始める。あにぃの身体が水面に浮いたり沈んだりする。前にトンが、白蛇を見ると縁起が良いのだが、自分はまだ見たことが無いと言っていたことを思い出した。そして、白蛇というのは、ああいうものかも知れないと思い、あにぃがあんなに白くて柔軟なのは、ほんとうは人間じゃ無くて、白蛇だからなんじゃないだろうか、と思う。
 あにぃが水の中にぐっと沈み込んだとき、次にあにぃが水面に浮いて来る時は、白蛇に変わってしまっているような気がして俺は急に不安になり、俺は、「あにぃ」と叫んで木陰から飛び出し、川に向かって突進した。それは杞憂だった。浮き上がってきたときも、あにぃは人間の姿のままでいた。
 あにぃは驚いて一瞬身構えたが、すぐに俺だとわかると、「ナギぃ!」と大声で俺の名を呼び、すーっと浅瀬まで泳いで来て満面の笑みで大きく両腕を拡げた。俺があにぃにかじりつくと、あにぃは俺を水に引きずり込み、俺を無言でぎゅっと抱きしめる。
 戦の話をたくさん聞きたい、あれもこれも話したい、と思っていたのに、俺は「あにぃ、あにぃ」だけしか言葉が出ない。俺の背中をあにぃの手がめちゃくちゃに撫で回す。嬉しくて嬉しくて、俺は小さな子供のように小便を漏らしてしまいそうだ。

 あにぃは俺の顔を両手で挟んで、じっと俺の顔を見つめる。
「俺が想い出したかった顔だ。戦に行く前にもっとちゃんと覚えておけばよかった」
 あにぃは、髪の毛一本一本まで記憶しようとでもいうように俺の髪を指で梳き、俺に横を向かせて、俺の生え際から耳、顎、首筋と、軽く手を触れながら、触れたところをじっと見つめる。
 「会わない間にお前はずいぶん大人っぽくなった。賢そうになった」とあにぃは言う。
 「俺はあにぃの横顔が思い出しにくて悔しかった。途中まで目に浮かぶんだけど、すぐに馬だの鷹だのに入れ替わってしまってた」と言う。
 あにぃは「ああ、わかる」と微笑んで、すっと横を向いてくれた。
 俺もあにぃの真似をして、あにぃの顔を指でなぞる。あにぃの顔があんまり綺麗で、触れることを禁じられているもののような気がして、俺はそっとそっと触った。
 それなのに俺は、触っているうちにだんだんと興奮してしまい、突然あにぃの唇にむしゃぶりついた。
 あにぃはためらったが、一瞬の後、あにぃもやはり俺の唇に吸い付いて応えた。水の中なのに、あにぃの身体がすごく熱い。

 あにぃは思い直したように身体を離し、
「びっくりして俺のぽが立っちまったぞ」と笑い、「そんなことより、俺はナギの身体をちゃんと覚えておきたい」と言う。
 あにぃは俺を抱き上げて川原の大きな石の上に置き、しゃがみ込んで俺を見つめる。あにぃは片手で俺の両手首を掴んで上げ、もう一方の手で脚を掴んで拡げ、「脇もぽもまだつるつるだな」と笑う。あにぃにじっと見られていると、ぽがふやけて重くなってくる。息が上がり、しゃくり上げるような感じになって、俺は口をぱくぱくさせた。今、俺はきっとさっきの魚のようにぷるぷるしているんだろう、と思う。

 「白いのは出るようになったのか?」とあにぃは訊ねる。
 戦に出る前に、俺はあにぃから、ぽを大きくするのと白いのを出す方法を教えてもらっていた。
 お前をかわいいと思いすぎて変な気持ちになった時、こうやって白いのを出すと変な気持ちがおさまるんだ、と言って、あにぃは自分で自分のぽをしごいて、白いのを出してみせてくれた。俺も真似して自分でやってみて、白いのは出なかったけれど、気持ちよくなってぴくぴくした後、気持ちがおさまるのがわかった。
 「まだ出てこないよ」うわずった声で俺は答える。
 「そうか。でももうすぐナギもびゅんびゅん飛ばすようになる。そうしたら一緒に戦に行こう」とあにぃは言う。

 あにぃは俺の手脚を離して、今度は遠くから俺を眺めて「かわいいぞ、かわいいぞ」と言う。
 俺はよく、あにぃと瓜二つだ、今にお前もあんな風にかっこよくなるぞと言われる。その度に、俺はあにぃほど綺麗でも無いしカッコ良くも無いのに、と思っていた。あにぃに「かわいいかわいい」と言われると、俺のどこがそんなにかわいいのかな?どこにいても光り輝くあにぃと違って、俺なんかどこにでも居るただの未熟なガキだろうに、と思う。

 あにぃは俺を抱き上げ、二つ折りにして肩に乗せた。
 「もっとゆっくりお前を見ておきたかったのに、お前のせいで、ぽがまた硬くなっちまってダメだ。そろそろ小屋に帰ろう」とあにぃは言う。
 あにぃはそのまま俺の尻をぽんぽんと太鼓代わりに軽く叩き、あにぃの自作の変な「ウサギの歌」を口ずさみながら、小屋に向かって歩き出す。4+5の9拍子というか8+10の18/8拍子だ。
 うさぎはナ~ギ♪ ナーギーうさーぎ♪♪ 狩られ束ねられ 吊ーるーされ~る♪
 狩られたウサギみたいに俺をぴょんぴょん跳ねさせたくて、あにぃは俺の股の間に手を入れて悪戯をする。俺が声をあげそうになると「シーーッ誰か来る」と俺を脅して制止し、すぐまた悪戯を始め「ナギのぽもずいぶん膨れるようになったなあ」などと俺をからかい、意味の無い歌詞でさっきの旋律を歌いながら股間をいじる。
 ちっぽナギっぽ♪あーらーりらーれぇ♪あらりられ~や♪れ~らーいえ~いえ♪
 狩られたウサギは足をばたつかせ、狩人の尻をぴしゃぴしゃ叩いて暴れる。小屋に着く頃、尻を叩かれたウサギは、すっかり出来上がったやわらかい肉になる。

music image Milton Nascimento - Ponta de Areia (1975) from minas album
https://www.youtube.com/watch?v=15g6YWqG3vc

 小屋に入り、あにぃは歌のウサギのように、俺の四肢を持って吊してみた後、床に置いた。
 「お前は本当に変わった」とあにぃは言う。「背もずいぶん伸びた、ケツに筋もついた。力も強くなったし動きのキレも増した。顔も締まってきた」
 「あにぃが教えてくれた馬と戦いの稽古はトンに見てもらって毎日ちゃんとやってたよ。俺も自分で技を発明してみたよ・・・・ちょっと変かも知れないけど・・・・」
 あにぃと俺は、あにぃが成長するまでは集落一番の馬乗りだった太鼓叩きのトンに馬を習った。あにぃと俺だけでは無く、この集落で馬に向いていそうな子供は皆トンに馬を習うのだ。あにぃと俺は年の離れた兄弟弟子のようなものだ。あにぃは、なぜか俺が小さい頃から俺を特別目に掛けてくれて、トンが教えてくれることの他にも、色々なことを俺に教えてくれた。
 戦に出るとき、あにぃは必ず俺に稽古の宿題をくれる。こなしにくく辛い宿題だけれど、あにぃが居ない気持ちの空洞を埋めるにはちょうど良い辛さだった。俺にはあざや擦り傷が絶えなかったけれど、それがかえって心を落ち着かせた。
 「ああ。お前の事だから心配していなかった。俺たちは戦っていたが、お前も俺と同じくらい全身全霊だろうと思っていた。明日は一緒に馬に乗ろう。お前の発明した技を見せてもらおう」
 とあにぃは言って、俺の頭と顔を撫で回す。
 「ナギの年齢の子は毎日変わる。朝と夜とでも違っている。同じ時が一瞬として無い、不安定で頼りないふわふわした ひな なんだ。明日はすごく良いものになっているかも知れないし、すごく醜いものになっているかも知れない。今は一瞬一瞬が勝負なんだ」
 とあにぃは言う。
 「多くの子の変化は季節の移り変わりのようなもので、次に来る季節が想像できる。でもナギはそうじゃ無い。ナギの変化は特別で予想がつかない。なぜならナギは全身全霊だからだ」
 あにぃはしばらく俺の顔を見つめ、ためらっていたが、
「・・この唇は今だけの特別の授かりもの」
 と呟くと、思い切ったように俺の口を強く吸う。あにぃの吸う力はだんだん強くなり、あにぃの身体は熱かった。

 「もう一度お前をゆっくり見たい」
 あにぃは俺に、そこに立って、両腕を高く上げて脇の下を見せてくれ、そのまま腰を廻してくれ、顔は天井を向いて、などと注文する。
 あにぃが思いつくままに、俺は次々と色々な格好をさせられる。開いた両脚の間からあにぃを見たり、片脚で立ってもう片脚を高く上げたり、胸をつき出して反ったり、腹ばいで腰を高く上げて尻を廻したり。
 「腹ばいで尻をまわす時は、もっとゆっくりゆっくり動かすんだ」
とあにぃは言う。
 自分でもすごく変な格好をしていると思っているのに、ゆっくりゆっくり尻を回すのはとても恥ずかしい。あんまり恥ずかしくて悲鳴をあげてしまったりするのに、何度も変な格好のやり直しをさせられる。
 やり直しをしているうちに、あにぃの注文でやっているのでは無く、好きで自分でやっているような気になってきた。
 俺はあにぃに自分の尻を見せつけたくなって、∞の字を描くように回転させたり、わざと脚を開いたり閉じたりしてみせる。そんなことをしていると、あにぃに甘えたくなってきて、おもわず鳴き声が「きゅん、きゅ~ん」と口から漏れる。
 「いいぞ、それでいいんだ、かわいいぞ、かわいいぞ」とあにぃが言う。

 あにぃのぽが立ち、あにぃは真剣な顔で、食い入るように俺の身体を見ていた。さっきまで優しく整っていたあにぃの顔が、獲物を前にした獣のような歪んだ顔に変わっていた。狼のようだ、と思って俺は少しだけ脅え、でも、あにぃは戦から帰ってきたばかりだから仕方無いんだ、と思った。
 俺がそう思ったのにすぐ気付いたのか、あにぃは俺に訊ねてきた。
 「俺は変な顔をしているか?・・変な顔した俺が怖いか?」
 変な顔してる。でも怖いとは思わない。と俺は答える。
 「俺がもっと変な顔をしても、俺を嫌いにならないか?」とあにぃは訊ねる。
 嫌いになるもんか。なんでそんな事を聞く?と俺は答える。
 「だってお前はまだ・・・・」
 あにぃは言いかけて途中で止める。
 白いのが出てこないから一人前じゃ無いと言いたかったんだろう、と思い、俺は本気で腹が立った。あにぃが戦に行ってから、俺がどんなにあにぃの事を想っていたか、心配していたか。
「俺はずっとあにぃを想っては、ぽをしごいて気持ちを静めていたんだ。さっきもあにぃが水浴びをするところを隠れて見てて変な気持ちになってた。俺だって変な気持ちになる、もっと変な気持ちになりたいくらいだ」
 大きな動物を威嚇する小動物のように、俺はあにぃに抗議した。

                

 「わかった」とあにぃが言った。
 「俺も、お前に見せる」
 あにぃは、さっき俺に注文したのとすっかり同じ格好をして、俺に見せる。
 あにぃの身体と俺の身体の形は、相似形の図形のようによく似ているから、まるでさっきの俺の格好を見せられているような気がして、俺は思わず手で顔を蔽う。あにぃは、「ちゃんと見ろ」と言う。
 あにぃはどんどん興に乗って、色々な歌を歌っては、歌に合わせて思いついた他の格好もして見せる。
 あにぃの身体は俺と同じでクラゲのようにふにゃふにゃで柔らかい。長い手足が蛇のように自在に曲がったり伸びたりする。素早く動くと、だらんと脱力させた腕が勢い余って身体にからみつく。
 あにぃの表情がさっきとはまた違う表情になっている。さっきと同じように歪んでいるが、傷ついた弱い動物のような表情。助けを呼んでいるのに声すらも出ないせつない動物の表情。それなのにあにぃはますます興に乗って、まるで俺が襲いかかるのを誘うように、ますます隙だらけの姿を俺に晒す。俺はあにぃにむしゃぶりつきたくなってくる。俺は変だ。でもあにぃはもっと変だ。
 いつのまにかあにぃは、歌を歌うのをやめていた。あにぃは狂ったように無言で変な格好を俺に見せつけ、俺も無言でそれを凝視している。

 気がつけば、とても静かな夜だ、無音なんだ、と俺は思った。さっきから俺の荒い呼吸音だけが聞こえていた気がする。
 いや無音では無い。波打ち際に波が砕けては引いていく音が小屋の外で、ざーっ、ざーっと鳴っている。だから無音では無いのだが、小屋の中を支配しているのは沈黙だ。沈黙の中のあにぃと俺の熱狂は、はたから見る人が居たら、とても変に見えるだろう。こんなに穏やかな静かな夜なのに、あにぃと俺は、とても奇妙なことをしている。
 あにぃが仰向けに床に寝て、腰をあげてぽを天井に突き出して腰を廻したとき、俺はとても興奮して、
 「あにぃ、すごく変な格好だ・・」と、長い沈黙を破った。
 普通に言ったつもりなのに、自分の声がうまく出ず、いやらしいような低い声、喉から絞り出すような声が出た。
 あにぃの身体がさっと朱に染まった。
 俺と同じなんだ。あにぃもこんな格好を見られるのはやはり恥ずかしいんだな、と思った。それなのに、変な格好だなんて・・しかもあんな変な声で。

 「ごめんなさい、俺、変なこと言ってしまった」と言って俺は、あにぃに飛びついた。
 「いいんだ」とあにぃは我に返ったように言って、あにぃの身体の上に俺を覆い被せて俺をぎゅっと抱きしめた。
 あにぃは俺を抱きしめたまま、固まったように動かない。あにぃが少し震えている。
 「あにぃ・・どうしたの?」
 俺が不思議そうにあにぃを見ると、あにぃは
「俺は・・自分がナギで、ナギが自分になったような気がしていた・・そうしたら・・」
と震える声で言う。
「・・ああ・・すごく変な気持ちになってる・・まるで魔物に取り憑かれてしまったようなんだ。怖い・・一体、どうしたら良いんだ・・」
 あにぃがこんなに、子供のように困っているのを俺ははじめて見た。あにぃは何をやっても完璧にこなす英雄なのに、こんな変なことで困るなんて。魔物だなんて大げさな事を言って・・ひょっとしたらこういうことでは、あにぃより俺のほうが賢いところもあるかも知れない、俺がしっかりしないと・・と思う。
 そう思ったら、あにぃとは逆に神様がとりついて自分を動かしているような気持ちになった。
 「こうすればいいんだと思う」
と言い、俺はあにぃの伸ばした脚の間に自分の両脚を入れて、あにぃの脚を俺の腰にからみつかせた。
 堰を切ったように、自然に、二人の相似形の身体が、大小2匹の白蛇のようにからみあった。同じ向きの相似形になったり逆さまの相似形になったりする。
 最後の糸が切れたように夢中で身体を擦り合わせているうちに、あにぃのぽが嘘みたいにどんどんデカくなっていった。俺は嬉しくてとても興奮して、あにぃのぽを口に含んでちゅうちゅう吸う。俺が口を離すとあにぃは俺を引き上げて俺の口を吸う。
 あにぃはすっかり元気を取り戻し、
 「ナギの顔がキモくなってるぞ、キモかわいい。もっとキモくなれ」
と言って、俺の体中を吸いまくる。俺は嬉しくてたまらない気持ちになって、身体をくねらせて「きゅ~ん」と鳴く。あにぃの身体から俺の身体に鼓動が伝わってくる。あにぃの呼吸に時折り獣のような呻きが混じる。
 「あにぃだってキモい。ぽがでかくなって赤くなっててキモい、声までキモい」と、俺も上ずりながらも精一杯の力で貶し返す。
 「キモいガキが、キモいガキが..」
と罵って、あにぃは俺のぽを執拗に吸う。俺も逆さになってあにぃのぽを吸う。
 「あにぃのぽがぬるぬるしてキモい、臭くてキモい」
 本当は臭くなんて無かったのにわざとそう言うと、俺はどんどん興奮して、あにぃのケツにしがみつき、ちゅうちゅう吸いまくる。あにぃも俺のケツをめちゃくちゃに揉みながら俺のぽを吸いまくる。
 俺もたくさん鳴くが、あにぃも鳴き、嘶き、声が混じり合う。鳴き声と唸り声と吐息。
 急に、何かが来た、という感覚に襲われ、俺はあにぃのぽから口を離してのけぞる。
 「きゅ~~ん、きゅ~~ん、きゅ~~ん」
 気が遠くなるほどすごく気持ちよくなって激しくぴくぴくひくひく痙攣した。気持ちよさが腰全体に広がってゆく。俺はしばらくひくひくし続ける。
 「あぁーー、かわいいぞ・・かわいいぞ・・ナギ、あーーー」
と、あにぃは叫び、すぐに「どけ」と言って俺を強く押しのけて俺の身体をあにぃのぽから引き離すと、あにぃのぽから白いのが勢いよく飛び散った。

 あにぃの薄く開いた目が一瞬虚空を彷徨い、すぐに軽く瞼を閉じた。一瞬こわばった頬もすぐに脱力し、唇が少しだけ開いて、ちいさく微笑むように緩んだ。今のあにぃは俺のことを思ってはいない、あにぃの心は誰も知らない世界に一人で連れて行かれたと思った。
 俺が今まで見たもののうちで一番神々しく美しい瞬間を見たような気がする。さっき熱に浮かされて、あにぃのことをキモいと罵ったことを、俺は少し後悔した。

 波の音が聞こえている。天井の隙間から漏れる月明かりが、あにぃの白い裸体にそっと触る。
 魔物は去って行った。

                

 「こういうことか・・・こういうことだったんだな・・・」
 あにぃは目を閉じたまま、独り言のように言った。色々な考えが頭の中で駆け巡っているようだった。
 「馬のアレに似てるが、馬とはだいぶ違うもんだ」
と、あにぃは言う。
 「もっと吸ってたかったよ」と俺が言うと、あにぃは、
 「まだダメだ。お前も出るようになったら最後の最後まで吸い合おう」
と言う。
 「俺もあにぃみたいに早く白いの出したい。そして一緒に戦いに出るんだ。そしたらずっと一緒に居られるね」
と、俺は言う。
 あにぃは微笑み、俺の頭を撫で、
 「お前はほんとにかわいいぞ、かわいかったぞ」
とまた言って、あにぃの口で俺の口を塞いだ。

 裸で抱き合っているうちに、あにぃが先に寝息を立て始めた。
 「ほんとに疲れてたんだな。帰ってきたばかりだもの」と思う。綺麗でカッコいいとだけ思っていたあにぃの横顔を、かわいらしく、はかないとすら思う。この人を俺が守らなくちゃと思う。
 あにぃの事がとても誇らしい。そんなあにぃを独り占めにしている自分のことも誇らしい。

 今日はほんとうに不思議な日だった。
 俺は、一晩中波の音を聞きながら、一睡もしないでずっとあにぃを眺めていた。



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 2. 砂の岬  Beauty And The Beast  
               

music image :Wayne Shorter - Beauty And The Beast from the Native Dancer album


  あにぃ23才  俺11才  梅雨 

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 梅雨があけるころ、集落では年に一度の太鼓叩きたちの集会が開かれる。
集会は3部にわかれ、1部は元馬乗りの太鼓叩きたち、2部は元船乗りの太鼓叩きたち、3部は両方の長老だけが集まる。
 重要な議題がある時には、3部には神が降臨くださることもある。集落の重要な決まりはここで決まる。
 3部の話題は、この数年ほとんど同じだった。そして今年もそうなるだろうと皆が思っている。

 皆の心配は、集落で最も高貴な血統のアニが、さっぱり乳牛に関心を示さないことだ。何代にもわたる計画的な血統づくりによって、この集落はここまで勢力を伸ばしてきた。
 優秀な馬乗りたちの血脈は、戦に出る集団を強化するだけの結果にとどまらない。
 この集落では、馬に乗るのが不得手な者は船乗りになるが、その強化にも良い結果を及ぼしている。優秀な馬乗りの子孫の中にも、成長するにつれ身体が大きくなり過ぎて馬乗りには不向きの体格になる者は一定数現れる。それが優秀な船乗りのリーダーとして育ってゆくのだ。ここの船乗りが優秀だということは、この集落の豊富な漁獲量を見れば明らかだ。
 この集落は、船造りも盛んだ。他の集落でこんな良い船をたくさん持っているところは無い。要は、皆が賢いのだ。
 さらに、戦いに勝って捕獲した良い乳牛を運ぶのに適した大きな船を、この集落は何隻も持っている。戦に勝った後、良い乳牛をたくさんこの集落に連れてくることが出来るのだ。
 
 つまり、血統の管理は、この集落の繁栄の基礎になっている。

 神がアニをこの集落に授けて下さったときは、皆が大喜びしたものだ。
 特別の始祖の血統。奇跡の血統。これで100年は安泰だぞと。
 皆の予想通り、アニは奇跡のような若者に育った。戦の天才・・・・智恵や勇気だけでは無い。本気で敵を倒そうとする時、アニの身体はクラゲのように光る。その光は戦う敵を金縛りにして腰抜けにしてしまう。あれは誰にも真似のできないものだ。
 ついでの事だが、アニは容姿がとびきり美しい。アニが光を放つことと関係しているのかも知れない。
 とにかくアニは集落の宝なのだ。
 それなのに・・・・・このままではアニの血統がアニ一代で途絶えてしまいかねない。そろそろ本腰を入れて何か対策を考えなくてはいけない時が来ている、というのが全員の共通認識だ。集会を前にして、あちこちでその話題が交わされている。

 「こうなったら縄で縛ってでも大勢で連れていくか」
 「いや、あんまり無理矢理でも拗らすばっかりだろう。そうなっては元も子もない」
 「俺たちと違って、乳牛は四つ足だからな。アニはまだ気味悪がってるのかも知れんぞ」
 「四つ足ってのがかえってたまんねえのにな・・男盛りの年齢なのにまだわからんのかな」

 「あんまり特別に育て過ぎたのが失敗だったかも知れん。覚える暇が無かった」
 「いや、逆にちょっと早すぎたんだ。アニが白を出したぞって大喜びして、無理矢理あっちに連れてったときのことを覚えてないの?乳牛どもは妙に興奮しちまうし。あれが一番の失敗だった」
 「失敗なんて言うなよ。なんとかしなくちゃいけないってときにさ」
 「欠陥があるってことは無いのか?」
 「それは無い。最近は綺麗な弟抱いて、ビンビン立てては派手に飛ばしてるさ」
と、覗き自慢の太鼓叩きが言う。

 「弟?ナギのことか?」
 「弟つっても血のつながりは全く無い。なのに瓜二つ。あれは不思議だな」
 「ナギは赤子の頃に川に流れ着いた子で、血統は全くわかっとらんのよ。桃の中に入っとったんじゃ。あの賢さ、すばしこさを見ても、ナギも並の血じゃ無いだろうな」
 「ああ。アニの次は、ナギの時代になるのだろうな」
 「遠いってことは、ナギが乳牛だったら理想的だったんだな。次の世代同士で付けるしか無いな」

 「アニとナギは離したほうが良いんじゃ無いか?」と1人の太鼓叩きが言い出した。「ナギの抱き心地が良すぎて、アニのぽがカン違いしてると思う」
 「普通は、若い馬乗りの稚児遊びは、乳牛に付ける前の良い稽古になるものなんだがな」
 「そうなんだが、ナギに妙な色気があるのがいかん」
 「べたーーっと甘えて身体預けて来たりな」
 「いや、あれはナギにまだ白が出てないってだけのこと。稚児の色気は一時的なもんだて」
 「ああ。ナギに毛でも生えれば、自然とアニがナギを構う気も薄れるだろう」
 「俺もそう思う。今離したら2人とも拗らせる。そうなったら・・・それこそ集落の死活問題だぞ」

 「トンはどう思うの?」と2人に馬を教えたトンに話が振られる。トンはアニが成長するまで集落一番の馬の名手だったし、流れ着いたナギを川で拾ったのもこのトンだった。
 「あいつらがああなったのはつい最近のことだろう?ずっと一緒に暮らしていたことを思えば、それは清らかなものさ。アニはほんとに晩生なんだよ。逆にナギは早熟だと思う。だからあと少しの時間で自然に解決するだろう。もう少し待ってやりたい」

 「しかし待つといってもな、何人かの神は、天上にアニを戻したがっておられる。神がいつまで待って下さるか・・」
 「ああ。アニにあまり時間が無いというのは確かなことだ」

           

 あの不思議な日から今日まで、あにぃと俺は、昼は馬の稽古をし、夜は抱き合って過ごした。
 あれから俺たちはお互いの色々なことを発見したし、自分のことについても色々なことを知ったと思う。
 俺はいつ頃からあにぃと仲良しになったんだろう?物心ついた時には俺はもうトンのところであにぃに抱っこされていたと思う。はじめはずいぶん小さかったことだろう。
 
 徹底した血統管理をしているこの集落に、家族という生活単位は無い。馬と同じだと思うとわかりやすい。
産まれたての仔馬は肌馬にずっとくっついているが、半年もして牧草を食うのが上手くなると肌馬から離され、仔馬たちが集まるところに集められ、人を乗せるための訓練を受け、独り立ちする。
 俺たちも同じで、あの乳牛たちが住んでいる丘の上は、肌馬が集まっている牧場と同じようなもの、俺たちの小屋は馬の厩舎のようなものだ。
 俺たちの小屋は小さなものなのでたいていは一つの小屋に1人が住んでいるが、広めの小屋だと、童(子供)と一緒に住んだりする。
 あにぃは元々はトンと一緒に住んでいたが、トンが年とって太鼓叩きになって丘の上に住まいを移して1人になった時、自分の希望で俺を引き取ってくれたらしい。
 
 見せてもらったことは無いが、集落には血統表という絵があって、ほとんどの者の出自ははっきりしているらしい。ところが俺の出自は誰に聞いてもわからない。子供心にも落ち着かないことだったので、俺はあにぃに聞いてみたことがある。あにぃが19才くらいで俺が7才くらいの時だったと思う。 

 「俺の肌馬みたいなもんは誰なんだろう?あそこの乳牛たちの中に居るの?」
 「お前にはたぶん居ないんだ。お前は桃から産まれた子だから。トンが川で拾って、拾われたばかりの頃、少しだけあっち・・乳牛のところにやられたらしいが、すぐに戻されて、トンが毎日乳牛の乳を絞ってきてお前に吸わせていた」
 「あにぃは?」
 「俺にも居ないらしい。俺は風神の袋に入れられて空から降ってきたと聞いている」
 「じゃあやっぱりトンが乳を搾ってきて飲ませてくれてたのか」
 「ああ、たぶんそうだ。俺らのことを、皆がトンのとこの兄弟と言ってるのはそれでだと思う」

 俺は乳を吸う仔馬のことを考えた。あにぃも俺も、ああやって肌馬の乳を吸うことは無かったんだな、と思うと切ない気がした。

 あにぃにも俺にも小さなbtkが2つだけ胸にある。俺は、あにぃの衣の上から、あにぃの小さな突起を探り当て、頼んでみた。
 「あにぃ、あにぃの乳を吸わせて」
 「乳なんて出ないぞ」と笑いながら、俺の気持ちをわかってくれたのか、あにぃは衣をはだけて俺に乳を吸わせてくれた。
 仔馬になったつもりであにぃの左右のちいさな突起をかわるがわる吸うととても心が落ち着く。
 俺は、仔馬のように肌馬の乳を吸うことはできなかったが、俺はこんなに素敵なあにぃの乳を吸えるんだから良いじゃ無いか、と思ってあにぃに甘える。そんな時、あにぃは俺の髪をずっと撫でてくれていた。

 その後も俺は、不安になったりしてあにぃに甘えたくなると、「仔馬ごっこして」とあにぃに頼んで乳を吸わせてもらった。
 あにぃも「どんな感じか?」と言って俺の乳を吸ってみて、「良いもんだな。心が落ち着く」と言って俺の乳を吸うようになっていった。吸っているときのあにぃは仔馬のように愛らしくなる。
 でも俺もあにぃも、すぐにくすぐったくなって笑い転げてしまう。いつもそれが仔馬ごっこの終わりの合図だった。

 最近、あにぃと俺は、無言で抱き合うことが多くなってきた。抱き合ってしばらくすると、あにぃと俺の儀式に入り込む。
 この世のものでは無いような、あの一瞬のあにぃの美しい表情をまた見たい一心で、俺はあにぃと抱き合う。
あにぃも、異界に連れ去られる瞬間の俺は、この世のもので無いくらいどうしようもなくかわいい。それを見たいんだと言う。
 はじめは、自分たちのためじゃ無くて、あの瞬間のあにぃを魔物に捧げるために、こんなことをしているのか、と思いもした。
 あの一瞬、あにぃの心は俺を忘れてしまうし、俺もあにぃを忘れてしまう。でもだんだんと、あれはとても澄み切ったもので、連れ去ってゆくものは魔物では無く、もっと神々しいものだと思うようになった。だからあにぃはあんな表情になるんだ、と思う。

 ひとつ大切なことがわかった。完全に魔物に支配されてしまわないと、あの瞬間の美しさも無いということだ。
 つまり、いったんものすごくキモい獣にならなければ、あの神々しいほどのあにぃの美しさはやって来ないということ。俺は、もっともっと美しいあにぃを見るために、もっともっとあにぃとキモいことをしたい。

 俺は生き物同士のからみは、馬と犬しか見たことが無い。あにぃも同じだと言っていた。
 あにぃは、やりかたはずいぶん違うが、あいつらにも魔物がとりつく。俺たちにも魔物がとりつく。だから、基本はあいつらと同じことをしているんだと言う。
 でも俺はかなり違うんじゃ無いかと思っている。馬も犬も、あにぃのように美しくならない。あいつらは、一瞬魔物に取り憑かれるように見えるが、熱狂は一瞬だし、それが去っても獣のままだ。あいつらに取り憑くのは、魔物に似た別のものなんじゃないか?

 俺は、あにぃと俺はまだやり残していることがあるような気がする。俺はあにぃに「俺はあにぃと一本の棒のようになりたい。あにぃと俺は、どうしたら一本の棒になれるんだろう?」と聞いたことがある。
 あにぃは、ああ、と頷きながらも、
「あまり余計な事は考えないほうが良い。アタマで余計なことを考えるのは、キモいことに対する冒涜のような気がするんだ。何も考えないで身を任せていれば、そのうち魔物が自然に俺たちをどこかに連れて行ってくれる」とあにぃは言った。
 俺もそんな気がしている。でも俺はどうしても余計な事を考えてしまう。

 魔物は気まぐれで、来い来い、と思っているとかえって来ない時もある。そんな時は2人でとりとめのない話をしたり、歌でも作っていれば良い。来なくても良いと思っていると、魔物はしびれを切らして必ずやってくる。

 絵を描いていても良い。お互いの姿を描いた絵も、2人が抱き合っている絵もたくさん増えた。絵は見直してみるとかなり笑える。描き始めは冷静にそのままの形を描いている。でもしだいに熱に浮かされてくるから、気になるところがデカくなったり、濃くなぞられたり、派手な色が付いたりする。刀を突き刺していたりもする。だから、だいたいの絵は、全体的に見るとぐちゃぐちゃでめちゃくちゃなものだ。

 何事にも研究熱心なあにぃは、戦いについて、馬について、たくさんの絵を描き、その絵に対応する歌を作って歌っていた。覚えておきたい大切なことはそうしておくのが一番良いとあにぃは言っている。
 最近では二人の変なことについても同じように記録を残すようになった。
 たとえば、疾走する馬の上でケツを高くあげている俺の絵。
 空に浮かぶあにぃが、俺のケツに二つの眼を突っ込んでいて、一つの眼は俺の体の中を見ている。眼といってもカタツムリのように触角の先に付いている眼だ。もう一つの眼はびよーーんと長く伸びて、俺の口から出てきている。

 あにぃはこれに対応する「ケツの中の厳粛な暗黒♪」という歌を作っているが、まだ完成していない。「ナギの中には何がある?♪ケツの中の厳粛な暗黒♪不思議な何かが中にあるのか?♪それともカラの筒なのか?♪カラだからこそ吸い込まれるのか?♪」
と歌い、あにぃは「ずいぶん適当な歌だと思うかも知れないが、この歌は難しい。わからないことを歌っているんだからな・・」と言う。旋律はこんな感じだ。 

music image King Crimson - Starless
Red (1974) album
https://www.youtube.com/watch?v=OfR6_V91fG8

 不思議な何かが中にある?♪ という部分で俺が思うのは、あにぃのbtkのことだ。
 あにぃのbtkは、昔の俺たちの無邪気な仔馬ごっこの頃とは性質が違ってきていると思う。あの不思議な夜以降、あにぃは乳を吸われてもくすぐったがらずに「あふん」などと声を漏らしたりするようになった。一番大きな変化は、俺が吸っているうちに、あにぃのbtkがだんだん固くなり、尖ってくるようになったことと、全体に前より大きくなったことだ。

 「身体ってうまくできているもんだ、吸っているとどんどん吸いやすい形に変わってくるのか」
と俺が言うと、あにぃは「そうか?」と言って、俺に吸うのを止めさせる。
 「吸いやすい形になるのは、そのうちあにぃから乳が出る前触れじゃ無いか?」
と言うと、あにぃは胸を隠して「まさか・・」と笑うが、そこには俺には言わない羞恥のようなためらいがある気がする。
 俺自身のbtkについてはよくわからない。あにぃに聞くと、少し固くなりはするがすぐに戻ってしまうな、と言っている。

            

 今日も雨だった。俺は馬の稽古を早めに切り上げて帰ってきた。あにぃはその後、馬の種付けの立ち会いにかり出されてさっき戻り、俺が沸かしておいた湯で身体を綺麗にした後、「かっこ良いだろう?」と言って、もらってきたばかりの白い筒袖の衣を羽織った。
 「お前の分ももらってきたから、後で渡す。今日は優秀な馬の初めての種付けだったから、立ち会いの者はゲン担ぎで正装した。そういう時には新しい衣をもらえるんだ」
とあにぃは言う。あにぃの身体からは良い匂いがするし、新しい衣はとても良く似合って、あにぃは実に凜々しく見える。
 「種付の時に、横で仔馬が鳴いてるのを見るのはいつ見ても哀れなもんだな」
とあにぃは言う。「しかし仔馬を遠くに離すと肌馬が暴れるしな。横に置いとくしか無いんだ」

 俺は、あにぃが種付けに立ち会うと聞いたときから、仔馬にかこつけて今日はあにぃのbtkをいじり倒してみようとたくらんでいた。俺は、
 「まだ乳吸いたい仔なのにね」
とだけあにぃの仔馬の話に答えて、あにぃの綺麗な上衣の上から、あにぃの小さな突起を探り当て、左右の突起にそっと触れた。
 「馬の乳は後ろ脚の間にあるのに、俺たちのはなんで胸にあるんだろう?」
と言いながらあにぃのbtkを触っていると、あにぃが我を忘れたように、急速に反応してきたのに俺は少し驚いた。こんなに反応したあにぃを初めて見た。馬の種付けで仔馬を見たから、あにぃも知らず知らずに自分のbtkに気をやっていたのだろうか。

 あにぃは静かに瞼を閉じ、俺に触られるがままに、身体の中の声に耳を澄ますようにじっとしている。btkが立っているのが衣越しにもはっきりわかる。俺はあにぃの唇を吸い、時折、口を離すと、あにぃののどの奥から「あふん」と甘えるような声が漏れる。俺はあにぃの上衣をはだけてあにぃのbtkに吸い付く。
 あにぃは、うっとりした表情になって、「あふ~ん」「あふ~ん」と鼻にかかった甘え声を漏らす。
 いつもは俺が先に声を漏らすのにあにぃが先に俺に甘えている。こんな凜々しい新品の衣を着ているのに無防備に俺に甘えて。俺が仔馬の役なのに、肌馬のほうが仔馬に甘えているなんて・・・と可笑しくなる。
 「あにぃ、気持ちがいいのか?・・こんなの初めてだぞ、すごく良いんじゃないのか?」
と聞くと、あにぃは我に返ったように上衣でさっとbtkを隠し、「お前のも吸う」と言って、俺のbtkを吸ってきた。
 あにぃの髪に手をやり髪をなでているとあにぃが子供のようにかわいらしく思える。しかし、すぐどうにもくすぐったくてしかたなくなり、俺は吹き出してしまった。
 「ダメだ、今日は俺はくすぐったくてダメだ」
 あにぃがいつものように俺の身体をひっくり返してケツを撫でようとするのを察知し、俺は今日は先手を取ってあにぃの身体の上に馬乗りになり、もう一度あにぃの上衣をはだけてあにぃのbtkにさっと吸い付いた。
 虚を突かれて、あにぃの腕の力がすっと抜ける。
 「あにぃ、さっきみたいに、もっと、あんあん言って」
 あにぃは、身体をくねらせ「・・やめろ・・」とかすれた頼りない声で言うが、俺も気持ちの良いときにやめてと言ってしまうことがあるのでわかる、これは相当気持ちが良いということだから、やめなくても良い。あにぃが本気で止めて欲しい時は、こんな頼りない感じで言わない。「やめろ」と言って俺を突き飛ばしてでも止めさせる。

 案の定、あにぃはどんどん乱れ、俺の髪を撫で回しながら「きゅーん、きゅーん」と鳴く。時々は、「もうほんとにやめよう」と言うのだが、そう言いながらも、あにぃのbtkは充血して固く突起し、吸って、もっと吸って、と俺を誘ってしまっている。
 「あにぃ、ほんとはすごく気持ち良いんだろう?」
と言って突起を指で摘まむと、あにぃは言葉を失った。我を忘れたように口を三角形に開き、白い喉を晒し、高い声をあげてのけぞる。
 「あにぃ、あんあん言って、もっと言って」
 俺は、あにぃの両腕をあにぃの頭の上に上げ、脇の下を舐める。あにぃの茂美はふさふさの直毛で、しかも上品な芳香がする。ひょっとしたら敵を腰抜けにする時にはここから何かの物質が出てくるのかも知れないが、俺は敵では無いのでただただあにぃの茂美に顔を埋めて芳香に酔っていれば良い。
あにぃは全くくすぐったがらず、俺の舐めるまま、かすれた声で鳴いている。
 俺はあにぃの茂美からbtkの間を何度も唇でなぞったり吸ったりする。俺の口の動きにあにぃの身体は素直に反応し、btkに近づくにつれて切実になりbtkを舌で転がすときにあえぎが最高潮になる。あにぃの悶える様はとても美しい。
 無防備なときのあにぃは、もともととても素直で従順な人なんだろう、純白なんだと思った。そんな純白な人だから、俺みたいな未熟なガキに組み敷かれて、身も世も無く鳴き悶えてしまうんだと思う。
 俺は、2回り大きな身体のあにぃにしがみついて、そのbtkに毒針を刺し、痺れさせ、純白なあにぃを快楽の赤に染めてしまう毒蜘蛛だと思った。

 「ああ、どうしてこんなに?」とあにぃは言う。今日のあにぃはもう俺を逆襲できないだろう。俺は今、あにぃを玩具のように思い通りにしている、と思った。
 「どうして、って、俺があにぃの乳に毒針を刺したから」と俺は勝ち誇って言う。
  俺がbtkをわざと無視すると、あにぃは耐えられずに、あぁ、ああ、と鳴いて、両手で自分のbtkを擦って身体をよじる。俺がそれを真似てbtkを擦ってやると、あにぃは自分で擦った時よりももっとたくさん鳴き、もっと大きく身体をよじる。
  あにぃの白い綺麗な上半身には、ぽちっと3つの点が付いていて、それは夏の天の川にぽちっと付いている3つ星のようだ。
 
 あにぃが身体をよじるたびに、3つ星の形が変わり、二等辺3角形が崩れたり戻ったりする。btkを自分で触れなくしたら、あにぃの3角形はもっと捩れるんじゃ無いか?と思い、俺はbtkを軽く舌で転がしすぐ離し、あにぃの両手首を束ねてあにぃを観察する。あにぃは予想通り、恨めしそうに身体をくねくねと捩らせた。三つ星の形が大きくたわむ。無防備に白い喉を晒して苦しそうに呻く。
 あにぃと戦った敵は、きっとあにぃをこんな風にしてこの白い喉を切り落としたかったに違いない。でもあにぃに触れることすらできず、あえなくあにぃに首を切り落とされてしまった。哀れなヤツらだ。

 俺が同年齢のヤツらと練習する格闘技でも、相手はこんなに簡単に翻弄されてはくれないのに、あにぃはなんとたやすく俺の手の内で、俺に嬲られてしまうのだろう。俺があにぃの身体に触れ、離れるたびに、あにぃの身体は、俺が思う通りに曲がり、よじられる。三つ星と天の川がこんなによじれたら、きっと宇宙は大変なことになるだろう、と、俺の玩具のようになってしまったあにぃの身体を見下ろし、自分が万能の存在になったような気がした。
 気がつくと俺は頬を緩めて笑っていた。
 今、俺は、いつもあにぃが俺を弄る時のような、獣のような血走った目をしているんだろうと思う。あにぃの白い綺麗な身体がたわむのはとても美しいのに、あにぃが美しくなればなるほど、俺は興奮し、意地悪になり、キモくなっていく。魔物が来ていると思う。でも、魔物が来ているのに、興奮しているのに、俺はとても冷静だ。あにぃが乱れれば乱れるほど、俺は冷静にあにぃを観察している。
 
 魔物が俺に、そろそろ潮時だ、btkを吸ってやれ、と教えた。
 俺があにぃのbtkに吸い付くと、あにぃは悲鳴に近い声で鳴き、あぁナギ・・ナギ・・と言って、俺の頭を抱き、目を開けて、潤んだ目で俺を見た。あにぃの目は俺を見てはいるが視覚は虚ろだ。あにぃの目は、俺を見るためでは無く、俺に快楽の深さを訴えるために開かれているんだなと思う。
 「あにぃ、わかるよ、よくわかるよ」
 俺はあにぃの目の訴えに言葉で答える。
 俺は熟れきったぶどうのようになってしまったあにぃのbtkを舌で転がし、指でもころころ転がした。あにぃは、ナギ、ナギ・・と自分の快感を俺に訴えるように鳴き、俺を見て涙を流す。
 「かわいいよ、あにぃ、今、すごくかわいい」
 今のあにぃは、俺の胸がつぶれてしまうほどかわいい。と俺は思った。

 あにぃのぽも俺のぽも、大きく固く膨らんでいる。いつもなら耐えきれずに俺はあにぃのぽを吸い、あにぃに俺のぽを吸ってもらうと思う。しかし魔物は俺に、このままあにぃのbtkを責め続けて、あにぃがどうなっていくのかを見ろ、と教える。
 魔物が教えるとおり、俺は無言であにぃの反応を見つめながら、ひたすらあにぃのbtkを吸い、転がし、擦る。あにぃを俺の舌と指と掌の加減で、しばらく色々な鳴き方で鳴かせていると、あにぃは焦燥したように腰を振り始めた。見ろ、と魔物に注意を促されて視線を移すと、あにぃの手は快感の転移先をさがすように、腰のくびれから桃のあたりを探っていた。
 「あにぃ、そこも感じてきてるのか?」
 俺は、あにぃの下の衣も取り去った。そのままあにぃを観察していると、あにぃは自分の指で桃の谷間をしばらく撫でた後、桃穴を探り当てると円形を描くようにこね始めた。
 感じているのは桃穴なのか・・と思い、俺は、あにぃが俺に良くやるように、仰向けのままのあにぃの脚を開かせて、桃を持ち上げ揉みしだきながら、剥きだしにした谷間を眺める。お前のあにぃはとても恥ずかしい格好をしているな。もっと楽しませろ。と魔物が俺にささやく。
 「あにぃ、もっと腰ふって」
 桃の谷間を舐めると、あにぃは錯乱し、全身をくねらせる。
 俺があにぃの桃の谷間の穴を探り当て舌を差し込むと、あにぃが身体を震わせ始めた。あにぃは必死で力を振り絞り、俺の口をあにぃの穴から剥がし、俺の身体を引き上げ、震える手で俺のぽを握り、あにぃの穴に導いた。

 突然、俺は天啓のように、これだ、俺が一本の棒のようになりたいと思っていたのはこれなんだと確信した。俺は衣を脱ぎ捨て、獣のような声をあげて、何度も失敗しながらも、俺のぽをあにぃの穴にすこしずつ入れ、根元まで入れ込んだ。俺はついに冷静さを全く失い、あにぃの穴の中を突きながら獣声で吠えていた。
 あにぃはずっと泣き叫んでいた。俺は興奮と快感と征服感で、何度もガクガクと痙攣した。そしてあれが来た。俺はあにぃと一本の棒になった、俺はあにぃをやっつけている、すごいやり方で征服している、と思った瞬間、いつもより数段大きな興奮が訪れ、俺はあにぃの身体の上で気が遠くなっていた。

 気がついた時、あにぃは俺の下でぐったりしていた。あにぃのぽからは白いのが飛び散っていた。あにぃは目を閉じて放心したように動かない。
 「あにぃ、大丈夫か?」
と言っておれのぽをあにぃの穴からそっと引き抜くと、白いのがあにぃの穴からこぼれだした。
 この白いのは俺のだ。ああ、とうとう俺も白を出したんだ、だからあんなに痙攣したんだ。

 「あにぃ、でたよ、でたよ」とあにぃの頬を叩いて言うと、あにぃは「見せろ」と言って身体を回す。「まだ少しあにぃの中に入っている」と言うと、あにぃは自分で穴の中に指を入れて確かめた。
 「ああ、とうとう出たなあ、出たんだなあ・・しかも俺のケツ穴でだ」
とあにぃは、子供のようにはしゃいだ。


 「ほら、やっぱり馬と同じだった」とあにぃは言う。
 「それにしても、あにぃが肌馬で俺が種馬やるとは思わなかったぞ。一本の棒みたいになりたいと言ったでしょう?実は、俺は逆のことを考えていた」
 「逆は無理なんだよ。お前の穴に俺のぽはどうやっても入らない」
とあにぃは言う。
 「確かにそうだね。なんで今までこうしなかったのかなと思うと可笑しいね」
と答えつつ、俺は、あにぃの言う事は道理のようだが、馬のあれとは違うと思う。最後は同じかも知れないが、それまでが全然違う。
 「あにぃはケツ穴に入れたことはあったのか?」
と聞くと
 「あるもんか。初めてだ」とあにぃは答える。
 「あにぃも初めて、俺も初めて、全部が全部、初もんだね」
 「お前のは筆おろしって言うんだ。俺のほうは?何って言うんだろうな?」

 あにぃと俺は嬉しくてたまらず、夜中まではしゃぎ倒し、朝になったら俺に白が出たことを早速トンに報告に行こう、2人とも新品の筒袖で正装してカッコ良く行こう、と言っては、喜ぶトンの顔を想像して、またはしゃいだ。

                                  
 俺たちのはしゃぎように比べて、トンはそんなに喜ばなかった。いや、俺に白が出たと聞いたときはとても喜んでいたのだが、俺が、「筆おろしはなんとあにぃのケツだぜ」と勝ち誇って言い、あにぃが頬を染めて恥ずかしそうに頷くと、トンの様子が変わった。
 「このことは、しばらくの間は誰にも言うな。時期が来たら皆には俺からちゃんと話をする。それから、おまえらがしているところを誰にも見られないように十分気をつけろ」とトンは言った。
 あにぃは、はっとして、トンの言う事の意味がわかったようにうなずいた。
 俺は不思議に思ったが、確かにいますぐに戦があるわけでも無いから、黙っていても同じかな、次の戦いに間に合えば良いのだから、と思う。
 トンに、あにぃとちょっと話があるから、と言われ、俺だけ先に帰された。

 なんでだよ、俺の目出度い日なのに、せっかく新しい筒袖着てきたのに、と俺は少し膨れながら1人で小屋に帰った。

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   3.砂の岬  You Know You Know
 

usic image Mahavishnu Orchestra - You Know You Know (1971)
 John McLaughlin & Mahavishnu Orchestra
Album: The Inner Mounting Flame (1971)


トン52才  あにぃ23才  俺11才  夏


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 年齢を重ねると、1人で墓場まで持って行かねばならない秘密というものをたくさん背負わされるものだ。よかれと思ってつく嘘も沈殿する。俺はまた秘密と嘘を背負うことになるのかも知れない、とトンは思う。

 一日がかりの長い話になった。ナギの精通が予想よりずっと早く訪れたことで時期が早まったが、いつかは話しておかなくてはならない事だった。アニの背負った使命について、集落のことについて、乳牛の意味について、ナギのことについて、アニと話し合った。話し合ったと言うよりもアニに語り聞かせたというべきだろうか。


(その1)アニの使命

 「何度も聞かされた話だろうが・・」
とトンは話し出した。
 アニは風神の「直系」の御子である。アニは風神のあばら骨から作られた子である。我々人間の血統図でいう「直系」では無く、交接の無い血量100%という意味での直系である。つまりアニは風神の生まれ変わりと言って良い。
 風神は、もう150年も前にこの集落から天上に召されて神になった方で、人間として地上におられた頃は、アニのように美しく天才的な馬乗りであった。

 風神は地上におられた頃にたくさんの子を作られた。今の集落のほとんどの者は風神の血をひいていると言って良い。つまりわが集落の優秀さは、風神の血に依存している。しかし時代を経れば当然風神の血量は薄まってしまう。
 ちなみにトンは風神の4代目と3代目の間の子いわゆる4×3=(1/16+1/8=18.75%)の奇跡の血量と言われる者だが、この奇跡の血量の出現はトンの世代で最後を迎えている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/奇跡の血量

 集落はトンが現役を退いた後のリーダーとなるべき人材の不足に悩んだ。皆平均的に優秀ではあるが、小粒な若者に育ってしまっていた。やはり風神さまの血が薄くなるとこの集落は弱体化してしまうのか。
 そんな危機感から、天にお願いして、風神さまの生まれ変わりとして特別に授けてもらった子がアニである。つまりアニはこの集落のリーダーになることとともに、その次のリーダー候補としてのアニの血をわけた子をたくさん作る使命を帯びて、この集落が神からお預かりした特別の人なのだ。

 期待通りに成長し若くしてリーダーとなったアニは、すでに申し分の無い実績をあげた。しかしアニは子作りに全く興味を示さない。
 ゆくゆくはアニを天上にお返ししなければならないことになっているのだが、神々の中には、アニに子作りの興味が無いのであれば、もう地上に置いておく必要も薄いのでは無いか?近隣の集落を全部制覇してしまった現在、アニ無しでも集落は十分やってゆけるだろう、というご意見の神すらおられる。
 これが現在集落が抱える最大の悩みとなっている。

 「アニは乳牛が嫌いなのか?」と単刀直入にトンは訊ねた。
しばらく考えた末に、アニは答えた。
 「好きだと思ったことは一度も無いし、他の馬乗りや船乗りが言うように身体が乳牛を欲する、というような感覚に陥ったことも今まで一度も無かった。だからといって蛇蝎のように嫌っているというわけでも無い。興味が無かったし、深く考えもしなかったというのが正直なところだ」
 「子作りは無理だと思うか?」
 「トンや皆から愛され育ててもらった恩義に報いたいと思っている。子作りが使命なのであれば、そういう位置づけで使命を全うすることは自分の意志力なら出来る筈だ。集落の皆を悩ませるのは不本意だし」
 そう聞いて、トンはほっと胸をなで下ろした。

「ところで、俺の使命=乳牛との子作りとは、具体的にどんなことをすれば良いのか?あらかじめ何か準備をしておいたほうが良いのか?」
 トンはアニの質問に驚き呆れた。
 「アニ・・アニの感覚はやはり人間離れしている・・準備など何も要らない。具体的には・・昨日ナギがアニにしたことを今度はアニが乳牛にすれば良い。というより種馬が肌馬にするのと全く同じことをすると言ったほうが正確か。種馬は仔馬作りの仕事をしているということだ」
 アニはしばらく思いをめぐらすように黙って考え込んだ後、合点がいったように頷いた。
 「そういう事だったのか・・ナギが俺たちのと馬のとでは少し違うと言っていた意味がわかった。俺よりナギのほうが正しいことを言っていた。乳牛のところに行ったことのある馬乗りや船乗りから聞いたことにも、今、ようやく合点がいった」

 「ナギを愛しているか?」とトンは訊ねる。
 「それはもう。俺たちはずっと一緒だった。ナギがそばに居ない日々など考えられない」とアニは答える。
 「しかしそれは心と身体の問題。使命というのはまた別の問題だ。戦に出るのと同じことと位置づければ、俺は気持ちをそういう方向に持って行ける。だから俺は乳牛ともできると思う」とアニは言う。
 「心と身体が求めていなくてもか?」
 「使命とは、心と身体では無く、知的好奇心と鍛錬の分野に属するものだ。それはそれで誠実なもの、真実なもの。両方併さってこそ自分の魂なのだ。だから大丈夫だ。俺は誠実に種付する」

 ・・そういう思考回路になるのか・・とトンは改めて驚く。アニはもともと交接無しで生まれてきた。だから交接に関する身体感覚がもともと俺たちとは全く違うのだろう。もとは人間であった風神さまとも異なっている部分なのだろう。自然にわかるなどと思っていたのは甘かった。アニには理詰めで説明しないとわからない事だったのだ、とトンは思った。


(その2)乳牛

 「昔々の事だが」とトンは言う。
 「乳牛も、元は俺たちと同じような2本足で、話をすることも出来たと言われている。つまり全く俺たちと同じ種の生き物だった。当然、乳牛という呼び名も無く、人間というひとくくりの中の、雄・雌でしか無かった」とトンは言う。
 「ところがいつの頃からか、雌だけが必ず4つ足で生まれてくるようになり、話をすることも出来なくなっていった。そして知っての通りの現在の姿だ」
 「近隣の集落も皆同じことが起こっているね。戦に行った先でも人間の雌など居なかったし、乳牛は牧場に隔離されていた」とアニも言う。

 「血の煮詰まりに原因があるのでは無いかと我々は考え、戦に勝った先の乳牛を大量に捕獲してきて、なんとか血の煮つまりを解消しようとしてきた。そして少しずつだが改善してきているから、恐らく我々の考えは正しいのだと思う。四つ足には違いないが、乳牛と俺たちとの中間的な子も少しずつ生まれてきている。遠い血をもっと入れて中間的な乳牛が増えれば、昔のように二本足の時代に戻すことが出来るんじゃ無いかと我々は考えるようになっている」

 「風神の血つまり俺の血に何か欠陥があるのだろうか?・・遠い血というと・・ナギは俺たちと血が遠いと言われているが?・・」
とアニは訊ねる。
 「乳牛の形になったのは風神が生まれるはるか前からのことだ。風神の血自体の問題では無い。昔からのかけあわせ方に問題があって風神を含む集落全体の血に歪みが生じたのだと思う。そしてアニのいうとおり、そう、鍵はナギなんだ。乳牛問題への反省から、アニを授かったとき、俺たちは、ゆくゆくはアニの血を片方の始祖にし、もう片方の始祖にアニと全く遠い優秀な血を置きたいと考えた。ナギはもう片方の始祖の条件にぴったりあてはまる」


(その3)ナギ

 長い間トンだけが抱えていた秘密だった。神々はトンに、話せる時期が来たらナギ本人のほかに、アニだけには話しても良いと仰った。今がその時だとトンは思った。
 「天にお願いして授かったアニとは全く違い、ナギは偶然授かった天の恵みのような子だ」とトンは言う。
 「桃の中に入って川に流れ着いたというのは本当なのか?ナギはどこの神の血筋なの?」とアニは訊ねる。
 「ナギは神の血では無く、怪物の血だ。遠い異国の神が、遠い異国の怪物サスの膝から、ナギを作られた。サスの100%直系だ。そして捨て子だった。異国の神は、サスと瓜二つの怪物を作ろうとした。しかし、ナギは人間の形で生まれて来てしまった。それで疎まれた。
 異国の神は、たまたま出逢ったこちらの神にナギの話をされた。捨てるならうちの川に流しなさい、うちの者たちは子供好きなので、拾って大切に育てるはずだ、とうちの神は仰った。そしてこの地で流され、俺が拾った」
 アニは驚いた。
 「サス・・有名な異国の天馬じゃないか。それでナギにはあんなに馬乗りの才能があるのか。サスは海神と怪物ドゥサとの間の子だったね。ナギは海神とドゥサの孫でもあるのか」
 「海神の血もひく天馬、この集落に最適な血だろう」とトンは言う。「ただ・・」と少し口ごもったが勇気を出して言った。
「ドゥサの血がある。伝承のドゥサの話はあまりにおどろおどろしい」
 「馬乗りのナギがドゥサの運命をたどるとは思えないし、ナギ自身は自分の出自を切実に知りたがっているんだけどね。でも確かに、ナギにはまだ言わないほうが良いだろうな」とアニは言う。

 アニは海神とドゥサの言い伝えに思いをはせた。
 ドゥサはそれは美しい少女だった。美しすぎて海神の愛人にされたあげく、女神の神殿で海神と愛し合ってしまったため、神殿を汚されたと怒った潔癖な女神に怪物にされてしまった。
 怪物になってからは血なまぐさく恐ろしいが、元はとても気の毒な少女なんだ。ナギの誘いかけるような魅力は、純潔美と背徳美を併せ持つドゥサの血をひいているからかも知れない、とアニは思った。

 少し疑問に思うことがある・・とアニは言う。
 「俺の血統とナギの血統は、本当にそんなに離れているのか?皆が、俺たち2人は似ていると言う。神々が何か大きなカン違いをしておられ、実は俺たちはとても近い血だったなどということは無いのか?それだと後々の血統にとても不味いことになるが?」
 「アニ、お前たちの容姿について普通の人間と同じに考えてはいけないよ。いいか、アニの素は風神のあばら骨だ。ナギの素は怪物サスの膝だ。アニはあばら骨の形をしているか?ナギは膝の形をしているか?アニもナギも神の創作物なんだよ。人間とはこういう形だという神のイメージがお前達なんだ。似てしまうのは当然だろう」とトンは笑って言った。
 
 アニは納得しない。
 「神のイメージの人間なら、ナギはどうして疎まれ捨てられたんだ?神は天馬をイメージしたのに、ナギはなぜ人間の形で生まれてきたんだ?」
 アニの疑問には理がある、と思いながらもトンもそれ以上のことを知らない。神がそう仰っていた、としか答えようが無い。
 ただ、顔かたちが似るかどうかについてのトンの持論はある。血統が近くても双生児以外はそうそう似ることは無い。人も馬も全血の兄弟でもそんなに似ない。全体の印象よりも爪の形とか肘の角度とか、部分だけが判を押したような形で似る。
 アニとナギが似ているのは部分では無い。むしろ遠く離れた地でも生き物は同じようなバリエーションが出現するものだ、という感慨に近い。

 最後に、トンはアニに忠告した。
 ナギが居たときにも言ったことだが、二人がしているところを誰にも見られないように十分気をつけるように。
 精通まもない頃に、アニを乳牛のところに連れて行ったことは得策では無かった。だからナギの精通は、機が熟すまで、皆に知らせたくないというのが理由の一つ。
 もう一つの理由は、さっきのナギの話では、ナギの筆おろしはアニのケツ穴だと言っていたが、それを皆が知ることになるのは、アニの権威にとって良いことでは無い。皆が許容しているアニとナギの関係は、あくまでアニの稚児遊びとしてのものだ。
 アニもナギも目立つ存在だから、二人のことは皆が興味を持っている。高嶺の花と知りつつ、心の底では本気でアニに惚れている馬乗り・船乗りも居る。ナギにしても同じだ。
 アニはアニ自身の権威で身を守っている。ナギはアニの権威に守られている。それが崩れるのは集落全体にとって危険なことだ。

 アニは納得した。アニは稚児遊びの概念を知らなかったようだったのでトンは稚児遊びについても少し説明した。

 翌日、アニは、ナギの出自以外の話は全部ナギに伝えたと言ってきた。そして、早速できることから始めよう。いつでも乳牛のところへ行って種付けをするよ、今度は俺の筆おろしだな、と言う。
 「筆おろしがナギ相手じゃ無くても良いのか?」とトンは訊ねる。
 「だって・・まだナギは・・トンが教えてくれたように油塗ってみてもまだまだ全然。ナギにその時が来てからでかまわない。自分の筆おろしなんかこだわらない」とアニは答えた。
 「そうか、ほんとうにありがたい事だ」とトンは言った。
                                  
 あにぃはいずれは天上に召されてしまう運命だと聞いて、俺はたくさん泣いた。あにぃもたくさん泣いた。
 近く乳牛のところに行ってあにぃが乳牛たちに種付けすることになる。それが使命だから、と聞いたときも、あにぃのぽを乳牛なんかに入れるのなんて嫌だと言って俺は少しだけ泣いた。
 どうして一度に悲しいことばかり聞かされなくてはいけないんだ?と思う。あまりにも嬉しいことが続いていた。今度は悲しいことが続くのだろうか。今のままでいたいのに、時間が止まって欲しいと俺は思った。

 でも俺もがんばって素晴らしい馬乗りになれば、風神さまのように天に召されるかも知れない。そうしたら天上であにぃと永遠に一緒に居られる。俺は風神さまやあにぃのように素晴らしい人になろう。俺にはそれしか救われる道が無い、と泣けるだけ泣いた後の今は思う。

 俺は計画をたてる。天上では歳をとらないと聞く。あにぃと俺の今の年齢差は少し離れ過ぎていると思う。同じ歳くらいが良い。いや俺は可愛がられるよりも可愛がるほうが好きかも知れないから、あにぃがもし25才で召されたら、俺は26才で召されることにする。あと15年だ。
 あにぃが居なくなっても俺は気を抜いてはいられない。それまでに立派な実績をあげて、たくさん種付けをして地上に俺の子をたくさん作る。あにぃの子とぴったり同じ数にするのが理想的だろう。

 25才のあにぃは、26才になってすっかり男らしくなった俺を見てきっと腰を抜かすだろう。そして俺にぎゅっと抱きしめられて、俺のたくましい腕の中でたくさん鳴いて、嬉しくて気を失ってしまうだろう。それが俺の使命だ、と思う。


 ぴちっと閉め切った小屋の中であにぃと俺が抱き合うとき、この世界はほんとうに静かだ。外では波がざーーっ、ざーーっと絶え間なく音を立てているが、物心ついた頃からずっと波の音を聞いて育つと、聞こうとした時にしか聞こえないものだ。
 俺たちは鳴くし、喘ぐし、呻き声も漏らす。でもそれは波の音と同化した静寂な音だと思う。

 波の音がしない場所、何の音もしない場所というのは、どんなものなんだろう?
何の音もしないと、時間が止まったように感じるんだろうか?俺はあにぃに聞く。
 「あにぃは、波の音のしないところに行ったことはあるか?」
 「ある。戦に行くと、世界には、波の音が聞こえないところのほうが多いんだ、とわかる」
 「そういうところは、何の音もしないのか?」
 「波が無くても、川の音、風の音、雨の音、鳥や虫の声、獣の声、何かしらしているものさ。何の音もしないところへ行ったことは無いな」
 「何の音もしないところって、この世にあるのかな?音が無いということは、時間も無いのかな。そんなところへあにぃと行ってみたいよ。ちょっと怖い気もするけど」と俺は言う。
 「どこかにあるのかも知れないな。探しに行ってみたいな」とあにぃも言う。 

                           

 乳牛は、生殖に特化してしまった俺たちの奇形なのかも知れない。とトンは思う。乳牛のほとんどは20才半ばで死んでしまう。
 俺たちの先祖はその性的片割れに対し、生殖の便宜のみを求めたのだろうか?性的片割れもまたそれを望み、時の蓄積が、俺たちの性的片割れを乳牛へと変えてしまったのだろうか?

 自分を産んだ乳牛個体の記憶がある者は、この集落には誰もいない。
 この集落の者にとっての母系とは、血統表の名前と、潜在意識の底に沈んだ赤ん坊の頃の記憶でしかない。だから多くの者が乳牛に対して抱く感情は、個体に対してでは無く乳牛全般に対してのものであり、赤ん坊の頃の乳房への憧憬と、成長してからの性的欲望とが渾然一体となったものなのだろうと思う。

 しかしアニはそのどちらの身体感覚も持ち合わせていないかも知れない。アニは種付けをできると言っているが、ほんとうに可能なのだろうか、とトンは心の底で危惧を抱きながら、乳牛係のシンと現場に向かった。

 相手の乳牛は、春、アニが戦から帰ってきてすぐに付けようとしていたハツという名の未通の乳牛だった。この前の戦で連れ帰った敵の乳牛だから血は遠く、血統的に最適であろうし、何よりも抜けるような柔らかい白い肌が美しく、アニとハツの間にはどんなに綺麗な子が生まれるのかと期待がふくらむ。
 ハツは、五本指で、乳も我々と同じ二つ乳、身体全体も柔軟で、もし二つ足で立つことが出来さえすれば、我々と見違えるような姿をしている。これもアニの最初の相手として抵抗が無いだろうと思われた。
 確実性から考えると、筆おろしに慣れた年上の乳牛なのだろうが、シンと相談した結果、落ち着くところに落ち着いた。

 10年ほど前のことだが、精通して間もないアニを乳牛の牧場に連れて行った時は、アニの可愛らしさに乳牛たちが興奮して大変な騒ぎになり、結局アニの筆おろしは中止になってしまった。その時の教訓をふまえ、今回は牧場には入らず、人里離れた小屋の離れでアニとハツを会わせることにした。

 ハツはアニを一目見るなり、恥じらうように身を固くしうつむく。集落に連れてこられた日にアニに会って以来、ハツはずっとアニを待ち侘びていたのかも知れない。
 アニの反応は実におおらかなものだった。アニは自分の黒い肩布を脱ぐと、ハツの上半身に掛け、気の利いた器かなにかを愛でるようにじっと眺める。
 「ハツは丸裸よりも、こうしたほうが綺麗だよ」とアニが言うと、アニが掛けた黒布が四つ這いの自分の尻を強調しているのに気付き、ハツはかえって恥じらい、身を固くする。
 アニはハツの身体の下にするっと潜り込み、身体中をくまなく点検していった。
 「聞いていたとおり確かに二つ乳だ。張りがあって柔らかいものだな。馬にも犬にもこういうのは居ない。皆から聞いていたとおり乳牛は優雅な動物だね」
 前側をひととおり探り終わると、アニは後ろに回ってハツの尻から背筋の中央を通る背中の線をたどって見る。
 「綺麗な背中をしているな」と言い、尻を軽く持ち上げ、割って覗いてみる。
 「肌馬と同じなのか?こっちのほうの穴に入れれば良いんだろう?」
 シンも近寄って来て確認する。
 「ああ、そっちで間違い無い。濡れているからもう入れられる。ハツは初めてで痛がるかも知れないから、優しく時間をかけて入れてやれ。終わった後は血が出ると思うが、おぼこはそういうものなので、驚かなくてもいい」
 「ありがとう。位置がわかったらもう大丈夫だ。ずっと見られてるのもハツは恥ずかしいだろう。母屋で待っていてくれ。終わったら呼ぶ」
 ハツの身体はすでにアニを待ちわびる風情であるし、アニのぽが腰布の下で勃起しているのもわかった。大丈夫そうだな、と顔を見合わせて頷き、トンとシンは、離れから退出し母屋で待つことにした。

 アニがなかなか呼ばないので、シンが心配そうに言う。
 「ずいぶん時間がかかってるな。大丈夫なんだろうか?行ってみようか?」
 「いや、アニの知的好奇心というやつで、あれこれ試しているんだろう。大丈夫だと思う。もう少し待とう」
 「そうか。それにしてもアニにはずいぶん心配させられたもんだが、やっとここまでこぎ着けたなあ。ハツが目出度く受胎してくれるといいな」
 馬と異なり、我々の種付は同じ相手と五日間続ける。乳牛の排卵はかなりずれる事があるから念のためだ。特にハツのような若い未通の乳牛は日を測るのが難しい。万一今回受胎しない場合は、また来月、種付けることになる。

 「今回、神は集会に参加されるのか?」シンが訊ねる。
 「アニが種付を始めたとお知らせすれば、今回はおいでにならないよ」
 「ああ、それは良かった。集会も平穏にすすみそうだ」
 「次につける乳牛のことも考えておいてくれ」
 「血統と受胎日からいけば次は熟乳のモモ。おぼこを続けるってことならサワになるかな」

 離れからハツの鳴き声が聞こえた。しばらくしてアニが呼ぶ声が聞こえた。
 「どうやら目出度く仕上げたか。さすが、やると決めたら立派なもんだ」

 アニはうっとりと寝そべるハツを抱き、髪をなでてやっていた。終わった後もこんなに優しくしてやる馬乗りは珍しい、とトンは思う。
 シンはハツの穴をさぐり、アニの白液とハツの破瓜の血が穴からこぼれるのを確認して「成功、成功」と言う
 「ハツは少しだけ言葉を話すよ」とアニは言った。
 「何って言ったんだ?」と聞くと
 「ああ、いぃ、いぃ、と何度も言った」とアニは言う。
 気のせいだろう、とトンは笑ったが、ハツならあり得るかも知れないとも思う。

 「筆おろしの感想はどうだ?」
と、帰り道、トンはアニに訊ねた。
 「悪くない。無理なくできた」とアニは答える。
 「明日もハツに付けることになるが、良いか?」
 「ああ、もちろん。ハツは素直な良い子だと思う。無理矢理連れてこられた恨みもあるだろうに、素直なのはありがたいことだ」
 乳牛に対して見せたアニの優しさに逆に懸念を覚え、トンは言った。
 「ハツがすんだら他の乳牛ともやらないといけないぞ。気の荒いのもたくさん居る。そういう場合は俺たちも立ち会うことになるが・・」
 「性悪なのがたくさん居るのは知っている。初めて連れて行かれたとき、俺はぽをかみちぎられそうになったんだからね。ああいう時は、誰かに馬のように押さえつけといてもらって、さっと付けるしか無いんだろうな」
とアニは笑う。
 アニはちゃんと相手を見て対処できそうだ。ずっと馬を御してきた経験も大きいのだろう、とトンは安堵した。

            

 梅雨が明け、集落の集会が開かれた。
 アニが乳牛に種付けをするようになったことで、太鼓叩きたちの年一回の集会は祝賀ムードに包まれていたが、トンは集会を引き締める意味でも、かねてから気になっていたことを演題に挙げた。すぐにどうこうという話では無く100年後を見据えた話として、頭の片隅に入れておいて欲しい、と。

 「わが軍の馬と船の比重の問題だが」とトンは切り出した。
 近隣の集落は全部平定した。戦はしばらくは起こらないだろう。万一起こりえるとしたら、海の戦であろう。遠い異国に、もしわが集落より進んだ船を持つ国があったら、それが海上から攻めて来ても不思議は無い。だから長い目で見ると、もっと海の備えを固めておく必要がある。
 船造りをもっともっと充実させ、船乗りの質も高めてゆく。わが船乗りは腕力にも優れ、個人個人は優秀であるが、馬乗りにおけるアニのような、全体を統率できる人材が出てきていない。
 この前の戦ではアニが総司令官の役割を担っていたが、海や船の知識が乏しいアニにはさすがに手に余ることもあり、輸送船が若干混乱することもあったと聞く。今のように、戦における輸送と、漁業のみの目的で船を使うのであればこれで十分であるが、これからは戦える船隊を組織する必要がある。

 少しずつで良いが、船乗りを強化し、馬乗り、船乗りの力を合わせて大戦隊を組織できれば、わが集落にとってこれほど心強いことは無い。今年を、わが集落の水軍元年としようでは無いか。

 多くの者はちんぷんかんぷんであったが、元船乗りの太鼓叩きは共感し、トンの識見の深さに感動した。
「さすがトンは長い目でものを見る」
「今まで聡明な人材ほど馬乗りにとられていったからな」
「船も改良されて、さほど腕力が必要ではなくなってきている。船乗りも変わらないといけないね」
 
 トンの念頭には、実はナギの存在があった。というよりも、ナギを見ているうちに、集落の将来の姿を夢想するようになったと言っても良い。アニが天上に召された後の集落の将来・・水陸両方の軍のリーダーとしてナギを育てられれば、とトンは次第に考えるようになっていた。
 馬に熟達しながら、船の知識も豊富な総司令官。アニに匹敵するほどの聡明さを垣間見せるナギなら、その役割をこなせそうな気がしているのだ。

 アニは実に勤勉に種付けに励んだ。
 ハツの受胎が確認された後、熟乳のモモと未通のサワを昼・夜でこなし、気性難のベベもこなした。

 熟乳のモモは、種付にも慣れており、性格も温和で、ハツ同様人と四つ足との中間の身体を持っている。何の心配もいらない乳牛だったので、トンとシンはハツのときと同様、母屋で待っていただけだった。
 未通のサワは噛み付き癖があったので、トンとシンは立ち会ったが、念のため轡をつけただけで拘束もせず、丁寧に鳴かせて事を終えた。
 皆が手こずった気性難のベベにも二人は立ち会った。ベベはさすがに拘束したが、これにもアニは馬を乗りこなすように上手に対処し、手際良く短時間で鳴かせて終えた。

 「ついこの間筆おろししたとは思えないな。まるで百戦錬磨の手練れじゃ無いか」とシンは舌を巻く。
 アニはまさに、使命感と仕事に対する誠意でこなしているんだな、事前に伝えた情報で予習してきている節もある、戦でもそうだったな、とトンはアニの初陣を想い出す。
 「アニ、乳牛は鳴かせても鳴かせなくてもどちらでも良いんだぞ」
 とシンが言った。
 「鳴いたか鳴かないかは、受胎と関係無いのか?」
 とアニは聞く。
 「鳴けばぽのある子が生まれ、鳴かなければ乳牛が生まれるという話もあるが、本当かどうかわからない。戦や労働力を考えれば、ぽのある子が多く欲しいが、乳牛は寿命が短いし、繁殖の観点からは乳牛が多いほうが良い。今の時点での需要は乳牛のほうが大きいな」シンは言う。
 「ということは鳴かさないほうが良いのか。ちょっとつまらん気もするな」とアニは笑う。
 「アニの好きなようにやってくれよ。何のかんの言っても、全体としては同じくらいの比率で産まれてくるもんだ」とトンは言う。

 「俺の希望を聞いてくれるか?」とアニが言い出した。
 「大人しい乳牛も癒やされて良いんだが、俺には難しいほうがやりがいがある。今まで難しくてやり手が無かったような乳牛を相手にしてみたいんだ」
 実にアニらしい発想だと思った。「考えてみよう」とトンは答えて、突然、自分の集会での発言を思いだした。・・そうだ・・船乗りの強化。
 船乗り系の乳牛にもアニの血をかけてみたら面白いかも知れない。とトンは考え、シンに、今まで敬遠されがちだった大型乳牛のリストアップを頼んだ。

             

 シンがハツの受胎とアニの種付け状況を公表すると、集落の者は喜びにあふれた。
 これまでずいぶん心配させられたが、実はアニはとてつもない好色なのでは無いか?とまで噂され始めている。船で乳牛を拉致することをしなかった時代のことではあるが、アニの父君である風神は大変な好色で、戦に出た先でもたくさんの乳牛を抱き、たくさんの子を産ませたと言われている。
 外見は優雅で繊細なのに、中身は勇者にして絶倫、さすがアニは風神さまの生まれ変わりだ。と皆は噂する。
 
 生殖能力まで心配された反動で、逆に今度は好色・絶倫に振り子が振れているのか、とトンは苦笑する。アニが今まで乳牛に触れようとしなかった事も、これまで戦のために厳しい節制をしていたからに違いない、と畏敬をもって受け止められているほどだ。
 しかしそんな噂の一人歩きも歓迎だとトンは思った。アニの神話がこれで完成する。アニの権威はますます揺るぎないものになる。ナギとのことも無邪気な稚児遊びとして、かえってアニの神話に花を添える挿話になるのかも知れない。

 そして、この強力なアニの神話は、トンの夢見る集落の100年計画の追い風になってくれるだろう、とトンは思う。
 そしてそれが軌道に乗ったならば、ナギが天馬の生まれ変わりにして海神の孫であることは、ナギの神話の形成に大いに役立つだろう。ナギの祖母がどのような怪物であろうと、人々はそれを気にもとめなくなるのでは無いか、とトンは高揚した気持ちで思った。

                                       

 種付けの仕事をするようになってからも、あにぃと俺は変わらなかった。
 あにぃのbtkはどんどん敏感になり、今では衣の上から触れただけで身体が反応するようになった。反応したときは衣の上からでもbtkがはっきりその存在を主張してしまう。
 「あにぃ、こんなの危ないよ。乳牛のところに行く時だけでも、胸にさらしを巻いて行ってくれよ」と俺は言う。
 「btkに触る乳牛などいない。だいいち暑苦しい。この暑さじゃ汗疹になってしまう」
とあにぃは嫌がる。

 あにぃと俺は、お互いを玩具にし合いながら小屋の床を転げ回る。あにぃを鳴かせるとき、俺はしてはいけないことをしているような気がすることがある。なぜだろう?あにぃは英雄なのに、弱く繊細なところを俺が引き出してしまうからなのだろうか?そして、してはいけないことをしていると思うと、逆にどんどん興奮し、俺に魔物がやってくる。
 「それは背徳感というんだ」とあにぃは言う。「俺もお前を鳴かせるとき、同じようにしてはいけないことをしている気持ちになる。こんな無垢な少年に俺はこんなことをして、と思う。逆に俺がお前に鳴かされているときは、こんな可愛い手にこんなことまでさせて、と思うんだ」
とあにぃは言う。
 「背徳感という言葉は、同僚の馬乗りが使ってた言葉なんだ。やつは乳牛を背後からやっつける時に、背徳感で興奮すると言う。俺たちと同じ腹から生まれてきたのに、食って寝て、子を産んで、若い内に死んでしまう。そんな動物が俺に四つ足で穴を差し出していると思うと、してはいけない事をしてるって気がすると言っていた」
 「あにぃも背徳感で乳牛に興奮するのか?」と俺は聞く。 
 「頭ではやつの言う事を理解するが、やつが感じたような直接なものとは遠い。背徳と感じるには・・俺は乳牛に対する共感がもともと薄いのかも知れない。むしろ、やつはこれに背徳感を感じてたんだな、と思うと勃つんだ」
 俺はあにぃに頼んで、あにぃが乳牛をやっつけている絵を描いてもらった。俺も想像でいろいろ描いてみた。描いているうちにぽが立ってきた。
「背徳感かどうかはわからないけど、俺は、これは結構興奮する」
というと、あにぃは、「お前は元気な種馬になりそうだな」と言って笑う。

 あにぃは「稚児遊びをしよう」と言う。あにぃはトンからもらってきた油を俺のケツ穴に塗って指をそっと入れたり出したりする。「背徳感で俺は興奮してるぞ」とあにぃは笑う。俺もじっとしてケツをあにぃの手に委ねていると、少し変な気持ちになってくるが、自分の変な気持ちよりも、あにぃが興奮してぽを固くすることが俺には嬉しい。
 逆稚児遊びもする。あにぃのケツ穴に油を塗っていじり廻すと、あにぃは鳴く。俺が意地悪く「あにぃにいじられる乳牛もこんな風に鳴くの?」と聞くと、あにいはたくさん腰を振って鳴く。

 たいていは俺があにぃをたくさん鳴かせた後、俺のぽをあにぃの穴に入れて1本の棒になって2人で果てる。そうで無いときはお互いにぽを舐め合って白を吸い合って果てたり、2本のぽを束ねて4本の手で擦って果てたり、魔物の導きに従って、その時々だ。
 そしてどんな時も、異界に連れ去られる時のあにぃは本当に美しい。無防備で純潔で、背徳で、俺の存在を忘れている、あの空白の時。あにぃは何を見て、感じているんだろう?と思う。

 最近、よく奇妙な夢を見る。あにぃの髪がたくさんの白蛇に変わって俺の体を這い回る夢だ。あにぃが戦から帰って水浴びをしてしていた時、俺はあにぃが白蛇になってしまいそうな気がしたが、あの時俺の心に見えた白蛇と同じ形だ。白蛇に身体中に絡まれる快感に興奮して目を覚ますと、たいてい俺のぽから白がこぼれている。

 こんな夢も見る。俺は戦に出ている。敵にやられそうになりとっさに盾で防ぐと、盾が光り、あにぃの生首が飛び出して恐ろしい眼で敵を睨み、敵を石の塊にしてしまうのだ。あにぃの生首の髪は白蛇で血がしたたっている。あにぃ、助けてくれてありがとうと言って俺が盾を見た時には、俺の盾にはもう何も無い。

 あにぃの生首の夢はとても怖い夢なので想い出すまいとしている。たぶん二人でお互いの喉の話をしたから、生首の夢を見るようになってしまったのだろうと思う。
 あにぃは、俺がのどをのけぞらせた時、戦で敵の喉を剣で突き刺したときのことを思いだして、お前の喉を切ってしまいたくなって怖くなることがあると言っていた。俺もその気持ちがとてもよくわかる。あにぃが無防備に喉を晒すと、のど仏を食いちぎりたいような気になることがある。だって余りにも綺麗なんだもの・・・俺はあにぃの白い喉が大好きだ。と言った。
 でも喉のことを考えるのは怖いから、もうよそうと思っている。

               

 ナギはこのところ年上の種付経験者に、乳牛の情報を聞きまくっている。あにぃの相手をする乳牛が気にかかって仕方無いのだ。
 トンに、あにぃの種付に自分も立ち会わせてくれ、と頼みもしたが、断られた。
 俺もあにぃのように乳牛とやりたくなった、あにぃと一緒に行かせてくれとも頼んだが、そのうち嫌と言うほどやらせるから今はまだ鋭気を養っておけ、と却下された。

 情報収集の結果、乳牛の居住地は3ヶ所あって、①良血乳牛+戦で拉致してきた他集落出身のうちから選ばれた乳牛 ②妊娠・授乳中の乳牛 ③一般乳牛 に分かれて生活していることがわかった。
 ①②の居住地は太鼓持ちを何人も配置して厳重に管理しているが、③は、馬乗り船乗りはいつでも好きなときに出入りして種付可能だ。ただし血統表づくりの資料として、種付後には乳牛係に名前と交接日時を申告しておく必要がある、と知った。

 馬乗り船乗りが良血の乳牛に種付けするのは年に数度の頻度で、ほとんどの時は一般乳牛を相手にしている。時期によってはほとんどの乳牛が妊娠して、交接できる乳牛が不足してしまう時もある。そんなときは可愛らしい稚児や、容姿の綺麗な若者が同僚に追い回されるものだが、さすがにアニの庇護下にあるナギに手出しをする者は誰も居ない。

 ナギが話を聞きに行った年上は「ナギもやりたくなってきたか?」「ナギなら乳牛にぽをたっぷりかわいがってもらえるぞ」「その前に俺がかわいがってやってもいいぞ」「俺も乳牛よりナギの桃尻かわいがりたいよ」
などとさんざんナギを冷やかしたが、本音ではみな、ナギはあにぃのことが気がかりで仕方が無いのだな、とわかっていて微笑ましく思い、「かわいいもんだなぁ」「稚児の純情たまらんね」「アニも罪作りだね」などと噂しあった。
 
 良血乳牛が可愛いとは限らないし、できることの制約もあるので、良血に種付けするのはさほど面白いものではない、一般の乳牛のほうが面白いことが多い、と言う者が多かった。しかし、あにぃの相手をする乳牛は良血に限られることは間違いがない。良血は数が少ないので、ナギは、おぼこ以外の全部の良血の情報を集めることができた。

 あにぃの弱点はbtkだ。会話も知力も失い、生殖に特化した乳牛の本能の力を舐めてはいけない。指を器用に動かせる5本指の乳牛は特に危険だ。あいつらはあにぃに何をしてくるかわからない、とナギは思う。
 ナギは警戒する乳牛を、シチとサダに決めた。どちらも5本指で床上手だと聞いたから。
   
 俺もやろうと思えばもう一般乳牛の厩舎でやれるんだな、やってみて乳牛というものの本性を知りたい、とナギは思うが、乳牛の厩舎などに行ったりしたらあにぃに酷く叱られるだろうな、とも思う。

                   
                   
 あにぃとサダの種付けが夏祭りの頃になると聞き、俺は、あにぃにも秘密であにぃの種付け現場に潜入するための綿密な計画を練った。
 場所はいつもの山中の小屋の離れに違い無いだろう。時間も前日あたりにあにぃに聞けばわかるはずだ。
 俺は前もって離れを何度も訪れて、身を隠すものが無いかどうか下見をし、隅に置いてある何体かの大型の筒型(埴輪)、瓶などの中に俺の体の大きさであればするっと入れること、天井の梁と梁が交差するところに下からの死角があり、これも俺の体なら十分隠れられることを知った。
 万一、見つかってしまったときの言い訳も考えた。「あにぃの話を聞いて、実に不用心だと思い、あにぃの護衛に来たんだ。現に俺がこうして身を隠していても今まで気がつかなかったじゃ無いか」そんなことを言えば、トンもシンもあにぃも俺を強く叱ることは出来ないはずだ。

 サダの予定はわかったが、警戒するもう一頭のシチについての種付け時期はまだわからない。代わりに俺がノーチェックだった何頭かの乳牛の名が入っていたのは意外だった。なぜあにぃの種付相手に選ばれたのか不思議に思うので、まずはその時に潜入してみようか、と思っている。
         
 「ナギにも困ったものだ」とアニはトンに言う。
 「俺にもいろいろ言ってきてるし、乳牛のことをあちこちで聞き回っているようだな」とトンも言う。
 「ここに潜入してのぞき見しようとしている節があるんだ。種付けへの単純な興味も大きいが、俺が乳牛に絡め取られてしまうんじゃ無いかとずいぶん心配していて・・」とアニは苦笑する。
 「ナギは春からずいぶん背も伸びているが、あっちの発育はどうなんだ?声はまだ子供声だな」とトンは訊ねる。
 「毛もまだうぶ毛だがな。ただ、あの年のころの俺と比べると、あいつは格段にませている。やれと言われたらやれるんじゃ無いかと思う」
 「やれたとしても受胎させるまでいくかどうかは疑問だがな」
とトンは言う。
 ただ、実際にやらせる前に、アニの種付けを見せて学ばせるのも良いかも知れない、とトンは思った。
 「アニがかまわないのなら、気付かないふりをしてあえてのぞき見をさせておく手もある」
 「俺はかまわないが、シンには何と説明する?」
 「シンにも言っておくよ。アニは経験無いだろうが、一般乳牛の厩舎へなら、年上の種付けに未経験の年下がついて行くことは珍しいことでは無いし、こっそり覗き見してる子もたまにいる。シンはそれも知ってて見逃してやっているから」
 トンは自分自身が、年上の種付けについていった時のことを懐かしく想い出していた。

 ナギの種付け準備が整ったら、手初めにシチを付けてみるか。細身で小柄で床上手だから若い子には最適だ、とトンは思い、とりあえずアニの種付け候補のうちシチの順番を後ろに繰り下げた。

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   4.砂の岬  Nefertiti

music image Nefertiti -Miles Davis-Nefertiti alubum(1967) 
Miles Davis, Wayne Shorter, Herbie Hancock, Ron Carter, Tony Williams.

                               



 トン52才  あにぃ23才  俺11才  盛夏

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 梁の上にじっとしているだけで汗が瀧のようだ。俺は今、あにぃの種付け現場に潜入して、天井の梁の上からあにぃたちを見守っている。汗が下に垂れないように注意しなくてはいけない。俺は上衣で何度も顔と首の汗を拭う。
 シンに連れられて入ってきた乳牛は、ヤラという大型乳牛だった。
 昨日あにぃから聞いた話では、ヤラは4年前の戦のときに捕獲してきた乳牛で、目立つ存在ではあったものの、気性が荒いので種付けが難しく、おぼこでは無いが、妊娠・出産経験は無いらしい。俺のリストから漏れてしまっていたのも無理は無い。

 ヤラは、実に立派な体格をしている。骨格がしっかりしていて肉付きも良く、引き締まって厚みのある均整の取れた身体は、どこか毅然とした雰囲気がある。後足で立ち上がったら、たぶんあにぃより背が高いだろう。
 乳は二つで綺麗な円錐形をしており、背筋が発達していて背中の線が美しい。くびれた腰が、大きな尻をさらに強調しており、腰にえくぼのようなくぼみがある。何よりも目立つのは、体毛が金色で目が青いことだ。
 乳牛にはいろんな種類がいるんだな。以前見たことのある乳牛とずいぶん違う、と俺は思った。腕力だけの勝負なら俺はヤラに負けてしまうかもしれない。でも俺はこの乳牛、嫌いじゃない、と思った。

 用心のためなのだろう、あにぃは鞭を持っている。噛み付かれないように轡を装着し、縄を持って来ていたトンはシンと手分けして手際良くヤラの四脚を縄で束ね、無雑作に床に転がした。
 ヤラは、見慣れぬ人間が居ることや、いつも優しく世話をしてくれていたシンまでが自分を手荒に扱うのに脅えたのか、床からなんとか立ち上がろうと暴れるが、拘束された四脚はむなしく空を切るだけだ。
 俺は少し驚いた。あにぃや年上の馬乗りに聞いた話から想像していた種付けとずいぶん様子が違う。いくら気性難とはいえ、可哀想なくらい手荒に扱うものだな、馬の種付けよりもずっと雑な扱いをするじゃないか・・と思う。

 トンとシンが離れると、あにぃがヤラに近づき、顔を覗き込んで何か話しかけた。ヤラは少し落ち着いたが、あにぃがヤラの乳を掴もうとしたとたんに再び暴れ、あにぃから逃れようと半狂乱になって床を転がって抵抗した。
 あにぃは持っていた鞭を一発ヤラの尻に食らわす。一瞬あにぃが見たことも無いような冷酷な表情になったのに俺は驚く。馬に鞭を入れるときの表情とは全く違っていた。
 鞭を入れられヤラはもがくが、自由のきかない身体は、背中を撓ませることしかできない。あにぃは表情ひとつ変えずに、さらにもう1発尻に鞭を入れる。ヤラの抵抗が止んだ。鞭の痕が白い尻に浮き出た。

 あにぃは、ヤラの四肢を天井に付き出す形に持ち上げ、四肢の間から手を入れてヤラの乳を両手で揉む。ヤラは、嫌だ嫌だというように激しく首を左右に振るが、あにぃは頓着しない。
 あにぃの指が鷲の足のようにヤラの乳に食い込み、粘土遊びでもするように、前後左右に乱暴に揉みしだいて、乳房をぐにゃぐにゃと変形させる。全ての抵抗を諦めたヤラは、力なくあにぃのするがままにまかせ、絶望したように目を見開いて虚空を見つめる。

 あにぃは、片手をうっそうと茂るヤラの下毛に掌を押し当て、円を描くように丁寧にまさぐり始めた。あにぃはヤラの反応を注意深く観察しながら、円周を狭め、中央を探り当てると、ふたたび茂美をゆっくりまさぐり、円を狭め、中央を探る。
 そんなことを何回も繰り返すうち、ヤラの表情が緩み、下腹部をあにぃに委ねるかのように目をそっと閉じた。あにぃはヤラの表情を確認すると、穴に指を入れてゆっくり出し入れし始めた。 
 馬と同じ穴だ、この間あにぃに描いてもらった絵とも同じだ。最終的にはあそこにぽを入れれば良いんだな、と俺は理解した。
 あにぃは穴の大きさを測るように1本から2本と指の数を増やし、3本指を入れた。あにぃの指は糸巻きを転がすように中をまさぐっているのだろう、ヤラの下腹部があにぃの手でゆっくり回転させられている。
 しばらく続けているうちに、さっきまで身を固くしていたヤラの身体全体が次第に緩み、ヤラの息が大きく深くなってくる。
 さっきまであんなに暴れていたのに、もう気持ち良くなるものなのか。乳牛をよがらせるにはこうすれば良いんだな、と俺は学習する。
 
 あにぃは身体を離し、前に回ってヤラの轡を外した。
 「外して大丈夫なのか?」とシンがあにぃに声をかけた。
 「もう大丈夫。ヤラの鳴き声も聞きたいしね」とあにぃは答える。

 あにぃがさらに続けていると、ヤラの呼吸はしだいに荒くなり、四肢から力が脱けて肘と膝がだらしなく開いてきた。足首を束ねられているので、肘と膝が開くとまるでハエが逆さまになって手足を擦っているような、滑稽な姿になる。
 立派で見栄えのする身体をして、連れてこられた時には、あんなに毅然とした風格を身に備えたヤラだったのに、今はハエのようにだらしない姿で、あの穴を丸出しにしてあにぃに手を突っ込まれてよがっている。おまけに、そんな滑稽な姿を種付け相手のあにぃだけでは無く、トンにもシンにも、そして知ってか知らずか俺の目にまで晒してしまうなんて・・と俺は思う。いくら乳牛が生殖だけのために生まれて来たものだとはいえ、これは気の毒すぎる図だ、と思った。これが乳牛では無く、馬や犬だったとしても、俺は同じように気の毒な気がしただろう。
 
 しかし、気の毒だなどと思いながらも、俺のぽは勃ってきてしまう。
 あにぃのぽも勃っていた。
 「手足も解くか?」とシンがあにぃに声をかける。
 「いや、良い具合に湿ってきてるからこのままで良い」とあにぃは答える。
 あにぃはヤラの四肢をヤラの頭側に持ち上げ、むき出したヤラの穴にぽをゆっくりと入れ、ゆっくりゆっくりと抜き差しし始めた。高く掲げられたヤラの四ツ肢が、あにぃの腰の動きのままに揺すられる。豊かな白い乳房もゆさゆさと揺れる。

 ヤラはなかなか鳴かない。「ふっ、ふっ」と荒く激しい息の音を発するだけだ。息遣いとともに、ヤラの意識がどんどん穴の中の一点に集中していくように見える。ヤラの息に合わせるように、あにぃは腰を動かす。あにぃの息も荒い。
 あにぃの腰がヤラの下腹部を浮かせたり沈ませたりするたびに、汗と体液でぬめった接合部が卑猥な音をたてる。ヤラが背中を反らせてのけぞった時、逆さまにのぞいたヤラが口を卵型に開けたり閉じたりしているのが見えた。ヤラの穴の中もあんな風に開いたり閉じたりしているのだろうか?
 身体全体は、あにぃに一方的にはずかしめられているように見えるのに、まるでヤラの穴の中の一点が強烈な意志を持ってあにぃに食いつき、あにぃを貪り始めているかのようだ。今のヤラをあにぃから引きはがそうとしてもはがせないと思う。ヤラは水をかけても離れない雌犬のように、あにぃのぽをくわえ込んで離さないだろう。ヤラの下腹部は、あにぃの体液を最後の一滴まで吸いあげる時を待ち構えていた。

 これは背徳などとはほど遠い。これを背徳などと感じたあにぃの同僚は、センチメンタルで感傷に過ぎる、と俺は思った。これは、もっとむき出しの何かだ。そしてこれに興奮させられてしまうのは、俺たち動物を創った神様が意地悪なのか、それとも動物が神様の意図に反してこういうことを始めたからなのか。

 気がつけば、トン、シン、そして俺が息を潜めて見守り、あにぃとヤラの吐く荒い息と、接合部の湿った音だけがこの部屋を支配していた。ヤラ自身を含めたここに居る者全員の意識がヤラの穴の中に集中している。俺たちはなんという不思議なものの支配空間にいるんだろう。
 これは、あにぃと俺が抱き合うときとは真逆の空間だ、と俺は思った。あにぃと俺は、囁き、鳴き、呻くが、それは静寂なものなのだ。目の前で繰り広げられているこれは、沈黙の中にありながら静寂とはほど遠い。何かもっとぎらぎらした原色のもの・・・時間が止まってしまったように凝縮され、原色の意識だけが高速で駆け巡るもの・・・「戦」という言葉が一瞬、俺の脳裏をかすめた。人が殺し合うとき、動物が生存を賭けて戦うときにも、こんな感じの沈黙があるんじゃないだろうか?

 あにぃの動きが激しくなると、ヤラは首を左右に振り、のけぞり、はじめて鳴き声をあげた。ヤラは鳴き声と泣き声が混じったような奇妙な切羽詰まった声を断続的にあげ、自分から腰を激しく動かし始めた。
 あにぃは、急に動きを止め、ヤラの一番奥を突いたまま動きを止めてじっとヤラを観察した。ヤラは、自分の腹の中の大きな波動に突き動かされるように、その大きな尻を上下左右に回転させる。
 ヤラは自分の動きで自分を刺激されて泣き叫ぶ。あにぃは、花の中心に針を突き刺した蝶のように、ヤラにぽを突き刺したままじっと動かない。
 ヤラは、花の中心を蝶の針に刺されたまま、乱れ、狂い、獣のような叫び声を長くあげ、身体全体を痙攣させた。ヤラが達したとき、身体の中心の装置があにぃの体液を強烈な力で吸い上げた。
 あにぃも、獣のような大きな唸り声をあげた。
 俺は吸われるあにぃを凝視していた。あにぃは異界に連れ去られなかった。あのいつもの美しい空白の時も、あにぃには訪れなかった。その代わり、俺は天馬に変身するあにぃの幻覚を見た。あにぃは天馬になってヤラに吸われた、と思った。

 獣の沈黙を破ったのはシンだった。
 「仕上げたな。まさかヤラがあんな腰使うとは思わなかった。驚いた」
 あにぃが身体を離しても、ヤラは逆さまのハエの形のままそこに転がっている。ヤラの穴から白液がこぼれるのを確認すると、シンはヤラを縛っていた縄を解いた。
 「ヤラ、アニのぽがそんなに良かったか」とシンはいたわるようにヤラに語りかけ、水で絞った布で身体を拭いてやる。
 汗だくの自分の身体を拭きながら、あにぃが言った。
 「シンの助言通り、鞭使ったのも最後まで縛ってたのも正解だった」
 「ヤラとはあと4日ある。糞暑い中大変だが嫌がらずにがんばってくれ」
とシンは言う。
 「いや、全然嫌じゃ無い。うまく表現できないが、種付ってものに今日少し目覚めた気がするよ。癖になってしまいそうだ。俺は少し変態なのかな」
とあにぃは真面目な調子で言う。
 「まあそういわず、ヤラが終わったら、普通の良血にも、普通の付け方でまた付けてくれや」
 とシンはあにぃに微笑む。
 「疲れるようだったら、一日抜かしてもいいんだぞ」
 とトンが気遣ったが、
 「いや、全部やらせてもらうよ」
 とアニは答えた。

 今日のは普通の付け方とは違うのか。それなら普通というのも見ておかないといけないな。しかしヤラがそんなに凄いということなら、最終日ももう一度見ておいたほうが良いな、と俺は思った。

                           
 覗いていたのがバレていないだろうな、とドキドキしながら小屋であにぃを待っていると、水浴びを終えたあにぃが帰ってきた。あにぃの様子を見て、俺は驚いた。種付けのときのあにぃと全く違い、しおれた花のように弱々しい。
 「あにぃ、疲れたのか?」
と俺が聞くと、あにぃは
 「いや」
と言ったきり、無言で俺を抱きしめた。
 「あにぃ、どうしたんだよ?」
と言った後、こういうときは何も聞かずに抱きしめてやるのが男だな、俺もまだ男としてのカッコツケが足りないと思う。俺もあにぃをぎゅっと抱きしめ、しばらくそのまま居る。夏風邪でもひいたのか?急に熱が出たのか?と思って額に手をあててみるが、そんな様子も無い。

 急に「ナギ、甘えさせてくれ」と言ってあにぃは俺の上衣を剥ぎ、俺のbtkに吸い付いた。
 あにぃは強さと弱さの振れ幅がとても大きい人だ。昔はそれがわからなかったが、最近あにぃは、俺に弱さも見せる。というより俺にだけは、弱さを見せてくれるようになったというべきだろうか。
 あにぃの髪を撫でながら、あにぃの背中も撫でてあげる。こういうときは、btkを吸われてもぜんぜんくすぐったくならない。年上のあにぃをかわいくて愛しくてしかたがない、と思う気持ちで一杯になる。

 確かに、あにぃは強い風神様の生まれ変わりだ。でも、あにぃも人間なのだ。あにぃは、生まれてからこのかた、誰にも甘えたことが無かったと思う。
 俺と一緒に暮らす前、あにぃはトンと一緒に暮らしていたが、トンとあにぃの関係は、あにぃと俺との関係とは全く違っていたと思う。何しろあにぃは神様からの授かりものなのだから、そのへんのガキのようには扱えない。トンは愛情込めてあにぃを育成したが、はじめからあにぃに対する畏敬があったはずだ。だから俺があにぃに甘えたようには、あにぃはトンに甘えられなかったと思う。あにぃがトンにbtkを吸わせてもらうなど、とんでも無いことだっただろう。子供の頃から、あにぃは立派な子供で無くてはならなかった。

 あにぃの肩が震えて、あにぃは嗚咽しはじめた。
 「あにぃ、一体何があったんだ?話してくれよ。ひょっとして、天に召される日が決まったのか?トンに言われたのか?」
 と俺も不安になって訊ねる。
 「そうじゃない。そうじゃない。そんなんじゃ無い」
 俺は、あにぃの背中をなで続けることしかできない。しばらくそのままでいると、俺も悲しいことをたくさん思いだして、俺まで泣き出してしまった。ずっと気を張っていたのに、一気に弱気の虫に侵されてしまった。
 15年後、俺はほんとうに天に召されるほどの男になっているんだろうか?その前に戦で殺されてしまっているんじゃ無いだろうか?いや、戦に出るどころか、あにぃが召されたら、毎日ぼーーっと海を眺めるだけの廃人になってしまうんじゃないだろうか?
 「あにぃ、行かないでくれよ、ずっとここで一緒に暮らそうよ、ここが駄目なら神様の居ないところに逃げようよ。あにぃは俺にしか甘えられない。俺もあにぃにしか甘えられないんだよ」と言って俺は泣きじゃくる。あにぃも泣き止まない。二人で背中を撫で合いながら、わーわーわーわー声をあげて泣き疲れるまで泣いた。
                               
 「悪かったな、心配させて」
と泣き疲れて少し落ち着きを取り戻したあにぃが言った。俺はまだ気持ちが治まらないのに。
 あにぃは、俺を膝に乗せて、今日の種付けの話を始めた。
 「乳牛にどの程度の記憶があるものかは疑問だが、ヤラは4年前の戦のことを覚えているような気がする。俺はヤラの仇の総大将というわけだ。姦っている時は思いつかなかったが、ヤラは今日拘束されたのと同じ形で縄に縛られて連れて来られたんだと思う。今日ヤラを拘束したのはシンだ。4年前に乳牛を連れ帰る役目だったのもシンだった。シンは普段は乳牛には優しく接している。恐らくシンがヤラを拘束する事はそう何度もあったわけでは無いと思う。帰りに途中の川で水浴びしていたら、そんな事に気付いて、4年前の戦の記憶が蘇ってしまったんだ」
「ヤラの集落は全員が結束していて手強くて、この前の戦と違って、こっちにも死者がたくさん出た。もちろんあっちは全員皆殺しだ。あの集落は驚くことに乳牛まで手向かって来たんだ。あの戦で連れ帰ることができた乳牛は、ヤラ一頭だけだった」
 あにぃは俺の背中を撫でながら話し続ける。
 「死んだ仲間のこと、特に俺を守ろうとして死んだ年上の仲間のこと、俺が討ち取ったナギくらいの年齢の敵のこと、4年前の色々な記憶が急に蘇った。戦では、敵も味方も皆が鬼になる。鬼が入っている間は良いんだ。鬼が抜けた後になって急に思い出させられると、どうしようもなくなってしまう。こうやってナギのbtkを吸わせてもらうしか無くなる」とあにぃは言って、また俺のbtkを吸う。
 なんだよ、そんなことだったのかよ、俺たち二人に関することじゃ無かったのかよ・・と俺は腹を立てる。
 「勝手なもんだ・・人の気も知らずに」と俺は泣きながら、あにぃを俺のbtkから引きはがし、逆にあにぃのbtkを吸う。あにぃのbtkはすぐに固くなり、あにぃは目を閉じる。
 「一人ですぐ気持ち良くなって・・さっきまで泣いていたのに、ほんとに勝手なもんだ・・」
 自分のどうしようも無い気持ちをぶつけたくて、俺はあにぃを床に押し倒し、口にむしゃぶりつき、あにぃの胸を両手で揉む。あにぃがヤラにやっていたように、手荒に揉んでやるんだ、と思う。 

                 

 生まれる前の記憶というものがあるような気がする、とあにぃは前に俺に言っていた。俺もあるような気がする。それは一体誰の記憶なんだろう?俺の父だった人の記憶なのか、俺を産んだ乳牛の記憶なのか?それとももっとずっと昔の俺の先祖の誰かの記憶なのか?
 あにぃの胸を乱暴に揉んでいると、こんなできごとが大昔にあったような気がしてきた。きっと俺が桃の中に入って川を流れてくる前の出来事なんだろう。その大昔の記憶に導かれて、俺はあにぃをいじっている。
 俺はあにぃの唇を吸いまくる。きれいだ、なんて綺麗な人なんだとたまらなくなって、額に落ちた髪を持ち上げ、額、頬、耳を次々に撫でては吸い上げる。どうしたら気が治まるんだ、やりたいことを全部してみたって全然気持ちがおさまらない。おさまらないどころか、やればやるほど、どんどん切なくなるばかりじゃないか。 どうしようもない気持ちで、俺はあにぃにみっしりと抱きついたまま、だんごむしのようになって、あにぃと一緒に床をごろごろ転がる。
 俺の太古の記憶はそこで途切れた。気がつくとあにぃが俺の上に乗って俺の身体中を吸いまくっている。
 「かわいい、かわいい、かわいくて仕方無い・・なんでこんなに柔らかいんだ。ナギには骨が無いのか?もうどうしようもない・・」
 あにぃも同じようなことを言って、どうすればおさまるんだ、どうすれば良いんだ、と言って俺をめちゃくちゃに撫でて吸って甘噛みする。
 でも、本当は二人とももうわかっている。好きだとか、かわいいとかいう気持ちは、何をしてみたところで治まるものじゃ無い。白いのを出してすごく気持ち良くなってみたところで、すぐにまた元の木阿弥なんだ。

 あにぃは採ってきた昆虫で遊ぶ子供のように俺の身体で遊ぶ。あにぃにいじられて、俺はあまりにもあっけなく白を飛ばしてしまった。あにぃとヤラが姦るところを見ていたせいだと思う。
 「ちきしょう、いじめてやろうと思っていたのに・・」と俺が言うと、あにぃは含み笑いをして、
 「俺がヤラを姦ったように俺を姦りたかったんだろう?」
と言う。俺がぎょっとしてしばらく絶句していると、
 「ナギ、お前が来てることは、トンにもシンにもわかってたぞ」
と言う。
 「どうしてバレたの?」
俺は自分の未熟さが恥ずかしく、赤面して両手で顔を蔽うと、あにぃは「ナギのその仕草はかわいいな」と言って笑う。
 「それにしてもなんでわかった?」ともう一度訊ねると、あにぃは真顔で答える。
 「戦の経験のある男は皆、室内に隠れられそうな場所があるかどうか常に注意している。あの部屋で隠れられる場所はせいぜい2~3箇所だ。そこを注意しないわけが無い。何か目立つドジを踏んだわけでは無いが作戦が稚拙だったんだよ。戦だったらナギは殺られていた」
 俺がくしゅんとしていると、
 「ナギははじめから天井の梁に隠れようと思っていたか?」
と聞く。
 「いや、あそこが一番良いとは思っていたが、他に隅の筒型や瓶のところも考えていた。ところが筒型や瓶が今日は置いてなかった」
と俺が答えると  
 「それが危ないんだ。ナギは天井の梁に誘導されてるな、罠だなとは思わなかったか?筒型や瓶はナギが来る前にトンが片付けておいたんだ。戦ではよくやる罠だ」
とあにぃは言う。
 「うかつだったよ」
 と俺は反省する。 
 「隠れること自体は完璧だった。俺は気配ですぐわかったが、お前の姿を見たわけでは無い。トンにもシンにも見られては居ない。でも皆にわかっていた。今までのナギの行動がいかにもそのうち覗きに来るな、と思わせるものだったからな」
 とあにぃは笑う。
「バレてしまってるんだから、次は俺について堂々と来い。その代わり、一人で乳牛の厩舎に行くのは厳禁だぞ。誰かについて行くのでも駄目だぞ」とあにぃは言う。

 次はヤラの最終日に行きたい。その次はサダの時。と言うとあにぃは、それなら次はトンとシンには控えていてもらって、ナギに俺の護衛をやってもらう。次はヤラは拘束無しでやってみよう。拘束無しを前提に、護衛として色々なケースを考えておくように、と宿題を出した。

 「護衛として色々なケースを考えておくように」
というあにぃの言葉を反芻して色々と考えた結果、前日にトンとシンに会って打ち合わせをしておくことにした。あにぃは戦の訓練として俺に護衛の経験を積ませようと思っているのだろうが、これは訓練では無くて、種付けの実戦なのだから。実戦には味方との十分な意思疎通がまずは必要だ。
 ヤラの精神は、俺たち人に近いようなところもあれば、動物に近いようなところもある、まあ乳牛はみなそういうもんだが、ヤラは少し種類が違う印象を持つんだ、とトンは言う。
 「元は人の雌だった他の乳牛とは全く違って、ヤラは元々動物だったのが進歩して人に近い怪物になる途中の形態じゃ無いのか、と思う時すらあるよ」とトンは言う。
 「戦で連れてきたとき、あいつだけ乳牛の厩舎の奥に大事そうに隠されていたんだ。それがどういう意味合いでなのかは、あの集落が全滅してしまった今では誰にもわからないのさ」
 とシンも言う。
 「とにかくデカいよね。鳴き声も凄まじい。あにぃは拘束無しでというが、戦の恨みを持っていてあにぃに復讐しようとしている可能性は無いの?」俺は、あにぃが、ヤラは4年前の戦の記憶があるような気がする、と言っていたことも気になっていた。
 「2~4日目を見る限り、ナギが覗いてた初日とはだいぶ違ってきてるんだ。あにぃに対してはとても従順になっている。ヤラがあにぃを傷つける可能性は低いとは思うが。まあ拘束を解くのははじめてだから、護衛が重要なことは確かだぞ」
 とシンは言う。
 相談の結果、俺は縄、鞭のほかに、念のため剣も持って行くことにした。そして、トンに麻酔性のある薬草や毒キノコなども用意して来てもらうことにした。
                  

 ヤラは初日同様、シンに牽かれて、威風堂々という感じで小屋に入ってきた。この前天井から見ていた時と違い、同じ平面に立って見るヤラは実に迫力がある。だがこれも俺の予想のうちだった。ヤラはすぐに俺の姿を認めると、このガキは誰だ?何のために来ているんだ?というように、大きな青い目で俺をじっと見つめる。しかしこれも俺の予想のうちだ。なめられないように俺もヤラをにらみ返す。俺とヤラはしばらくにらみ合っていた。
 ヤラは鋭い目で俺を見つめたまま、俺のほうにのっしのっしと歩み寄って来た。俺は正直、少しびびった。馬だと思えばいいんだぞ、馬だと思えば、と心の中で繰り返す。
 ヤラは、ふっ、ふっと言いながら俺の脇の下の匂いを嗅ぐ。ヤラはゆっくりと後脚で立ち上がった。でもこれも俺の予想のうちだ。俺は身構えた。俺の視覚の隅であにぃも身構えたのがわかった。しかし、ヤラは予想外の行動に出た。
 ヤラはまるで俺の馬のように、俺に金色の髪の毛を擦りつけて懐き、俺の肩に前脚をそっと置き、桜色の唇を突き出して俺の髪の毛を舐めてきゅーーんと鳴いた。皆が驚いた。
 あにぃは、
 「これは困ったな、ヤラは俺よりもナギにやられたいのか?」と言う。
 「ナギがやっちまっても良いんだがな。生まれてくる子がどっちの種かわからなくなるのは不味いな」と冗談めかしてシンが言う。
 「冗談じゃ無いよ、なんとかしてくれよ」と俺は言う。突き飛ばして鞭でぶっ叩こうか?

 あにぃはしばらく他人事のように笑っていたが、「しょうがないな」と言って、あにぃの茂美の匂いをヤラに嗅がす。とたんにヤラの目が潤んで、私はこの人の持ち物だった・・と思い出したように、あにぃの前に自分から横たわった。そうか、薬草や毒キノコなど用意する必要は無かったんだ。あにぃの茂美には催淫性があった事を俺は思い出した。
 「すっかり二人に懐いているようだから心配無いと思うが、もし何かあったら大声で俺たちを呼べよ」とトンは俺に言って、シンと一緒に母屋に退出する。

 縛らないの?とでも言うように、あにぃの前でヤラが自分からごろんと逆さに転がり、四つ脚を天井に伸ばして縛られる姿勢をとった。縛られると気持ち良くさせてもらえる、という刷り込みが出来てしまっているんだなと思う。
 「今日は縛らない」
とあにぃはヤラに言う。
 「そうだ、ヤラ、今日は胸をナギに任せてみるか?」とあにぃは聞く。
それは素敵ね、と言うようにヤラが「あふん」と鳴いた。
 「えーーっ?」俺はびっくりして、でもあにぃの「やれ!」という目配せでヤラの柔らかい胸に手を触れる。柔らかい。触っているだけで気持ちが良い。俺のぽが勃ち始める。これは罠では無いのか?ヤラは俺たちに復讐しようとして色仕掛けをかけているんじゃ無いか?

 様々なケースを考えて護衛計画を練ったつもりだったのに、予想外の出来事が次々と起こって、俺は混乱していた。一度、落ち着こうと、ふーーっと深呼吸をして頭の中を整理してみると、全体の護衛計画を狂わせるような出来事は今のところ何も起こっていないと気付いた。
 ヤラが俺になついた事、俺が今ヤラの胸に触っている事、俺のぽが勃ち始めている事、それは全体の護衛計画に何の影響も無い事だ。ヤラが色仕掛けをかけていようがいまいが、俺にがっちりと抑えつけられ、あにぃにじっと監視されている今の状態では、ヤラには何も出来ない。

 俺は冷静さを取り戻し、あにぃが初日にやったのを真似て、ヤラの大きな胸に指を食い込ませ、ヤラの乳房を揉む。初日には全然鳴かなかったヤラだが、今日はすぐに大声で「ひゅーん、ひゅーーん」と鳴き始める。あの後の3日で、あにぃの調教がずいぶん進んだんだな、と思う。
 真っ白な乳房の中心にある突起がむくむくと持ち上がり先端を尖らせる。あにぃや俺のbtkと違ってどぎつく紅を塗ったような色で、犬の ぽ のようだ。そして俺たちのbtkより数倍も大きい。なんて露骨な色形をしているんだろうと思う。btkが、妊みたい、妊みたい、と言っている。乳牛には二つ乳のと四つ乳のが居るという。四つ乳のやつは胸と腹とに乳があるのだという。二つ乳のヤラでもこんなに露骨なのだから、四つ乳の乳牛はいったいどんなだろう。

 じっと俺とヤラを観察していたあにぃは、ヤラの股の間に手を入れて「もう濡れたぞ。ナギは上手だ」と言う。
 「あにぃを鳴かせてるうちに、上手になっちまったんだな」俺はさらに調子づいてヤラをひゅんひゅん鳴かせる。あにぃはヤラの股から手を離し、また俺とヤラをじっと観察しはじめた。
 「何だよあにぃ、これじゃあまるで俺が種馬であにぃが護衛じゃ無いかよ」
と言うと、あにぃは「ナギは種馬じゃ無いぞ、当て馬だぞ」と言う。

 「ひゅーーん、ひゅーーん」ヤラが胸を突き出してのけぞり、自分から股を大開きにしてきた。「入れ替わろう」とあにぃは言って、俺をヤラの下半身にまわし、自分はヤラの頭側に回った。
 ヤラは、金色の茂美にふちどられた器官をむき出しにして転がっている。近くで見るヤラの器官は、思ったより圧迫感が少ない。いくらヤラが大柄だとは言っても、さすがに馬のものとはだいぶ違い、皆も言っていたとおり蛤のようだ。そっと探ってみると、自然にするっと指が吸い込まれるところがある。
 「ナギ、穴の位置はわかるか?」とあにぃが聞く。
 「ああすぐわかった。結構デカイ穴だね」
 あにぃは膝にヤラの頭を乗せて、ヤラの口の中を指で弄ったり、ヤラのbtkを弄ったりして、ヤラの反応を観察している。俺はこれも初日のあにぃをそっくり真似て、ヤラのふさふさの下毛のまわりをこねて、焦らしたり攻めたりする。俺たちに復讐しようなどという気を全く無くすまで、完膚なきまでにやっつけてやらないといけないと俺は思う。
 「あ゛ーーぉ、あ゛ーーぉ....わ゛ーーぉ、わ゛ーーぉ」と、獣のようにヤラが鳴く。はらみたくて、はらみたくて、もうどうしようも無い、というように鳴く。俺のぽがまたむくむくと固くなる。

 俺は、あにぃがヤラの胸を弄るのをそっくり真似て、ヤラの下腹部を弄ってみた。さっと撫でるようにあにぃが胸を擦れば、俺もそれに合わせてさっと下腹を擦る。あにぃが胸をぐにゃぐにゃとこねれば、俺もぐにゅぐにゅと下腹をこねる。「乳牛ってのはすごくいい手触りのもんだね」とあにぃに同意を求めながら、俺はあにぃと同じことをする。あにぃと同じ仕事をしていると実感できるのはとても楽しい。あにぃも俺も ぽ を勃てている。いじり方によってヤラの鳴き声が変わる。二人でさっ、さっ、と撫でるときは、あふっ、あふっと鳴く。二人でぐにゃぐにゃぐにゅぐにゅとこねたときは、う゛ーー、う゛ーー、う゛ーーと鳴く。ヤラは俺たちのどちらが何をしているのか、自分のどこがどう感じているのかが、混ざり合ってわからなくなっていると思う。
 「ヤラ、今どっちで感じてる?ナギの手か?俺の手か?答えようによっては俺はもうやめるぞ?」
 あにぃはヤラのbtkを転がす手を止めてヤラに聞く。右手で感じてるのか?左手で感じてるのか?と聞くようなものだ。あにぃも無理なことを聞く、と思いながらもヤラをからかってみたくなり、俺も真似をして手を止める。
 「俺の手だよね?あにぃの手だなんて答えたら俺はやめちゃうよ?」
 ヤラは、胸も腰も両方突きだし、弓状に反らせた身体を揺する。私の身体はこんなに美味しそうに柔らかくなっているのに、二人にがつがつ食べて欲しいのに・・・。
ちょうど食べごろに熟した白い豊満な身体が、俺の目の前に転がる。
 「うわぁ、いい眺めだ。あにぃと二人でこんなのをやっつける、ほんと最高だ」
 と俺が言うと、
 「遊んでるわけじゃ無いんだぞ。目的はヤラの受胎なんだから。ヤラの穴の中には俺が全滅させたあの集落のたましいの塊が潜んでいて、ヤラが俺に妊ませられるのを阻止しようとしているんだ」
 とあにぃは場違いな不思議な事を言う。
 「ヤラの穴に俺の白を吸わせるだけではだめなんだ。吸わせたとしても、やつらが元気なうちは、俺の白の塊を溶かしてしまう」
 俺はヤラの穴のまわりをゆっくりと揉んでやる。ヤラは泳ぐように腰を上下させて悶え、「ぉーー、ぉーー」と鳴く。
 「ヤラ、もう入れたいんだろう?でもまだ待て」とあにぃはヤラに語りかける。
 「ヤラは、俺の白を吸う前にまずはヤラの中の塊をやっつけておかないといけない。俺の白を勝たせるためには、まずはヤラに、やつらに勝ってもらわないといけないんだ」
 俺はあにぃに訊ねる。
 「あにぃは、ヤラの穴の中で戦いが起きていると感じているのか?だからヤラはこんなに激しく鳴き叫ぶんだと?」
 「そのとおりだ。ヤラはよがってもいるが、痛がり、苦しがってもいるんだ」とあにぃは言う。「俺たちはヤラを助け、救ってやらないといけない」

              

 「あにぃ、ヤラの穴の上のほうに、小さい豆のようなもんがあるぞ」
 それはだんだん大きく固くなってきた。そっと指先でつまんでやるとヤラは「あ゛ーーーっ」と鋭い声をあげた。
 「それはヤラの ぽ だ。ナギ、舐められるか?」
 俺は、そっと舌先を付けてみる。ヤラは大声をあげ、脚を全開にして腰を浮かせ、中心を俺の顔に擦りつけてくる。透明な液体が俺の顔になすりつけられる。あにぃと俺ほどの仲でも自分からなすりつけるなんて失礼なことはしないぞ、ずいぶん破廉恥なヤツだな、俺の衣が汚れてしまう・・と思うが、その破廉恥さにかえって興が乗って、そうくるならもっとよがらせて、一体どこまで破廉恥になるのか見てやろうと思う。俺はとうもろこしを食うときのように顔を左右に動かして、大開きになったヤラの股を舐める。俺の舌が豆に当たるたびにヤラは声をあげ、全身をぴくっぴくっとさせる。年上に乳牛のことを聞いたとき「豆をいじるのは面白いものだぞ」と言っていたのはこういうことをしていたんだろうなと思う。
 穴の中に指を入れてみると、穴の中にも固くなっているところがある。中の固いところと豆とは、肉の中で筋のようにつながっているように思った。つまりヤラの ぽ は身体の中に埋まっていて、先っぽだけが身体の外に出ているのだろう。豆は ぽ の先っぽだと思っていじれば良いんだなと思う。
 俺はあにぃのぽの先をやっつけるつもりでヤラの豆を舌で突きながら、あにぃがこの前やっていたように、穴の中に1本、2本、3本と指を入れ、結局親指以外の4本を全部入れて中でこねくり回してみた。ヤラが俺の上半身を絞めるように俺に脚を絡みつかせてきた。ヤラの声が「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」と拍子を刻み始める。

 「あにぃ、ヤラの穴がぱくぱくしてきたよ」
と、俺が言うと、
 「ナギ、仕上げの合図だ。交代だ」
 あにぃはさっと下衣を脱ぎ捨て、俺と場所を代わって手際良くヤラの穴に ぽ を差し込む。俺は上に回ってヤラの胸を弄りながら、ヤラの顔を覗き込む。
 「ヤラ、気持ちいいか?」
 ヤラののけぞった逆さまの顔は、整っていて美しい。ヤラはぎゅっと瞼を閉じ、真剣な顔をして喘いでいる。真剣な顔のヤラには男前な美しさがある。男に生まれていたら あにぃのような英雄になっていたかも知れないのに、と俺は思う。乳牛に生まれてきてしまったばかりに、こうして男にいじられ、破廉恥な格好でよがり、姦られるだけの人生しか知らずに、若くして生を終えてしまうのだろう。
 ヤラはとても苦しそうだ。まるでヤラの穴の中の塊がヤラの首を絞めているようだ。ヤラは、あにぃがぽを抜き差しするたびに、卵型に空けた口をぱくぱくさせて必死に息をする。ヤラの穴の中もきっとさっきのぱくぱくを続けているのだと思う。
 身体の中心をあにぃに刺され、ヤラは仰向けの蛙のようなぶざまな格好で固まっている。あにぃはこの前と同じように、ぽをヤラの一番奥まで刺しこんで腰の動きを止めた。ヤラは悲鳴のような大きな鳴き声をあげ、身体全体をきりもみするようにあにぃの腰に自分の腰を擦りつける。悲鳴をあげているのはヤラ自身なのか穴の中の塊なのか。両方が混ざり合ったものなのか。
 「ヤラ、俺が見守ってるぞ」俺はヤラを激励する。「あにぃの白の塊をしっかり守って、あにぃの仔を産むんだぞ」
 突然、ヤラが俺の手を振り払ってさかさまの俺にぎゅっと抱きついた。ヤラの上脚が俺の背中を撫で回している。危ないか?と一瞬思ったがいざとなった時の打つ手は考えてあると思い、俺はヤラのしたいままにさせておいてやった。あにぃも ぽ をヤラにぐっと突き刺したまま俺たちの様子を見ていたが、このままで良いと言うように、俺に向かって頷いた。
 ヤラに抱きしめられ、次第に顔がヤラの柔らかい乳房に完全に埋まってしまった俺は、ヤラの心臓の鼓動と、ヤラの乳房を通して感じられるあにぃとヤラの身体の駆動だけを感じていた。しばらくして「あっ、あっ、あーーーっ、あーーーっ」というヤラの歓喜の声が聞こえ、俺の背中にヤラの指が食い込んだ。ヤラが硬直して痙攣しているのがヤラの乳房越しに伝わった。ヤラに白を吸われたあにぃの獣の唸り声が聞こえた。

            

 トンとシンが入ってきたとき、ヤラはまだ俺を抱きしめて涙を流していた。シンが驚いて、
 「おいおい」と言うと、あにぃは、
 「大丈夫、ナギは当て馬だ」と言って、俺のぽを指さす。下衣の下で俺のぽが突っ立っているのを見てシンは、
 「アニは見かけによらず悪いことをする」と苦笑する。
 「来年は、ナギにヤラを姦らせるのか」とシンがトンに聞くと、トンは、
 「いや、来年もアニだ。ナギにはアニとヤラの仔を姦らせるつもりだから」
と言う。あにぃの仔を俺が姦る・・俺はワクワクした。
 「それなら、ヤラ、是非、乳牛を産んでくれ。乳牛は何歳になれば姦れるんだ?」
と、俺は声を弾ませて言う。
 「早くて今のナギくらいの歳だな」
とシンは言う。なんだ、ずいぶん先の話だな、と思う。
 「ヤラが受胎すればの話だし、受胎したとしてもどんな仔が産まれてくるのかにもよるだろう?」とあにぃが言った。
 「そうだな。こればかりは神のお恵みってことだ」
とトンは言う。
 「今日のヤラは実に良く鳴いたんだ。もし今日ので受胎したとしたらナギの功績だよ。護衛としても気を配っていた」
とあにぃは言った。

 ヤラに抱きしめられながら、あにぃとヤラの仔を俺が種付けすることを夢想し、俺は色々なことを想う。
 ヤラは会ったとたんに俺に懐いた。戸惑いながらも俺は、ヤラはガキの男を見る機会などほとんど無かったろうから、俺のことを珍しいとか可愛いとか思って懐いてきたのだろうと思った。しかし、今、ヤラは俺を身内と感じているのでは無いかという気が少ししてきている。
 今、俺は ぽ を半端に勃てたままヤラに抱きしめられている。しかし、今ヤラの穴に俺の ぽ を入れてすっきりしたいという気持ちにはこれっぽっちもならない。それは俺自身の気持に原因があるのでは無く、ヤラの抱きしめ方が、性的なものとは程遠いからなんじゃないかと思う。
 俺が気になり始めているのは、俺とヤラの血統のことだ。俺の血統は全くわからない、ヤラの血統も全くわからない、ひょっとしたら俺とヤラの血統が近いという可能性は無いのか?

 直感などというものは当てにならないものだと俺は常日頃思っている。しかし獣の直感を舐めてはいけないとも思っている。
 俺自身には、よくわからないのだ。俺自身の獣性は俺に対して何も語りかけてこない。ヤラの態度を通してそんなことを考えさせられているだけだ。ヤラにぎゅっと抱きしめられながら、俺は不安と愛情の両方に抱きしめられていた。

 帰り道、俺はあにぃに俺の不安を話した。あにぃは、
 「ナギ、血統というのは、実は俺たちの場合は、あまり考えても仕方無いことだぞ。俺は風神100パーセントの子だ。だから俺の血は集落の象徴のように言われている。しかし、その風神自身の血統についての記録は何も無い。だから俺もナギと同じで何もわからない者なんだ。そのあたりがナギと俺がこの集落の皆と根本的に違うところだ」
 と、言った。
 「あにぃは、不安にならないのか?」と俺は聞く。
 「ときどき気持を制御できなくなることもある。でもそれは不安とは違う。なぜならそれは当たり前のことだからだ」
 俺はあにぃに抱きついて泣いた。ヤラも同じような気持ちで俺に抱きついていたのかも知れないと思った。



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5. 砂の岬  The Fool On The Hill 

music image  Sergio Mendes & Brasil 66 - The Fool On The Hill (1968)


あにぃ23才 俺11才  サダ22才  シチ15才  秋
故 チキ52才没(当年春)


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 俺は、今、乳牛のシチを連れて、例の離れからさらに林を入ったところの小屋に種付に来ている。あにぃも一緒だ。あにぃはサダを連れている。

 ここには一度も足を踏み入れたことが無かった。ここと離れの中間地点くらいのところに、朽ち果てた木や砕いた岩石などが乱雑に捨てられているところがあり、幼い頃、よく木や岩を拾いに同年輩と来たものだが、ここはそれをさらに西に入った林の中だ。来る途中に池があった。その水は川になり、俺たちが住んでいる小屋の近くを通って海までつながっているらしい。
 このあたりに誰も寄りつかなかったのは、ここにはずっと頭のオカシイ年寄りが住んでいて、近づいた者を斧を振り回して追い払うからだった。チキと呼ばれていたその年寄りは、トンと同じ風神の奇跡の血量を持つ男だったが、馬乗りにも船乗りにもなった事が無かった。どうにも使いようが無かったのだ。そのチキは今年の春に死んだ。
 林の中に、木々を切り開いた空がぐるっと見渡せるほどの広さの土地が広がり、その端に、七棟の小屋が建っていて、それは北の七つ星の形に並んでいた。土地を切り開いたのも、小屋を建てたのも、全部チキが一人でやったことだという。チキは死ぬまで手を入れていたらしく、土地も小屋も綺麗に整備されていた。

 今回の仕事は驚くことばかりだ。まずは、俺の種付けは来年からのことかと思っていたから、すぐにと言われて俺は驚いた。あにぃは、「ヤラのときのお前の護衛の仕事が評価されたんだ」と言う。
 そして相手が、サダかシチのどちらかだということにも驚いた。どちらも床上手だと年上から聞いて、あにぃの相手として俺が警戒リストの筆頭に挙げていた乳牛だったから。

 一番驚いたのは、これは半分あにぃと俺への褒美のようなものなので、二人は羽を伸ばして楽しむつもりで、2週間、二頭の乳牛と遊んで来い。とトンに言われた事。どっちにどっちが付けても良い。ただし、生まれた仔がどっちの仔だかわからなくなっては困るので、白を出す時だけは注意してくれ。それさえ守れば何しても良い。とトンは言った。

「終わった後は俺の小屋に乳牛を連れてくれば良い」と言って2頭を置いてトンは帰って行った。七つの小屋のうちに、八角の形をした小屋があるが、その小屋以外ならどこでも自由に使っていい。八角の小屋にはチキが残した不思議なものが未整理で置いてあるから乳牛を連れては入るなとトンは言っていた。八角の小屋は七つ星のひしゃくの柄の先端に位置しているし、形も目立つから他の小屋と間違えることも無いなと思う。

 「遊んでて良いと言われてもなぁ....」と俺が言うとあにぃも、
 「仕事なんだからな。どっちにどっちが付けるかだけは、先に決めておこう」
 と言う。
 サダは22才、シチは15才、サダの身体は俺くらいの大きさで、シチは俺よりも小柄だ。二頭は姉妹だと聞いた。二頭とも、尻に小さな ぽ くらいの大きさの尻尾が飾りのようにちょこんとついている。指は俺たちと同じく5本で、身体は柔軟で少しの距離なら二つ脚で歩ける。尻尾があることと ぽ が無いこと以外、ほとんど俺たちの身体と同じだ。そしてとても従順だ。
 「どっちもかわいいね。尻尾までついてるなんて」俺が言うと、
 「かわいいな」とあにぃも同意する。
 この姉妹は身体のすみずみまで愛玩用にできてるんだな、男たちに人気抜群なのも頷ける、と思った。身体の大きさ、年齢とで、どちらが言い出すとも無く自然にあにぃがサダ、俺がシチに付けることになった。
 あにぃは「もうナギは一人で大丈夫だな」と言って、サダを連れて小屋に向かっていった。立ち去り際に「そうだ...言い忘れてた」と俺を振り返り、「乳牛を鳴かせるか鳴かせないかは、受胎とは関係ないらしい。俺たちの仕事は穴の中に白を出しさえすればそれでいい。鳴かせるかどうかは単なる好みの問題なんだそうだ」と言い置いていった。

          

 台風一過の空に、ちぎれ雲が2つ3つ浮かんでいる。日差しは相変わらず強いものの、風はずいぶん涼しくなった。爽やかな初秋の午後だ。シチは俺の少し先の草の上に向こう向きで寝そべっている。シチの茂美は、サダとは比べものにならないほど薄く、うぶ毛と茂美の中間くらいだ。身体は薄い作りで、やはり細身のサダと比べても頼りなさが目立った。床上手などと言われているし、昨年初仔も産んでいるけれど、まだ完全な大人じゃ無いんだろうなと思う。

 皆で一緒にいたときは屈託無く遊んでいたのに、シチとふたりきりで残されると俺は少しドキマギした。
 「やつらを俺たちと同じだと思ってはいけないよ。やつらは違う生き物なんだ。植物みたいなものだと思っていた方がいい」と年上が言っていたのを思い出した。しかし表情まで俺たちとそっくりの生き物と一緒にいると、つい俺たちと同じような心を持っているような錯覚に陥ってしまう。すぐそこにある小屋に連れていくのにも、どうやって連れて行くのが一番良いのだろう?と俺は迷う。
 俺は「シチ、おいで」と呼びかけた。シチはちらっと俺のほうを見て尻尾を2-3度振っただけで、同じ姿勢でのんきに寝そべったままだった。
 これから種付けをするんだということをわかってもらったほうが良いのだろうか?と俺は思い、思い切って衣類を全部脱ぎ捨て、大きく両腕を開いて「シチ」と呼んでみた。
 振り返って丸裸の俺を見た途端、シチは驚いたように起き上がり、両手で顔を蔽って逃げ出した。足はとても遅い。5-6歩逃げるか逃げないかのうちに、シチは俺にすぐ捕まった。
 「どうして逃げるんだよ、シチ、嫌なの?」
 シチは顔を蔽ったまま俺に抱きすくめられ、蔽っていた両手も俺に外される。シチは目を伏せていた。伏せた睫毛が長い。少し上向きの鼻の下のぷっくりした桜色の唇、肩のあたりで切りそろえた質感のある黒髪、顎から首筋の柔らかい曲線、顔の全部が曲線でできているのに、身体は生硬な直線混じりなのが不釣り合いで、でもそれがかえって可愛らしいと思った。
 シチの頭を支えながらシチの顔をじっと覗き込んでいると、俺の視線の重圧に耐えかねたように、シチは唇を震わせた。そして次の瞬間、急にシチの口が俺の口を蔽った。虚をつかれた俺はシチに吸われるままになってしまう。シチは甘えるように白く細い掌をそっと俺の胸に置いた。なんて優雅な生き物なんだろう、と思って強く抱きしめたとたん、俺の身体が急に熱くなった。俺は夢中でシチを抱きかかえ一番手前の小屋に運ぶ。シチの身体は子犬のように軽かった。小屋に運び込むやいなや、俺はシチを土間に押し倒す。俺はシチの首筋に吸い付き、シチの小さな胸を揉む。俺の呼吸が荒い。俺は夢中でシチのbtkを吸いまくる。シチが「あぁ」と小さな声をあげたとき、俺は思わず白を出してしまいそうになった。でも俺の白は、シチの穴以外に一滴もこぼすわけにはいかないのだ。

 「シチ、ごめんよ。これ俺の大事な仕事だから」
 俺は、シチを腹ばいにし、尻を持ち上げて穴を探した。ヤラの穴と比べるとずいぶん小さくあにぃのケツ穴よりだいぶ大きな穴があった。穴の中は湿っていた。俺は種馬のようにシチに覆い被さり、強引にシチの穴に ぽ をねじ込んだ。暖かい。シチの尻尾が俺の腹のあたりでつぶれる。両手を前に回してシチの乳房を揉んだり豆を探ったりしていると、シチの身体が熱くなった。穴の中は少しざらついた抵抗感があり、腰を動かすと俺の ぽ はすぐに暴発してしまいそうになる。俺はあにぃがヤラを姦っつけていた時のことを思い出して、 ぽ を突き刺したままじっと耐えた。シチの鳴き声が次第に「あっ、あっ、あっ」と定速になる。シチも気持ち良くなっているんだ、と思った瞬間、突然、シチの穴の中が俺の ぽ を絞るようにぱくぱくと動くのがわかった。「あぁ、あぁ」とシチが鳴き、俺は絞られる快感に頭が真っ白になり、うっと声をあげながら白を大量に放出した。俺自身が暴発したというよりは、有無を言わさず絞り取られた気がした。
 少しはシチを鳴かせられたけど、ずいぶんあっけなく白を出してしまった。あにぃを姦っつけたり、あにぃの種付けを手伝ったりして、俺なりに種付けのイメージはできていたのに・・・と俺は思う。こんなドタバタした感じじゃなくて、要は俺はもっとかっこつけたかったのだ。俺の乳牛初体験は自分ではずいぶん不本意な出来だった。
 「シチ、次はもっと上手にやるからね」
 白をシチの穴から一滴もこぼしたく無くて、俺はぽを差し込んだままじっとしていた。しかしすぐに中身を吸い取られた俺のぽは小さくしぼんで、シチの穴からするっと抜けた。
 
      

 とりあえずは仕事を果たした達成感と、思い描いていたものとは違ってしまった残念な想いとが相半ばしながらシチと並んで寝ころんでいると、シチが俺の耳を甘噛みしながらbtkに手を触れてきた。btkはくすぐったくは無く、俺は少し良い気持ちになった。俺が目を閉じてじっとしていると、シチは俺の横に正座してbtkを弄り始めた。シチの動きは少し儀式めいていた。
 俺は年上が、「シチは気持ちの良いことは全部自分からやってくれるぞ、こっちは寝そべってるだけでいい。サダもそうらしい。乳牛に伝わる秘伝みたいなものがあるのかもしれないな」と言っていたのを思い出した。秘伝と言ったのはこの儀式調の仕草のことだろうなと思った。
 「秘伝?」
 突然、俺の脳裏に、サダに秘伝の指使いでbtkをいじられ悶え狂うあにぃの姿が浮かんだ。そうだ、自分の事ばかりにかまけていたが、俺はもともとそれを一番警戒していたんじゃないか。
 「シチ、ごめんよ、あにぃに伝えなきゃいけないことがある。あにぃのところに行く」
 俺はシチを押しのけ、あわてて衣を着け、あにぃとサダがいる小屋に走った。シチが四つ脚で俺の後を追ってきたのがわかった。

 小屋に入った時、あにぃとサダのからみ合いの図を想像していた俺は拍子抜けした。あにぃの姿は見えず、サダだけが床に敷いた敷物の上にちょこんと寝ていたのだ。
 「あにぃ、あにぃ」
 返事は無かった。俺は思わずサダに訊ねる。
 「サダ、あにぃは?あにぃはどこ?」
サダが小屋の奥を見る。サダの視線の先には壁しか無かったが、俺は壁に駆け寄ってみた。壁と壁との接面に細い隙間があった。奥にもう一つ部屋があるのか?あにぃはそこに居るのか?
 もういちど「あにぃ」と呼んでみるが返事は無い。
 俺を追ってきたシチが小屋に入ってきた。
 「シチ、サダと一緒にここで待っててね。獣が来るといけないから二頭だけで外に出るんじゃ無いぞ」と俺は言って、奥の壁を押してみた。ずいぶん重いが、ぎーっときしむ音がして壁が動き、扉のように開いた。壁の向こうに部屋は無く、男一人が立てるほどの深さの穴が掘ってあり、穴の中に降りてみるとその先にずっと先まで続く通路が延びていた。チキは地下に道を作っていたのか、と驚きながら真っ暗な中を進んでいくと先方に光が見える。
 「あにぃ、あにぃ、そこにいるのか?あにぃ」
 大声で叫ぶと、先方の光の方向からあにぃの声が聞こえた。
 「ナギ、来い、とにかく来い」
 光が漏れているところは俺が入ってきたのと全く同じ構造になっていて、別の小屋につながっていた。よじ登るようにしてたどり着くと、あにぃは仁王立ちで側面の壁を凝視していた。
 「見ろ」とあにぃは壁を指さす。

 あにぃの見つめている壁の中を見ると、もう一組のあにぃと俺が壁の中からこちらを見ていた。俺はあにぃの左手の側に立っている。壁の中の俺はあにぃの右手の側に立っていた。俺は壁に何が起きているのかを理解しようとして、夢中で壁の中を見つめる。壁の向こうにもう一つの世界がある。そのもうひとつの世界が壁一面に広がっていた。
 壁の向こうのあにぃが俺を見つめて言う。
 「ナギがいる。俺もいる」
 俺は壁を押してみた。向こうの俺も壁を押す。俺はひらめいた。理解した。
 「水に顔が映るのと同じ理屈なんだね。でもこれはすごいや」
 「これは‘カガミ’というものだ。もっと小さいものなら戦に行っていくつか持ち帰ってきたことがあるが、いつのまにかなくなってしまった。しかしそれは片手で持てるほどの小さなものだった。こんなに明るく映るものでも無かった。こんな壁一面のあざやかな‘カガミ’なんてはじめてだ」
 俺は自分の右手を動かしてみる。壁の向こうの俺が左手を動かす。じっと見ていると頭がおかしくなりそうになる。左右って、上下って、近くと遠くって、いったい何なのか?

 当たり前だが、俺は今まで自分の姿をこんなにはっきりと見たことが無かった。
 「俺は綺麗なんだね。あにぃがいつも言ってるように俺は本当にかわいいんだな」
 と俺は間抜けなことを言った。あにぃが笑い出した。身を捩って笑った。笑いが止まらなくなって咳き込んで、ようやく笑いが止まった。
 「笑わせてくれてありがとう。俺は‘カガミ’の中の世界に吸い込まれそうな気がしていたが、おかげでやっと我にかえったよ。色んな妄想に囚われたが、チキはすごいものを作った、という、それだけが現実に起こったことだったんだ」とあにぃは言った。
 「さっきはこれはいけないものなんじゃ無いか?こんなものは壊したほうが良いんじゃ無いかとまで思った。でもすごいものだ。これは絶対に壊してはいけない」とあにぃは言う。
 俺は、はじめて自分を鮮明に見た衝撃のほうが大きく、じっと‘カガミ’の中の自分を見つめている。
 「俺は自分で思ってたよりも賢そうに見える。自分で思ってたより俺ってイケてるんじゃ無いかと思う。俺ってまるであにぃみたいじゃないか。あにぃはどう思う?」
 あにぃは少し難しい顔をして自分の考えをまとめようとして黙っていたが、
 「俺の見るナギは、今ナギが見ている姿のとおり賢そうだしイケてるし可愛くて綺麗だ。その点では‘カガミ’はなにひとつ間違っていない。でもあいつらは偽物だぞ。なぜって俺が見るナギとあいつとは左右が逆なんだからな。上と下は何も変わらないのに、左と右だけが逆だなんて怪しいだろう。水面なら上下も逆になるのに」と言う。
 俺も本物のあにぃと‘カガミ’の中のあにぃを見比べた。少しだけ違った人に見えるのは左右が逆のせいなのか。
 「‘カガミ’の偽物の自分に囚われてはいけないぞ。囚われたらナギはそのうち違う者になってしまう。こんなものは壊した方が良いんじゃ無いかと一瞬考えたのはそれなんだ」
 とあにぃは言った。俺は思い当たることがあった。
 「あにぃの言うとおりかも知れない。実は俺さっき、こんなイケてる俺が‘カガミ’で研究してもっとイケてるように見せたら、人を騙すことも簡単かも知れないと一瞬思った」
 「それが危ないんだ」とあにぃは言う。
 「チキのことを考えてごらん、チキはこんなものを作りながら、髪はボーボー、衣もボロボロのあんな人だった。チキは自分を見たくてこれを作ったわけでは無い。魚を食いたいから釣る、馬にうまく乗りたいから稽古するのと同じだ。チキは無邪気に遊ぶような気持ちでこれを作ったんだ。‘カガミ’の中に囚われていたらこんなすごいものは作れない」
 俺は理解して頷いた。
 「チキを敬うにはどうするのがいちばん良いと思う?何がチキの一番の供養になるんだろう?」
 あにぃはしばらく考えて、
 「この‘カガミ’で無邪気に遊ぶことがいちばんの供養だな。ここにはまた何度も来ような」と言う。

 俺は、乳牛を放っておいたことを思い出した。
 「もとの小屋に戻らなきゃ。俺はちゃんと付けたぞ」と言うと、
 「おお、おめでとう。さすがナギは好き者だ」とあにぃは言う。
 「あにぃはもう付けたのか?」と聞くと
 「実は俺はまだ何もしていない。戻ったらすぐ付けなくちゃな。しかしちょっと驚き過ぎた。すぐには勃ちそうに無いな」
 とあにぃは笑う。

 俺はひとつ確かめておきたいことがあった。地下を通ってきたので位置関係がわからなくなっているが、俺はこの小屋が北の七つ星のどこの位置に当たるかを知りたい。トンが乳牛を連れて入るなと言っていた「ひしゃくの柄の先端」の小屋では無ければ、この‘カガミ’の前に乳牛たちを連れてきたら面白い遊びができそうだぞと思ったからだ。しかしこの小屋には出口が無かった。外に出られそうなのは天井の大きな明かり取りだけだった。
 「サダとシチはbtk弄りの秘伝を持ってるぞ。あにぃ、btkだけは触らせるなよ」
 と言ってあにぃと別れ、俺は天井から外に出ることにした。

       
おおぐま座とこぐま座




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6. 砂の岬  愛のコリーダ 

music image 愛のコリーダ Quincy Jones 1981

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 チキも何度も天井から出入りしていたのだろう。天井から縄ばしごが架かっていたので俺は簡単に外に出ることができた。天井から外に出てみるとそこは丘の横穴を利用した洞窟状の場所で、そこにも大きな‘カガミ’が、こちらは斜めに設置されてあった。しばらく点検して、この‘カガミ’が外の光を反射して、さっきの部屋に光を送っていることがわかった。明るかったので俺はさっきの‘カガミ’の部屋が地上にあるものとばかり思い込んでいたが、地下だったのだ。つまりここはトンが言っていた「ひしゃくの柄の先端」の小屋では無いばかりか、地上から見える七棟の小屋のどれでも無い。
 周囲を見渡すと、七棟の小屋全部が向こうのほうに見えた。チキはこんな地下室まで一人で作ってしまっていたんだな、アタマのおかしい年寄りとしか思っていなかったけれど、チキって天才じゃないか。誰もそれを見抜けなかったのか?

 地上を通って、俺があにぃたちの小屋に戻ってみると、またしてもあにぃは居なかった。というよりサダもシチも居らず、もぬけのからで、さっき行ったカガミの部屋の方向に↑という印が書き残してあった。そして、小屋の中にはとても良い香りがほのかにしていた。これは何の匂いだろう?
 俺が調べるのも待たず、あにぃは二頭を連れてさっきの部屋に行ってしまったんだなと少し腹をたてながら、俺はさっきと同じように‘カガミ’の部屋にたどりついた。部屋の中では、中央に敷いた敷物の上にあにぃが横たわり、サダとシチが両側に座ってあにぃの足指を揉んでいた。儀式のような仕草だった。まずい、秘伝でやられてしまってる・・と俺は思った。
 「あにぃ、気をつけろって言ったのに・・・」
 返事は無く、あにぃはすやすやと眠るように目を閉じてじっと横たわっている。
 「あにぃ、絶対こいつらはあにぃのbtkに触るんだよ、危ないよ、あにぃ」
 あにぃの近くに寄ってサダとシチを追い払おうとしたとき、俺は突然力が抜けてその場に倒れ込んだ。部屋中にさっきと同じ、花の香のような良い匂いがしていた。やはりなにかの儀式のように、シチが俺のそばににじり寄ってくるのがわかった。シチは俺の足指を揉む。俺は自分の手脚を動かそうとするが全く動かない。しだいに俺はとてもうっとりしてしまい、これが夢の中なのか、現実なのかがわからなくなった。

 「ナギ、とてもかわいい。食べてしまいたい」と夢の中のようなシチが俺に微笑む。
 「シチだってすごくかわいいじゃ無いか、尻尾まであるし」
 俺は言う。乳牛が話をするわけが無いんだ、これは夢なんだと思いながらも、俺は本当にシチと話をしているような気がしてしまう。
 「食べよう、食べちゃおう、ナギの足から溶かして食べちゃおう」
 シチは俺の両足を儀式のようにささげ持ち、指を舐める。あっという間に俺の足指が一本溶かされたのがわかった。
 「痛いっ」俺は痛いような気がして叫んだが、実際は痛くなかった。しびれただけだった。
 「痛くないのよ、すぐに気持ち良くなるの」とシチが言う。足首まで痺れてきた。
 「もうナギは足首も溶けて無くなっちゃった」
 「あにぃも溶かしちゃったの?」俺は聞く。
 「アニの両腕、両脚はもう全部無いの。サダねえちゃんと私とで食べちゃった。残っているのはもう頭と胴体とぽだけ。アニはもうだるまさんなの」とシチは言う。
 「嫌だ、そんなの嫌だ、あにぃ、あにぃ・・・」と俺は叫ぶ。
 「嫌じゃ無いのよ。アニはとっても気持ち良いって言ってたの。泣いてしまうほど気持ちが良いって。舌もねえちゃんが食べてあげたからアニはもう言葉を喋れないの。でもすごく気持ち良さそうだった」
 ・・・バリバリバリ・・・俺のすねが、膝が、太ももがシチに食われている。溶かされながら食われるのはとても気持ちが良い。俺はおもわず声をあげる。
 「ああ、いい、ああ、ああ・・」
 「ね、とってもいいでしょう?ナギはとっても素直ね。かわいい。姿形だけじゃ無くて心まですごくかわいいのね。溶かされること、消えてなくなってしまうことはとても気持ちが良いこと。だから安心して食べられちゃって」
 「あーーっ、シチがこんなに凶暴だなんて、年上は誰も教えてくれなかった・・」
 「私だってはじめて食べるんだもの。私、アニやナギくらい綺麗な人しか食べたいなんて思わない」
 
 「どう、お味は?」サダが声をかけてきた。
 「とっても柔らかくて美味しくて、舌がとろけそう。骨まで柔らかくてかみ切れないところが一つも無いの。歯までとろけてしまうかも」とシチが言う。
 「あにぃの味はどんなだった?」俺は聞く。
 「それはもちろんもちろん素晴らしいお味。コリコリしていい歯ごたえだった。だからねえちゃんも私も、思わずがっついてしまった。あっという間に食べちゃったの。もっとゆっくり味わえばよかった・・・」シチが答える。
 「せっかく鏡があるんだから、アニに自分の姿を見せて悦ばせてあげましょ」
 サダは軽々とあにぃを持ち上げた。いや、サダが持ち上げたのは鏡の中でだけだった。こちら側のあにぃは、ただすやすやと眠っているだけだ。
 こちら側と鏡の中とが違う・・。あのあにぃは偽物なのか?それなら俺とシチやサダとの会話はいったい?それとも眠っているあにぃのほうが偽物なのか?それなら俺のいる此処っていったい?

 鏡の中のサダが言う。
 「アニ、鏡の中のご自分をごらんなさい、頭と胴体だけのご自分を。だるまさんみたいでもう何も抵抗できないなんて。とても大胆で素敵だわ。さっきは乳首をいじられるのにずいぶん抵抗してたけど、もうできない。ゆっくりたっぷりいじってあげる。ほんとうは私にいじられたくてたまらなかったのよ。でも自尊心が邪魔してたのね。もう何もかも捨てられたからすごくいい気持ちになれる。アニは世界で一番敏感だから、世界で一番かわいくなれるの。もっとかわいくなーれ、かわいくなーれ」
 鏡の中のサダが、鏡の中のあにぃのbtkを転がす。あにぃは頭をのけぞらせて鳴く。
 「・・ああ、いい、とってもいい・・ナギ、ナギ・・ああ、ナギ、助けて・・助けて・・いかせて・・いかせて・・」
 「あら、舌がなくなってもこんなことだけはまだ喋れる」サダが意地悪く笑う。
 舌が無くなっても、ナギ、ナギ、と言って鳴いてくれるあにぃ、サダにいじられているのに俺の名前を呼んでいかせてと懇願してくれるあにぃ、俺は声をあげて泣いた。

 「アニが、助けて、いかせてってどんなに頼んでも、ナギももうこんなことになっちゃてるの。ほら」
 シチも俺を持ち上げて鏡に映す。正面を映し、軽々とゆっくり回して背面を映した。鏡の中の俺の下半身はもう尻までしか無かった。自分の姿を見て俺は大声で悲鳴をあげた。鏡の中のあにぃも鏡の中の俺を見て悲鳴をあげる。
 「アニはナギに助けて欲しいと鳴いてるのね。ナギにはまだ手の指が残ってる。アニを助けてあげて、ナギ」
 サダが言って、俺の指をあにぃのbtkに触れさせる。俺の指が勝手に動いてあにぃのbtkをまさぐる。
 「ナギ、ああ、ああ、いぃ、いぃ、いぃ・・」
 鏡の中の胴体だけのあにぃが腰を振っている。とてもグロテスクな図柄が映っているのに、俺のぽは勃ってしまう。
 「ナギがアニを助けてあげるときはどうするのかしら?こうかしら?」とシチが俺のぽをあにぃの尻穴に突っ込む。あにぃが悲鳴をあげて尻を振る。
 「ああ、ナギ、ナギ・・・いかせて・・・」
 「シチ、それはもったいないじゃないの。白は私たちがいただかないと」サダが言う。
 「そうね。ゆっくりたっぷりいただかないと」シチは俺のぽをあにぃの尻穴から抜いて、自分の口に含む。「こんなに固くしちゃって、ナギはどんなにアニのことを好きなの?」
(2018.9/30)

        

「シチ、だめだめ。そんなにしてるとナギみたいな若い子はすぐいっちゃう」
 サダが言った。
「そうね」と頷いて、シチは俺の ぽ を口から離し少し考えこんでいたが、「これがいいかな」と言って口を俺の口に覆い被せ、ふーーっと息を吹き込んだ。俺が部屋に入ってきたときの甘い香りが俺の口の中に広がり、俺は言葉を失った。ぐにゅぐにゅという生暖かいシチの舌の感触が俺の舌を這い回る。とろけるような快感につつまれ、うっとりしているうちに、俺の舌は俺の口の中から食いちぎられて消えた。
「アニと同じでナギはもう喋れない」シチが言う。
 俺は、「ニュウギュウ」と言ってみた。「うーうー」と声が漏れるだけで発音ができない。「あにぃ」と言ってみた。「あにぃ」とは言える。
 シチは、俺を持ち上げ、俺の身体を鏡にぴったり張り付かせた。俺は後ろ足と尾を失ったヤモリのような格好で、鏡に貼り付けられた。
「ここは、こっちとあっちの境界なの」
 シチが鏡に足を置くと、シチはするっと鏡の向こう側に吸い込まれていった。シチが吸い込まれたところの鏡はしばらく波紋になっていたが、すぐにもとのような平坦な平面に戻った。まるで水面から水の中に潜って行ったかのようだった。一瞬、俺は部屋が直角に回転したような錯覚に陥った。

 「さあ、特等席のナギに、素敵なアニをたっぷり見せてあげる」
 鏡の向こうのサダとシチは俯せにしたあにぃを軽々と持ち上げ、2頭の肩に乗せ、こちらに向けてあにぃの尻を晒した。鏡の裏側も鏡になっているんだなと俺は思った。
 馬のように激しく首を上下させてあにぃが上半身をよじる。あにぃの尻の筋肉が激しく動き、少しだけ残された脚の付け根が、もがくように旋回する。
 「アニが恥ずかしがって暴れてるわ。ほんのちょっぴり残ってる脚をぶんぶん振り回して。両脚を振り回している気でいるんだわ。おいたわしい」
 「卑猥、卑猥。ほらねシチ、私が言ったとおり、少しだけ脚を残しておいたのは正解だったでしょ。それにしても真っ白で柔らかそうなのに、力を込めると引き締まってコリコリなお尻。たまらない。食べるのがほんとに楽しみだわ」サダが言う。
 シチがあにぃの尻を開いて言う。
「尻穴っておちょぼ口みたいで微笑ましいわね。‘ぽ’って言ってるのかな?‘ぽ’が欲しいよぉ、ここに‘ぽ’を入れてよぉ、って」
 姉妹は賑やかに笑う。
 シチがちゅっと軽く音を立て、あにぃのケツ穴に接吻した。
 「アニ、見える?自分では見たこと無いでしょ。あなたのお尻の間はこうなってるのよ。‘ぽ’」
 シチはあにぃの尻をつかみ、ケツ穴に指を入れて見せる。あにぃが「きゅ~ん」と鳴いた。
 「きゅ~ん、ですって。なんて可愛い鳴きかたするのかしらこの人は。もっと鳴け、もっと鳴け」シチの指があにぃの尻穴をこねくり回す。
 「あええーー、あええーー」俺は泣き叫ぶ。「やめてーー、やめてーー」
 「あら、ナギが面白い」
 サダは薄笑いを浮かべて俺を見ながら、人差し指と中指にあにぃのbtkを挟んでころころと転がす。「きゅ~~ん、きゅ~~ん、きゅ~~ん」とあにぃが鳴く。
 「あえおーー、あえおー」と泣きながら、俺は鏡に頭を打ち付ける。あにぃの ぽが勃っている。あにぃのbtkがどんどん膨れる。「あ~ぁ、あ~ぁ」あにいは大声でよがり鳴く。

 「もっと焦らしていたいけど、そろそろ潮時ね。ナギ、教えてあげる。ナギの大事なアニはこうしてあげるといちばん良く鳴くの」
 シチが後ろ向きになって、シチの尻尾をアニのケツ穴にゆっくり入れた。シチは俺の顔を見ながら、自分の尻尾とあにぃのケツ穴の接合部を俺に見せつけ、誇らしげに笑う。あにぃの尻をゆっくりゆっくりと突く。
 「乳牛の尻尾はかわいいだけの飾りじゃ無いのよ。どんな男もこれでとろとろになって泣き喚くの。もっと姦ってぇ、もっと入れてぇ・・って」
 シチが尻尾を抜いて、あにぃを焦らす。
 「きゅ~~ん、きゅ~~ん、きゅ~~ん」ダルマのあにぃが身をよじる。
 「ほらね、アニは非の打ち所がないこの世で最高の男なのに、たわいもないものでしょ?そう思わない、ナギ?」
 「きゅ~~ん、きゅ~~ん」あにぃはシチに甘えるように泣く。
 「よしよし、かわいがってあげるわ、かわいいよ、アニ」
 ずぶりとシチの尻尾があにぃを刺す。
 
 仰向けに寝たサダがあにぃの ぽ を自分の穴に刺した。サダもゆっくり尻を回していく。猥褻に腰を動かしながら、サダも俺の顔を見て誇らしげに言う。
「アニの ぽ が私の穴の中でぴょんぴょん踊ってるわ。すごいすごい。私の穴はアニの ぽ をヒクヒク吸うのよ。あなたのアニは、もうとろとろ。ナギではアニをこんなにとろとろにさせられない。そうでしょ?」
 後ろからシチに尻尾で突かれるたびに、あにぃの ぽ がサダの奥を突く。あにぃが首をがくんがくんさせて泣きわめく。
 「・・・ナギ・・・ナギ・・・ナギ・・・」
 「ひどい、ひどい・・こんなの酷い」と俺は叫ぶ。「おおい、おおい、おおあおいおーーい」
 俺は必死で頭を擦りつけて鏡の中に入ろうとするが、固くぶ厚い鏡はびくともしない。鏡の中のあにぃが首をあげて俺を見た。
 「あー、あー、あーーーーっ、ナギーーーっ、ああーーーっ」
 あにぃが激しく痙攣した。サダが「いくっ、いくわっ」と叫んであにぃの背中に指を食い込ませ、あにぃを激しく抱きしめた。サダはあにぃの顔をべろべろ舐め回す。「かわいいわ。すごくかわいいわアニ」
 あにぃの目はじっと俺を見つめ、必死に俺に苦痛と快楽を伝えようとしていた。あにぃの身体はサダとシチに持って行かれてしまった。でも心はどこにも連れて行かれてない、心はナギだけだ、とあにぃの目が語っていた。魔物が来た時のいつものあにぃとは違っていた。あにぃの心は、神に連れ去られず、俺のところに俺と一緒に居た。あにぃと俺はお互いを見つめ合って嗚咽した。「ずっとずっといっしょに居ようね、あにぃ」

 サダがあにぃの胴体を舐め回し、あにぃを食い始めた。サダがあにぃのbtkを囓る。こりこり、こりこり。あにぃの尻を舐め、尻に食いつく。こりこり、こりこり。サダはきちがいのようになって「おいしぃ、おいしぃ」と身体を踊らせながらあにぃにがっつく。
 「うーーー、うーーーーー」俺は鏡に頭をがんがんと打ち付けて叫び続ける。ぽ が食われた。喉が食われた。心臓が食われた。ああもう駄目だ。あにぃの目はもう何も語らない。あにぃは口を卵型に開いて固まったままだ。それでもあにぃの目は、最後まで俺を見つめ続けていた。とうとう顔が消えた。最後に目が消えていった。
(2018.10/6)

         

 「こんどは、ナギの番よ。アニを見てたからこれから何をされるのかもうわかってるわね」冷徹な口調でシチが言う。
 「・・あにぃ、あにぃ・・」
 「あにぃですって?あんなの見てしまってもまだ好きでいられるなんて」シチが笑う。俺は腕を振り回してシチを追い払おうとするが、痺れた腕は全く動かない。シチは「おいしい、かわいい」と言いながら俺の腕をバリバリ食い始めた。とたんに俺の体中がとろけそうな快感につつまれた。
 サダが寄ってきた。サダは俺のbtkを指で摘まんだり、掌で転がしたりする。すごく気持ちが良い。シチに食われている腕も、すごく気持ちが良い。俺はもっともっと、と甘えるようにサダに胸を突き出し、もっと食べて早く食べて、というようにシチに腕を預け、「きゅ~ん、きゅ~ん」と鳴く。
 「泣いてしまうほど気持ちがいいの?ナギは」
 俺は頷く。サダとシチにすっかり身体を委ねた俺の腰が踊るように動いてしまう。
 「ナギはアニよりずっと素直だわ。ほんとに良い子。かわいい子」
 身体中が熱い。部屋中に漂う良い匂いがさっきよりも強く感じられた。まるで天国に居るみたいだ。これはいったい何の匂いなんだろう?
 「これはアニの茂美の香りよ。私が食べたときに飛び散ったのね」サダが言った。
 そうなのか。どうりで良い匂いなわけだ。と俺は思う。
 顔を掴まれてサダに鏡の中の自分を見せられる。俺は、ぽをびんびんに勃て、唇を半開きにして、とろんと上気していた。腕も全部食われてしまっていた。俺もとうとうダルマになってしまったんだ、と思う。
 「姦るよ」とサダがシチに言う。
 「ナギ、鏡を良く見てて」
 俺を持ち上げて、サダが俺のケツ穴を鏡に晒す。
 「ナギ見てごらん、薄桃色でとっても綺麗だから」俺のケツ穴の周りがゆっくりとサダの指で刺激される。シチも俺の穴を撫でる。二人で交互に刺激する。「あふん、あふん」と鏡の中のダルマの俺が鳴いている。
 「舐めてあげる。中まで。ほら」
 サダの舌がケツ穴の中に入ってきた。シチの舌もサダの舌にからますように入ってきた。俺のケツ穴に舌が二本入れられた。
 あにぃだ、あにぃが舐めてくれてるんだ、と俺は思った。「きゅ~ん、きゅ~ん」俺は甘えた。
 「ナギはどんなにかアニに姦られたかったろうに・・アニはナギを大事に育てて、でもまだちっちゃな穴だから遠慮してたのよね・・かわいそう」サダが言う。
 「どんなにアニを好きでも、いただくのはねえちゃんだなんて。ふふっ、ほんとにほんとにかわいそうなナギ」
 シチも答えて、姉妹はくすくす笑う。
 「清らかなケツ穴をもっと見ましょう。ナギ、ほら、これからここに私の尻尾がずぶっと入るのよ」サダが言う。
 「いやだよいやだよ・・・あにぃ、あにぃ・・」俺は泣く。
 「いくよ」サダがくるりと後ろ向きになり、尻尾の先を俺のケツ穴に少しずつ突っ込んでいく。「どうかな?どんな感じかな?」
 酷い乳牛に、酷い方法で姦られてるんだ、と俺は思った。それでも部屋中に充満するのあにぃの茂美の匂いで、俺はこの上無いほどの嬉しい気持ちになった。身体中がぽかぽかと暖かい。
 「あっ、あっ、あっ」声が漏れる。
 「かわいいねえ。良い声出してるわ。まだ声変わりもしてない。ほんとに素直に鳴くんだわ」サダが言う。
 「最高の男に姦られるつもりが、最悪の乳牛に姦られちゃってるのね。なんだかしんみりしてきちゃった。でもそんなものよね」
 「ぽ もびんびん。こっちもいくよ」シチが俺の ぽ をシチの穴に差し込む。

 「性悪の乳牛に姦られる感想はいかが?いい気持ち?悪い気持ち?」サダの尻尾が奥までねじ込まれた。「あっ、あっ」とよがり声をあげたとたんに、興奮したサダにがんがん突かれた。そのまま俺の ぽ はシチを突かされる。
 「あーーっ、あーーーっ、あーーーーっ、痛いよ~、熱いよ~、腹の中が火事のようだよ~、あにぃ、あにぃ、あにぃ」
 「姦ってるのはあにぃじゃ無いのよ、サダよ」
 「あぁ、あぁ、あにぃ、あにぃ、あにぃ、きもちいい、きもちいい」
 鏡の中で宙に浮かんだあにぃが俺を見つめていた。
 「あにぃ、あにぃ・・・あにぃに姦られたかったんだよ・・ずっとずっと・・生まれてからずっと・・」
 俺は前にあにぃが描いていた絵を思い出した。空に浮かぶあにぃが、俺のケツにカタツムリのように触角の先に付いている二つの眼を突っ込んで、一つの眼は俺の体の中を見て、もう一つの眼はびよーーんと長く伸びて俺の口から出ていた、あの絵だ。鏡の中のあにぃがあの時の歌を歌っていた。「♪不思議な何かが中にあるのか?♪それともカラの筒なのか?♪」
 たぶんカラの筒のほうだよ、と俺はあにぃに言った。(☆註1

 「あにぃ、あにぃばっかりねこの子は。しらけてしまうね」
 「もう馬鹿馬鹿しい。そろそろ仕上げよ」とシチは言う。サダとシチが俺の上下で激しく動いた。俺は大声で叫び、大量の白をシチの穴にぶちまけた。そのとたん、俺の意識は全く消えた。(2018/10/15)

                

 どの位の時間が経ったのかまったくわからない。長い時間が経ったような気もするし、一瞬だったような気もする。俺が目をさましたとき、あにぃは俺を心配そうに覗き込んでいた。
 あにぃには手も足も腕も脚も胴体も頭も全部あった。俺の胴体にも脚も腕も全部ついていた。
 「あにぃ」俺はあにぃに飛びつき、みっしりとしがみついた。あにぃの体温を感じた。はっきりした現実感があった。あにぃは生きて動いている。俺も動いている。
 「どうした?さっきからずっとうなされてたぞ」
 あにぃは俺をぎゅっと抱きしめた。
 サダとシチが寄ってきた。俺は一瞬ビクっとして叫び声をあげそうになったが、寄ってきたのは、凶暴で性悪なサダとシチでは無く、従順な目をした、そして言葉を喋れないただの二頭の乳牛だった。 

 俺は周囲を見回して驚いた。鏡などどこにも無かった。壁面はたくさんの壺がびっしりと置かれた棚で隠れていた。ここはあの鏡の部屋とは違う。見たことも無い部屋だ。そして部屋中にあの良い匂いがしている。
 「鏡が無い・・あにぃ、ここはいったいどこなの?あにぃが俺をここに運んできてくれたの?」
 「・・・鏡?・・・運んだ?」
 あにぃは不思議そうに俺の顔をじっと見ていたが、やがて合点がいったように頷いた。
 「ナギは鏡の部屋に戻って来たつもりでいたのか。じゃあやはりナギは小屋をとり違えたんだな」
 とあにぃは言う。
 「小屋を取り違えた?」
 俺は鏡の部屋の縄ばしごを昇って地上に出たときからの記憶を反芻する。取り違えたって?どこで?
 無言で考え込んでいる俺を見て、あにぃは床に指で図を描きながら俺に訊ねる。
 「はじめに俺たちが入った小屋がこれ。鏡の部屋は、どれだったんだ?」
 「いや、この中のどれでも無いんだ。鏡の部屋は地下室になっていて地上からは見えない。七棟の小屋とは別ものだ」
 俺がそう言うと、あにぃは驚いていた。
 「ややこしいから名前をつけよう。俺とサダが初めにいた小屋つまり鏡の部屋に通じていた小屋が‘ミラ’、鏡の部屋はそのまま‘鏡’という名前で良いか?」
 「とりあえずそれでいいよ」と俺は答える。


 「この部屋を‘壺’、ここに通じている小屋を‘ポト’にする。‘ミラ’小屋と‘ポト’小屋は大きさも形もよく似ているんだ。お前は‘ミラ’だと思って‘ポト’に入った」
 とあにぃは言う。
 「そんな簡単な間違いを俺はしないと思うけど・・まあいいや。それで?」

 「俺たちは‘ミラ’でしばらく待ってたがお前はなかなか戻らない。俺は、一番はじめにサダと‘ミラ’に入った時に隣の‘ポト’小屋を見て、そっくりな小屋があるんだな、紛らわしいなと思っていたんだ。だからお前が二つの小屋を間違えたんだろうと思って、サダとシチを連れて‘ポト’小屋でお前を待っていた。そして‘ポト’小屋の壁の奥にもやはり通路があることに気付いた。そしてサダとシチを連れてこの‘壺’部屋に来たというわけだ。その後、俺はお前を探しにまた‘ポト’小屋に戻り、‘ポト’小屋の入口と、小屋の床に↑印をつけたり、何度か‘ミラ’小屋と往復したりもした」
「うん。確かに小屋の床には↑印がついていた」
「いつまでたってもお前が来ないから、これは何か調べごとをしていて時間がかかっているんだなと思い、俺はこの‘壺’部屋に戻った。長い時間、乳牛を放っておくのも気になったし、だるくもなってきてたからな。その後はずっとここに居た」
 「そして、サダとシチに足を揉まれていたんだよね」俺は言う。
 「そうだ。入ってきたときお前は足元がふらふらしていたな。お前は俺よりも匂いの免疫が無いからあっという間に当てられたんだろう」
 「小屋に入った時から良い匂いがしてたんだよ」
 「俺の茂美からも似たような匂いが出るのはナギも知ってるな。戦いのときにはもっと強い匂いが出て、敵を石のように固めてしまえることも」とあにぃは言う。俺は頷いた。
 「チキは匂いも研究、開発していたんだ。そこら中の壺から匂いが漏れているんだ。じっさい俺はとても良い気分でうとうとしていた」
 「あにぃは俺が来た時、眠ってたよ」
 「いや、完全に眠ったようになったのはその直後、小さい壺がひとつ割れてからだ。壺が割れたら強力な匂いが部屋中に充満した。それにやられて、その後俺はずっとまぼろしを見ていた」
 とあにぃは言う。
 「あにぃもまぼろしを見てたのか・・・どんなまぼろしだった?」
 「とっても良いものだった。どこまでが本物の記憶で、どこまでがまぼろしなのか判然としないが、俺はサダに付けていた。横でお前はシチに付けていた。お前とシチはお互いに、好きだ、好きだ、と言ってからんでた。そうそう、まぼろしのサダとシチは言葉を喋れたんだ。とてもかわいらしい声で、歌うように綺麗に言葉を操っていた。俺とサダはお前たちが抱き合うのを微笑ましく見てたりもした。お前たちはもう周りの様子に気がつかないほど夢中になっていたけどね。俺たちもお前たちに刺激されて・・・はは」
 「それだけ?何か変わった事をしなかった?」
 「ああ、尻尾をちょっとだけ使ったな」とあにぃは答える。
 「サダの尻尾を撫でて‘これはかわいいもんだね。ぽ に似てるな。ひょっとしてこの尻尾を乳牛同士で入れたり、男のケツ穴に入れたりするの?’と聞くと、サダは恥ずかしそうに頬を赤らめて‘乳牛同士でしてもらったり、してあげたりすることはあります。男の人に?そんなことしたことありません’と言うんだ」
 「それでどうしたの?」と俺は聞く。
 「別に何もしてないよ。そういう話をしたってだけだ」とあにぃは言う。
 「嘘だ、さっきちょっと使ったと言ったじゃ無いか」
 「ははは。実はサダに頼んで先っぽだけちょっと入れてもらった。あくまで俺のまぼろしの中でだがな」とあにぃは悪戯っぽく笑って言った。
 「俺は?俺も入れさせてたか?」
 「ナギは入れさせてない。ただ、サダとシチにケツを舐めてもらってたな。お前は実に気持ち良さそうにきゅんきゅん鳴いてたぞ、あくまで俺のまぼろしの中でだが。とにかく俺は実に良い旅をさせてもらった。お前は?可哀想に悪い旅だったのか?」
 あにぃは聞く。
(2018/10/20)

                

 「・・サダとシチが喋ってたり、尻尾を使ってたり、あにぃのまぼろしと似ているところはたくさんあるんだ。でも俺のは・・あにぃと全く逆で、酷い悪夢だった。あにぃと俺はサダとシチに食われ姦られてたんだ。サダとシチは酷いことばかり言っていた。あにぃと俺は舌を食われて喋れなくされた。サダもシチも凄い悪党で、俺たちは、酷い方法で姦られ、食われながら、何をされてもウーウー唸ることしかできなかったんだ。それなのに気持ち良かったんだ。狂ってるだろ?」
 話しているうちにまた恐怖が蘇り、俺はあにぃにしがみついて震えた。
 「あにぃ、俺はまだあれが本当にあったことのような気がしてるんだ。俺のケツ穴、血が出てないか?傷になって無いか?」
 あにぃは俺を落ち着かせようと俺の背中を撫でて言う。
 「心配無いよ。ナギが見たのは全部ナギの中から出てきたまぼろしだ。舌を食われて喋れなくなったのは匂いでろれつが回らなくなっていたからだ。姦られ食われるのは、匂いで身体が動かなくなっていたからだ。それだけのことだ」
 それでも俺はしつこく、調べてよ、調べてよ、と頼んだ。あにぃは俺のケツ穴に指を突っ込んで、
 「よし。何の傷も無い。何も変わっていないぞ。お前が見ていたのは正真正銘のまぼろしだ」と言う。

 「ナギ、まぼろしを見たのはチキの発明が悪いわけでも、サダとシチが悪党なわけでも何でも無いぞ」あにぃは言う。
 「そんなの俺だってわかってるよ」
 「ナギ、覚えてるか?お前は部屋に入ってきて、サダとシチを俺から追い払おうとした。その時、とても酷いことを言った。それで俺は本気で怒った。すると突然、壺が一つぱりんと割れたんだ。俺が本気で怒るとそういう事が起きる事がある」
 「全く覚えていない。俺はあにぃをそんなに怒らせる何を言ったの?」
 俺は驚いて訊ねる。
 「ナギ、お前はな、血なまぐさいヘビ頭の化け物どもめ、首を切られて死んじまえ、と言った」
 「全く覚えていないけど言ったのかも知れない。でもそれはあにぃを心配したからだ。妬いたからだ。サダはかわいいし床上手だと聞く。シチだって可愛い。俺はあにぃが本気でサダやシチを好きになったらどうしようと思ったんだよ。妬くのがそんなに悪いことか?」
 俺は泣き出した。
 「ナギ、ヘビ頭の化け物、首を切られて死んだ、ってドゥサのことだな?」
 とあにぃは聞く。
 「そうだよ。有名な怪物の話じゃないか。みんなそう言ってるじゃ無いか」
 「ドゥサは確かに怪物にされたが、元は美しい清らかな娘だったんだ。ドゥサはほんとうに気の毒なひとなんだ。ナギは、絶対にドゥサをそんな風に引き合いに出してはいけない」
 「ドゥサの呪いで俺があんな悪夢を見たとでも言うのか?それともサダとシチの仕返しだとでも?」
 「ドゥサも、サダもシチも、ナギを呪ったり仕返ししたりなんかするわけが無い。みんなお前を愛している。さっき言ったように、悪夢は全部ナギの心の中にあったものが表に出て来ただけのものだ」あにぃは言う。
 「それはそうだ。それなら、同じところにいて、同じ匂いを吸って、あにぃはとても幸せなまぼろしを見た。俺はとても怖いまぼろしを見た。何でそんなに違うんだ?」
 俺は泣きじゃくった。
 「あにぃと俺とではもともとの心の中にあるものが全く違うのか?・・・あにぃの心の中にはいいものが居て、俺の心の中には化け物がいるのか?・・・」
 「違う、違うよナギ」
 「サダだってシチだってうなされてはいなかったんだろう?なんで俺だけ・・・」
 俺は大声で泣いた。
 「違う違う。匂いが原因のまぼろしは、直前の心の勢いが大げさに出てくるだけのものだ。壺が割れる直前、俺はサダとシチに足を揉まれて幸せな気分に浸っていた。ナギは俺を心配して不安な気持ちで一杯になっていた。その気分の勢いがそのまま出た、それだけの違いなんだ。俺は何度か良い旅も悪い旅も経験してるからわかる。俺は自分の匂いでやられそうになることがあるんだよ。それにしても・・」
 とあにぃは言いかけて、ぐるっと首をまわして周囲の壁の棚にびっしりと置かれた壺を見た。

 「たぶんこの壺の中に入っているものは、俺から出る天然の匂いより何十倍も強力なものだ。あそこの棚に、風神の絵が描かれた壺があるんだ。その隣に風神と風神そっくりの子供が描いてある壺もある。チキは何らかの方法で、風神か俺かどちらかの匂いを研究してたんじゃないかと思うんだ。チキのような天才にそうやって研究されてしまうとね。天然は研究にかなわないんだな」
 とあにぃは言う。
 「天才だって天然のものでしょう?」
 「天然と、偶然と、遊びを工夫する心かな。しかしこの匂いが敵の手に渡っていたら、俺は戦で負けただろう」
 「チキはほんとうにすごい人だった。そして実に危険な人だったね」
 「いや、チキ自身は全く危険な人では無い。素晴らしい頭脳だったことは確かだ。でもチキはこれの用途など全く考えていなかったはずだ。面白いと思ったから作ってみただけ。無邪気に遊んでいただけ。チキはそういう人だと思う。危険な人というのはもっと別の種類の人だ」あにぃは言う。
 「俺はどう?無邪気な人の種類?危険な人の種類?」
 「ナギはとても頭が良い。だからどっちにもなれる。トンもそうだ。というより誰もが両方の要素を持っている。あとはきっかけと興味と、その人の置かれた立場だろうな。同じ奇跡の血量のトンとチキを比較して、俺はしみじみそう思う」とあにぃは言う。

 トンは別に危険な人でも無いけどな。愛情深い人だから。でも無邪気な人って感じでも無いな。と思い、俺はあにぃの言っていることがなんとなくわかるような気がした。世の中にはチキのような人も居るんだな、と思うと世界が広がって気が楽になるような気がしていたからだ。
 もうひとつ、俺は、あの悪夢を見たことで、ひとつ変わったことが起きていたことに気付いた。俺にはもうサダやシチを妬く気持ちがまったく無くなっていた。まぼろしの中で消えていくときに俺を見つめていたあにぃの目が真実なものだ、と俺はあの時直感していた。思い返せばあにぃはずっと俺を特別に大切な人間だと言い続けていたじゃ無いか。妬いたりするのは、俺がそれをいまいち信じ切れていなかったからだ。でもあんなどたんばの中に置かれたとき、俺の心の中はあにぃを信じる心で全部になった。そしてそれで正解なんだ。乳牛にbtkをいじられてあにぃがぐにゃぐにゃになるかどうかなんて、もうどちらでも良い、と思えた。

 「あにぃ、あにぃはサダやシチにいじられてどんどん鳴いていいよ。許してやるよ」と俺は言った。
 「うん?ナギは急に何を言ってるんだ?‘立場’と俺が言ったことの続きの話なのか?」
 とあにぃは俺に聞く。
 あにぃの立場・・・考えもしなかったけど、あにぃがぐにゃぐにゃになってはいけないと思っていたのにはそんな気持ちも少し混じっていたのかも知れない。あにぃがそう思ったのならそういう事にしておこう、と思い、
 「そうだよ、あにぃ。もちろん、俺の前でだけなら、って話だけどな」
と言い、我ながら大人っぽくてかっこ良い返事だと思った。
 あにぃは俺をじっと見つめ、
 「ナギ、ありがとう」
 と言って俺をぎゅっと抱きしめた。
(2018.10/27)

            

 ‘ミラ’の小屋の‘鏡’部屋だけでは無く、‘ポト’の小屋も地下道で‘壺’部屋につながっていたので、あにぃと俺は‘壺’部屋から外に出て‘鏡’部屋と‘壺’部屋の位置関係を調べてみることにした。
  俺はさっきのあにぃの説明で腑に落ちないことがあったのを思い出した。
 「さっきあにぃは、俺が‘鏡’が七棟の小屋の一つとは違うものだと言った時に驚いていたよね。ということは俺から聞くまで‘壺’も七棟の小屋の一つだと思っていたわけでしょう?」
 「そのとおりだが?」あにぃは答える。
 「あにぃは‘壺’にサダとシチを連れて入った。どうして‘壺’がトンが乳牛を連れて入るなと言った小屋とは違うものだってわかったんだ?」
 「方向が明らかに違ったからだよ。地下道は直線で、ひしゃくの柄の先端の小屋の方向には伸びていなかったからだ」
 あにぃは、‘ミラ’から‘鏡’に行くときに、暗い地下道を進み、方向をはっきり意識していなかったのは失敗だと思ったから‘ポト’から‘壺’に行くときは壁を開け放ったまま明かりが入るようにしておいたのだと言う。
 「ああ、なるほど」
 壁を開け放っていたから、俺が入った時に‘ポト’にもあれだけ匂いが漏れていたんだな。とも思った。

 ‘鏡’同様、この‘壺’も、天井の明かり取りからしか外に出る手段は無さそうだった。この部屋には縄ばしごでは無く、奥の棚に棚と同じ木材でできたハシゴが置いてある。昇ってみると、上は‘鏡’部屋の上部と全く同じ構造で、同じように丘の横穴を利用した洞窟状の場所から外に出る構造になっていた。
 「ここまでそっくりな構造だということは、一つの小屋に一つの地下室がついているのかな?」とあにぃは言う。
 「地下室も七つあるっていうこと?」
 北の星空には、大きな七ツ星と小さな七ツ星がある。両方の星の並びは大きさが違うだけで形はそっくりだ。
 あにぃと俺は、‘ミラ’‘ポト’を含む七つの小屋が大きな七ツ星にあたり、‘鏡’‘壺’の地下室は小さな七ツ星に当たるのでは無いか?もしチキが全部の地下室を完成させていたとしたら、小さな七ツ星の位置に相当する場所に、七つの地下室が存在するのではないか?と推理した。
 もしそれが当たっているなら、‘鏡’と‘壺’の位置関係がわかれば小屋に戻らないでも、こちら側から七つの全部の地下室を探せる。
 あにぃと俺は洞窟状になった横穴から外に出た。
 ‘鏡’から出たときのように前方を見ると、全く同じように七棟の小屋が見えた。
 「おかしいな、鏡の部屋から出てきた場所と全く同じところに出てきたような気がするよ。向こうに小屋が七つ見えるでしょ、‘鏡’から出てきたときと同じ並び方、重なり方で見えるんだ。距離も変わらない」
 俺が言うと、
 「高さが違うんじゃ無いか?」とあにぃは言う。「きっとそうだ。俺たちの推理どおり大きな七つ星の小屋と小さな七つ星の部屋が地下通路でつながっているなら、地下通路どうしはどこかで交差するはずだろう?でも通路に交差点なんか無かった。丘の斜面の洞窟を出口に使っていることだし、高さを違わせているとしか考えられないんじゃ無いか?」
 「いや、高さも同じくらいな気がするんだ」
 「うーーん、高さまで同じだとしたらお手上げだな」と、あにぃは言う。
 あにぃは地面に色々な図を描いてしばらく考え込んでいたが、向こうに見える小屋の図を描いているときに、少し驚いたような声をあげた。
 「ナギ、七棟の小屋の並びは、星のならびとは逆になっているんだな」(☆註6)(☆註3
 「逆?」
 言われて見ると確かに逆だった。空の七つ星はひしゃくの左側に柄がついている。七棟の小屋は、ひしゃくの右側に柄がついた並びで建っている。
 「鏡のつもりなのかな?でもさっきの鏡とは違うね。ひしゃくの形で考えると左右が逆とも言えるけど、実際は上下が逆なんだよね」
 「そういえば船に乗って海に映った七つ星を見たときあんな風に見えたよ。山も逆さに映るし、海は鏡と違って上下が逆になるな」とあにぃは言う。
 確かにそうだ、山は海に逆さに映る。それにしてもどうして小屋の並びが星の並びと逆だとはじめに気付かなかったのだろう?色々考えていると俺は左・右、上・下っていったい何なのか、わけがわからなくなってきた。
 「うわー、駄目だ、頭が働かない」頭をかきむしる俺を見てあにぃは笑っていた。
 「ナギもそうか。俺もずいぶん前からわけがわからない」
 まだあの匂いの影響で頭がぼーっとしているのかも知れない。鏡を見た影響で、知らず知らずに景色を見る感覚が狂っているのかも知れない。
 あにぃと俺は結局、俺が‘鏡’から出たときの場所を探すことができなかった。
 「まあいい。小屋のほうから調べてみればわかることだ。そろそろ暗くなってしまうから、明日また調べよう」
 そう言って、あにぃと俺は‘壺’に戻った。‘壺’に戻ったあにぃはしばらく熱心にさっき見た外の風景の絵を描いていた。俺は入る小屋を取り違えたということがまだ腑に落ちず、なぜ取り違えてしまったのかをずっと考えていた。
 サダとシチは退屈した様子も無く、独り言をつぶやいては考え込む俺たちを眺めながら、敷物の上に静かに寝そべっていた。夜はずっと厩舎にいるんだもんな、退屈には慣れているのだろう、ほんとに草花みたいに大人しい子たちだな、と思った。(2018.11/11)

             
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7. 砂の岬  The Secret Life Of Plants 

music image    From the 1979 soundtrack "Stevie Wonder's Journey Through The Secret Life Of Plants"


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【シチの独白】

 さっきから私はナギのことをじっと見つめている。
 もう夕方なのだろうか、天井から差し込む日の光が赤みを帯びてきた。赤茶けた光がナギの横顔に少し影を作り、耳にかけた髪の下からのぞくうぶ毛を柔らかく光らせている。首のあたりに切りそろえた質感のある黒髪で、ナギの頭はまん丸に見える。
 ナギは腹ばいになって床に寝そべり頬杖をつき、時折伸ばした脚を膝のところで折り曲げたりしながら、アニの描く絵を覗き込んで、しきりに何か考え事をしている。
 考えることに疲れるとナギはこちらを向いて「シチ」と私の名を呼んで微笑む。ナギが微笑むとあたりがぱっと明るくなるような気がする。
 私の名前を呼んでも、何をするわけでも無い。ナギはすぐにまたアニのほうを向き、また考え事に没頭する。あなたは何を考えているの?と思う。
 それでもナギを眺めていると私はとても気持ちが落ち着くのだ。きっとサダ姉ちゃんも同じ気持ちだと思う。姉ちゃんもさっきからずっとアニのことを見つめている。私はナギを見飽きることは無い。いつまででも見続けていることができる。こんなゆっくりした静かな時間が私はとても好きだ。できることならずっとこうしていたい。

 ナギは私たちのことを草花のようなものだと思っているようだけれど、それは違う。たしかに私たちは言葉を喋れないし、素速く動けないし、手足も不器用で、男の人たちに世話してもらわなければ自分の食べ物だって用意できない。私たちは男の人に生かされ、可愛がられ、男の人を喜ばせ、子供を産み乳を吸わせ、男の人たちに子供を委ねる。子供が居なくなると次の男の人が私を可愛がりに来る。そしてその人の子供を産む。それを繰り返して私たちは死んでいく。
 でも私たちにも言葉はあるのだ。声に出して喋ることができないだけ。私たちの言葉は心の中に浮かぶ‘形’だ。私たちはそれを‘文字’と呼んでいる。乳牛同士で話すとき、私たちは少しだけ鳴いて‘文字’を相手に送る。相手の乳牛がそれを受け取る。もちろん乳牛同士でも伝わる相手と伝わらない相手がいる。伝わる相手の中にもたくさん伝わる相手と少しだけしか伝わらない相手がいる。サダ姉ちゃんと私の間では、とてもたくさんの言葉が伝わる。
 私たちが男の人に文字を伝える術は無い。アニやナギが絵を描くように私にも文字を何かに描ければ良いのだけれど、私たちの手はそこまで器用には動かない。でも、もし文字を描ける器用な手を私が持っていたとしても、男の人たちはそれを自分たちが喋る言葉とほとんど同じ内容のものだということがわからないだろうと思う。

 もうひとつ、これは男の人たちには無いことらしいのだけれど、私たちは生まれる前の記憶を持っている。それは遠くからの祖先の記憶で、とてもおぼろげなのだけれど、折に触れて心に浮かんでくるものだ。
 草花とは違うと言ったけれど、あんがい草花も私たちと同じように遠い先祖の記憶を持っているのかも知れない。でも私たちは草花と話すことができないから、それを知ることはできない。草花と話ができればうれしいのにと思う。

 祖先の記憶によれば、昔は私たちも男の人たちと同じように喋ったり、手足を器用に使って仕事をしたりしていたらしい。私たちは男の人と自分の子供と一緒に暮らす‘女’という生き物だった。男は女を愛し自分の子供を愛したけれど、男が自分の女と子供を愛するあまり食べ物や衣類を独り占めにしようとしたり、よその男の女を奪おうとしたりして、男たちはお互いに争い傷つけ合い、酷いときはよその子供を殺してしまうことまであったのだという。
 神様は、男女が種付けをして子供を作ることは尊いことだが、男女が恋したり愛したりすることが争いの元だ、とお考えになり、私たちを乳牛という違う種類の動物に変え、言葉を奪い、男と女と子供は別々に暮らすことを命じられたのだそうだ。
 おかげで、今では男の人同士の争いは消え、子供たちが殺されることも無くなり、集落は平和になった。
 私たち乳牛は集落全体の持ち物。どの男の持ち物でも無い。子供たちも同じだ。それがせつないと思う時もあるけれど、私たちには砂の岬の集落がある。集落こそが尊いものだ。そういう風に思うと、私はこの大地や海や、太陽と月と星にまでもつながっていられるような気がする。
 私たちの集落の私たちの美しい少年ナギ。私たちの集落の宝石のような男の子。満ち足りた幸福を感じて私はナギをじっと見つめる。ナギのことがとても好き、と思う。
 
 「いつの間にかずいぶん暗くなったな。表の小屋に戻ろう」
 アニが言った。アニとナギが立ち上がり、アニはサダ姉ちゃんを抱き、私はナギの肩にかつがれた。そのまま地下道を運ばれる。
 アニが「ナギはうさぎ」とかいう歌を歌い始めると、ナギはぽんぽんと拍子を取って私の尻を軽く叩く。なんだかとても恥ずかしい。 (2018.12/02)

            

 小屋に着くと、サダ姉ちゃんとアニはすぐに抱き合った。
 ナギは私をナギの膝の上に跨がせる。私の脚が大きく開かれる。ナギは衣を着けているのに私は丸裸だ。男たちはどうして私たちに衣を着せてくれないのだろう?私たちはいつも丸裸だ。恥ずかしい。私は目を閉じる。
「シチ、目を開けて」
 ナギが言う。ナギは私をじっと見つめたまま少し衣をはだけ、私の両手を取ってナギの胸のあたりに重ねる。ナギはなんて綺麗な生き物なんだろう。ナギの身体は桜貝でできているような気がする。海の底でこっそりと作られて夜の間に陸に上がってきたばかりで、まだ日の光に一度も当たったことがない生き物。日の光に当たると溶けて消えてしまいそうに見えるけれど、さっき日の光の中に居たときは消えはしなかった。

‘壺’の部屋で足を舐めてあげたとき、足の爪もほんとに桜貝のようだった。あんまり綺麗で食べてしまいたいほど可愛いかった。でもそんな事を思ったのはいけない事だったのだ。私がそんな事を思ったとたんに、ナギはおびえはじめた。私はどうしていいのかわからなくなって、こうすれば落ち着くのかしらと思ってナギの全身を舐め続けた。あの時ナギの心は少しおかしくなっていた。私が落ち着かせようとすればするほど酷くおびえ、最後は「あにぃあにぃ」と言って泣き出してしまった。
 この繊細な生き物は私のほうから撫でたり吸ったりしてはいけないものなのかも知れない、私はただじっとこの生き物に私の身体を預けるだけにしていたほうが良い。私は両手をナギの胸に置いたまま静かにじっと身を寄せる。

 ナギは私を抱きしめ私の首筋に唇を這わせる。深海の生き物は陸の生き物が珍しくてしかたないのだ。太陽って何?大地って何?と調べるように、ナギは私の身体を丹念に唇で確かめていく。ナギが私の胸に顔を埋め、唇を這わせたとき、取り残された私の視線の先で、サダねえちゃんとアニが私たちを見ているのがわかった。
 私はアニのことが少し怖い。アニはとても優しい人だから怖がることは何も無いのに、アニの視線が怖いのだ。たいていの男の人は私のような少女には採点が甘いものだ。でもアニにはそれが無い。誰を見るときでも同じように見る。それが怖い。私はアニの視線から逃れるために目を閉じた。
 ナギの唇が首から肩を貼ってゆく。ナギの手が背中をゆっくりと滑り降り、私の尻尾に触る。
 「シチのしっぽはとても不思議なんだ。あれ?シチ、目をつぶっちゃ駄目だって」
 ナギは私の尻尾を探りながら私の顔を覗き込む。私は目を伏せてしまう。尻尾を持つ乳牛は、その付け根を撫でられると、必ず高ぶって腰を持ち上げ、尻を振ってしまうのだ。
 私の反応を見たナギは、
 「やっぱり可愛い飾りっていうだけじゃ無かったんだね」
 そう言って、私の尻尾の付け根を揉み続ける。吐息が漏れ、頭がのけぞる。不安なような、気が急いているような切羽詰まった気持ちで身体中が震え出す。はしたないと思うのに、私は自分から身体の向きを変え、腹ばいになってナギの顔の前に自分の尻を高く持ち上げてしまった。あぁ、こんなことをしたらナギは私を嫌ってしまうんじゃないかしら。
 サダ姉ちゃんとからみ合っているアニが、珍しいものを見るように私を眺めていた。‘嫌!見ないで’・・と心の中で叫ぶ。
 「シチ、とっても素敵だ」
 ナギが、私の尻をつかみ、私の股の間にそっと手を入れてきた。
 「シチの‘ぽ’はここなの?さっきはよくわからなかったんだ。だから気持ち良くさせてあげられなかった」
 ナギは私の‘豆’を探しているんだと思う。去年私に付けた男の人も‘豆’‘豆’といって同じところを探していた。でも私にも良くわかっていないのだ。もっと歳をとると、自分の身体のことが自分でわかるようになるのだろうか?
 ナギは私の尻を持ち上げ、遊びに熱中する仔犬のように私の股の間を舐める。震えがおさまってきた。不安は去り、何かを待ち望むような熱い期待感が身体中を包む。
 「これだ。小さいからわかりにくいけどこれだね」
 何かを探り当てたナギは、私を仰向けに転がし、私の脚を大きく開く。私の脚の間にナギの髪が埋まる。探し当てた私の‘豆’を舌で突ついたり転がしたりして、ナギが私を嬲る。獲ってきた小動物を嬲る仔犬のように、私の豆で遊んでいる、こんな少年に嬲られてしまうなんていけない、私のほうがずっと年上なんだからと思うのに、いつのまにか、私は獣のように野蛮な鳴き声をあげていた。
 「シチ、‘ぽ’が膨れてるよ、硬く尖ってきた。小さいけど立派な‘豆’になった。とってもかわいいよ、シチ」
 声は少年の声なのに、顔を上げたナギは男の目をしていた。ナギの‘ぽ’が私の穴に入れられる。私たちは互いの脚をからませ、ぴったりと身体を密着させ、口を吸い合い、ぎゅっと抱きしめ合う。そしてたくさん鳴く。(2018.12/06)

music image
Minnie Riperton - Lovin' You (Live 1975)


                           
【サダの独白】
 
 あの子たちがからむ姿は、なんて綺麗なんだろう。二人とも未熟で頼りなくて、小さな胸、小さなお尻、くらげのようにふにゃふにゃで柔らかくて、どんな形にでも曲げることができてしまいそう。雛と蕾の交わりなんだわ。雛。蕾。神様がほんの一瞬だけこうあることをお許しになった仮の形態。ついこの間まで違う姿をしていた。もう少しするとまた違う姿になる。一瞬の仮の姿だからこそ美しいのかも知れない。
 美しいだけでは無く、あの子たちの交わりにはどこかイケナイ香りがある。全然いけないことなんてしていないのに、神様がごらんになったら「あぁこれはいけない。駄目だ」と仰って止めさせられるかも知れない何か。どうしてなんだろう?簡単に壊れてしまいそうな気がするからかしら。
 私を抱きながら、アニも2人の交わりを眺めている。きっと私と同じことを感じていると思う。

 「知らなかった、乳牛は尻尾の付け根が感じるのか?」
 アニが私の尻尾の付け根に触って来た。私も妹と同じように思わず腰を浮かせてしまう。私は尻を突き出して震える。背筋に冷気のような奇妙な感覚が走る。
 「それはここにつながる感覚なんじゃ無いか?」
 アニは私の尻穴に触れる。アニの指が尻穴の周辺に円を描く。私の腰は勝手に左右に振れてしまう。「おぉおぉ」と私は鳴く。
 「乳牛にもケツ穴感覚があるのか」アニは驚いたように言う。
 「でもサダが待っている本命はきっともう一つの穴のほうなんだろうね」
 アニは私を後ろ向きに膝に乗せ、背面から私の前の穴に‘ぽ’をゆっくりと挿入して下から突き上げる。背後からアニの手が伸び、私の胸をまさぐる。切ない気持ちで一杯になり私は泣く。
 
 一人の男の人だけを本気で好きになってはいけない。それはこの集落の乳牛の基本中の基本だ。乳牛は自分のところに種付けにやってきた男の人なら誰でも喜ばせてあげなくてはいけない、そしてその人の仔を産む、それが乳牛の仕事なのだ。男の人を好き嫌いしてはいけない、と私の心の中の祖先が教えている。
 でも、私は掟を破って一人の男の人を本気で好きになってしまったことがあった。その人は勇敢な馬乗りで、とても優しい人だった。私はその人の仔を2回産んだ。1回目は今の妹くらいの歳のとき。2回目はアニがどうしても乳牛に付けるのを嫌がったのでその人がアニの代役で私に付けに来たときの仔。
 2回目にその人の仔を産んだ後、私はその人に会いたくて会いたくて、夜中に厩舎を脱走してその人の住む海辺の小屋まで行ってしまったことがある。小屋の中まで入った。その人はすやすやと眠っていた。腕を伸ばせば触れるところまで私はその人に近づいた。でも私はその人の寝顔を見ただけでそのまま帰ってきた。
 この人を起こして私はいったい何をしようというのだろう、乳牛の気持ちを人間の男の人にどうやって伝えられるというのだろう。姿を見られただけで十分じゃないか。この人の子供を2回も産めたんだから十分じゃないか、とその時思った。

 その人はアニより少し年上で、アニが小さい頃からトンのところで一緒に馬を習い、アニのことをとても大切に思っていた。4年前、私が厩舎を脱走したすぐ後に、その人はアニたちと一緒に戦に出て帰らぬ人になった。そのことをトンとシンの会話で知ったとき、私はほんとうにたくさん泣いた。その人はアニが敵の矢の的になっていることに気付き、アニを守ろうとして亡くなったのだという。‘アニには普通の人とは違う能力があるから、助けようとしなくても大丈夫だったのに、あいつの身体がとっさに動いてしまったんだろう、あいつはアニのことが本当に好きだったからね’とトンは言っていた。その人が死んだとき、アニもたくさん泣いたのだという。(☆註4
 生きて帰って英雄と言われるアニを恨んだこともあったし、私があの人を本気で好きになってしまったから神様がお怒りになったのだと自分を責めたこともあった。でも今は、馬乗りが戦で死ぬことは仕方が無いことだと思っている。私たちは、集落の細胞のようなもので、全員で一つなのだと思う。その人も、私も、アニですらも、集落の細胞の一つなのだ。そう思うと、今でもその人と一緒にいるような気がして心が落ち着く。その人は丘の上の墓地に眠っている。私ももうそんなに何年も生きられない。きっと数年したらあの人と同じところに行けるだろう。

 アニが私を四つ這いにして後ろからゆっくり私を突いている。あの人もこうするのが好きだった。
‘君のような娘が四つ足で生まれ、俺に四つ足で穴を差し出していると思うと、してはいけない事をしている気がする。それなのに俺はとても興奮して君をめちゃくちゃに突きたくなる。許してくれよサダ’
 あの人はいつもそう言って私を抱いたっけ。アニの抱き方はあの人を思い出させる。私の身体の中の声に耳を澄ましていてくれる。あの人が戻って来たような気がする。頬を擦り寄せられ、後ろから揉みしだかれ、摘ままれ転がされ、突かれ、私は「おぉおぉ」と鳴く。しだいに気が遠くなり我を忘れてしまう。あの人が帰ってきたのだわ、帰ってきてくれた、と思い、私は、あの人の名を呼んだ。
 「パト!」「パト!」
 アニの動きが急に止まった。
 「サダ、今何と言った?」
 「パト!」夢うつつの中で私は答えた。私はこの言葉だけは言えるのだ。「パト」
 アニはしばらく沈黙していた。さまざまな想いがかけめぐっているようだった。そして呟いた。
 「あいつが言っていた乳牛は君だったのか」(☆註5
 「背徳感か。そう、今ならパトが言っていたことが俺にもわかる」
 アニは私から身体を離し、私を膝に抱いて、戦のときにあの人がアニに語ったことを話してくれた。
 パトには特別に好きな乳牛が居たこと。その乳牛を抱くときパトは男たちと乳牛たちが現在置かれている立場の違いに深い悲しみを感じてしまうこと。その乳牛はパトが戦に出る少し前に危険を冒してパトの小屋までやってきたこと。乳牛はパトを見つめていただけで帰って行ってしまったこと。パトは眠ったふりをしていただけで何もできなかったこと。乳牛が帰って行った後、号泣したこと。
 「‘あれは夢だったのかも知れないな。でも夢でもいいんだ’とあいつは言っていた」
 私は泣いた。私を抱きしめアニも少し泣いた。
 「サダは俺たちの言葉が全部わかるんだな。俺もさっき‘壺’に居た時には君たちの言葉がわかった。でも今はもうわからないんだ」
 
 これからどうしよう?どうすべきなんだろう?と私は考える。私はいろいろな事を考えた。アニも黙って考え込んでいた。たくさん考えた後、私は「パト」と言ってアニを指さした。目を閉じると、あの夜あの人の小屋で聞いた潮騒が聞こえた。アニは潮騒なんだと思った。アニも自分自身を指さして「パト」と言ってうなづいた。私は砂の岬の砂になろうと思った。
 私はアニの股間にうずくまり、すっかり萎んでしまったアニの‘ぽ’を口に含んで吸った。アニは私の髪を撫で、瞼を閉じて静かに私にその身体をゆだねていた。(2018.12/07)

                
music image
Stevie Wonder - "Creepin" (w/lyrics)

                          

 爽やかな朝だ。一人早起きした俺はまだ日が昇る前に起き出して、水を汲みに池に来ている。俺のように早起きの小鳥たちがちっちっと鳴いている。俺は昨夜のシチの鳴き声を思い出してふふっと笑った。シチは可愛い声でたくさん鳴いた。俺は何度もシチをやっつけてやったぞ。最後はあにぃも呆れて笑ってたくらいだ。あにぃの言うとおり俺は最高の種馬になるかも知れない。俺はもう正真正銘の一人前だ。
 
 池の向こうの林の間から朝日が漏れてきた。このあたりは珍しい地形で、この池以外にもチキの小屋のあたりを取り囲むように大小の池がたくさんあると聞いている。池の水は透き通っていて、魚どころか水草も見当たらない。ぼこぼこと水が湧いているところまで入って行って水を汲んでいると、水面に馬を牽いた人影が映った。振り返るとトンとシンがこちらに向かってやって来るのが見えた。
 向こうから大声でシンが呼びかけてくる。
「ナギ~ィ、食料を持って来てやったぞ~。種付けの具合はどうだ~?」
 俺も大声で答える。
「絶好調だぞぉ。あにぃは3回くらい、俺は数え切れないくらい付けたぞぉ」
 俺は吹き出してくる湧き水を見た。俺の白も、きっとこの泉のように後から後からこんこんとわき出ていたのだろう。
「ナギの白はまだ薄いんだからやりすぎるんじゃ無いぞ。付けすぎると種が薄まっちまうからな」近づいてきたシンが笑いながら言う。
 薄まるのか。ほんとうか?先に教えておいてくれればいいのに、と思っているとシンは、
「はは、ほんとのとこはよくわからん。ただ、昨日は5回で今日はやらないっていうようなのより、毎日かならず1-2回のほうが妊む確率は高いから」
 と言う。
「今日は、明るい間に八角小屋の整理をするから二人で手伝ってくれ。その間、シンに乳牛たちを見ていてもらう」と、トンが言う。
 八角小屋の中ももちろん見たいが、先に他の小屋からの地下道を調べたいんだけどな、と思い、トンに地下道と地下室のことを話した。トンは驚いて、
「そんなものがあるとは知らなかった。是非見たい」
と言う。
「ここは本当に魔法みたいな不思議なところだよ。チキは想像もつかないものをたくさん作っている」と俺は言って、ふと気になってトンに訊ねた。
「トンは何か腹づもりがあってここで遊べって俺たちに言ったの?」
「あくまで種付けが第一だが、ああ、そんな気持ちも少しある。それは向こうに着いてからゆっくり話そう」とトンは言う。
 俺は、もう一つ気になっていることをシンに聞いてみた。
「シン、言葉を喋れる乳牛っているのか?」
「見たこと無いな。そういえばアニがこの前ハツに付けたとき、ハツは言葉を喋る、付けていたとき、いい、いいって言ったから、などと言ってたが、それは言葉っていうようなもんじゃ無いしな」
 と笑った後、シンは急に真顔になって
「なんとかして乳牛が喋れるようにならないかと思って、色々試したこともあったんだよ。でも結局、できなかったな」
 と言う。
 そんな話をしているうちに小屋に着いた。シンの姿を見て、サダとシチが嬉しそうに擦り寄って甘える。懐いているんだな。と微笑ましく思う。サダとシチにまとわりつかれながら、シンは乳牛の食事の世話を始めた。あんな風に穏やかに年をとって、乳牛の世話をする人生も悪くないのかも知れないな、と思う。(2018.12/13)

                 

 シンがサダとシチの世話をしている間、俺たちは他の小屋を調べてみることになり、まずは俺がシチにはじめて種付けした小屋に入った。昨日の俺はあの時ずいぶん焦ってた、小屋の中の様子を見る余裕なんて全く無かった、と思い出し、自分の子供くささが恥ずかしくて思わず‘ぎゃっ’と叫びそうになるが、いや、昨日一日で俺の心の持ちようはずいぶん変わった、と思い直す。

 ミラ、ポトが四角形だったのと違い、この小屋は円錐の形をしていて、他の建物に比べてかなり小さい。七つ星で言えばひしゃくの柄の付け根に当たる場所に位置している。(☆註6
 「付け根」とつぶやき、尻尾の付け根を揉んだときのシチの反応と肢体を思い出して俺が‘ふっ’と笑うと、あにぃが俺の頭をこつんと叩いた。
 この小屋は土間になっているが、ところどころ土の間に板が張られているところがある。板を外すと、小さな穴を掘って器や道具などの収納に使われているのが殆どだったが、中に一箇所だけ深い穴が掘られているところがあった。入ってみるとミラ、ポトと全く同じように、やはり地下道が先に伸びていた。
 「こんなものがあるとは思わなかった」
 時折立ち止まって感慨深そうに地下道の壁を撫でながら、ゆっくり歩くトンだったが、しばらく進んだ時、
 「この地下道はチキが造ったものでは無いな。ずっと昔からあったものだろう」
 と言う。トンは岩が露出しているところを指さして言う。
 「最近堀ったものなら、岩肌がこんなに滑らかな筈は無い」
 確かによく見ると、岩の部分も岩以外の土の部分も、長い年月をかけて今の状態になったもののように見える。
 「昔の人が掘ったものかな?」とあにぃが聞く。
 「昔の人が掘ったのかも知れないし、天然の洞窟があったのを利用して人が手を入れたものかも知れないな。いずれにしても何人もの手がかかっていると思う」と、トンが言う。
 「小屋はチキが建てたものだよね?」俺が訊ねる。
 「小屋のほうはチキだ。八角小屋を建てるとき俺も手伝っているから間違い無い」
トンが言う。
 「チキは凄い頭脳の持ち主だったが、腕力はあまり無くて力仕事は苦手だったんだよ。こんな地下道を何本も掘るなんて、チキ一人じゃ絶対に無理だ」
 「先に何本もの地下道があって、チキはその終点に七棟の小屋を建てたんだろうか?そうだとすると、七棟の小屋の配置は誰が考えたんだろう?七つ星の配列そのままじゃ無く、海に映る七つ星の配置で小屋を建ててあるのがとても不思議に思えるんだよ」とあにぃは言う。
 トンはしばらく考えていたが、
 「前からチキは、神がいらっしゃる場所は星々よりもさらに向こう側だと言っていてね、つまり神は俺たちが見るのとは裏返しの配置で星を見ておられるのだと。だから、神にご覧いただくにはこの配置が良いと言ってたんだよ」と言う。
 「チキが意図したのは、海に映る星じゃ無くて、裏から見た星だったのか。言われて見れば、確かに星の裏側から見てもこの配置になるんだね」と、あにぃは言う。
 俺はまた混乱して、頭をかきむしる。
 「海に映る星の形と、星空を裏側から見たときと、ほんとに同じになるか?うん?なんか変じゃないか?あれ?あれ?あれ?」
 トンは、そういえば、と思い出したように言う。
 「南に行ったところに星と小屋が一緒に見られる場所があるんだ。晴れた夜に行くと本当に綺麗だぞ。前に池が広がって、池に星が映って。月が明るい夜には七つの小屋も一緒に見える。今度、是非お前達を案内してやろう。この辺はちょっと特殊な土地なのか、夢の中にいるような気にさせられる場所がいくつかあるんだ」
 「池の水もとても綺麗だったね」
 俺は早朝に池で水くみをした時のことを思い出した。
 「このあたり一帯の池は、集落の水源だからな」とトンは言う。

 地下道の行き止まりの奥には、‘鏡’‘壺’と同じようにやはり地下室があった。部屋にはたくさんの楽器が置いてあった。太鼓、笛、鐘、琴、見たことも無いものもたくさんある。トンは太鼓を、俺は笛を手にとって遊んでみる。普段使っているものよりもずっと良い音色がする。
 俺たちは早速、この地下室と入口の小屋の名前も付けた。入口の円錐の小屋が「オト」。地下室が「楽」。
 あにぃは知らない楽器を次々に手にとって遊び始めた。一番気に入ったのは、ひょうたんのような形の胴に糸が6本張ってある楽器だった。小脇に抱えてじゃらーん、じゃらーんと鳴らしている。腹まで響くような音の振動がとても心地良い。
 「これはいいや、これはいいや」とあにぃは大喜びしている。あにぃが糸を一本ずつ爪弾いたとき、「チキはトンだ」と鳴ったような気がして、「あはは、チキはトンだってさ」と言って俺は大笑いした。持つ場所を変えて一本ずつ鳴らすと今度は「アニがナギだ」と鳴った気がした。「アニがナギだってさ。これは喋る楽器なのか」とまた大笑いした。あにぃは面白がってさらに持つ場所を変えて鳴らしてみた。今度は「ナギがアニだ」と聞こえた。自然に、あにぃの楽器と、トンの太鼓と、俺の笛で合奏が始まった。「チキはトン♪トンはチキ♪」「アニがナギ♪ナギがアニ♪」
 俺たちはしばらく楽器で遊び、歌った。俺たちは、シンとサダとシチにも持って行ってやろうと言って、小ぶりな楽器を3つ選んで布袋に入れた。

 ‘壺’部屋と同じように梯子があったので、俺たちは梯子を上り、天井の明かり取りから外に出た。外に出て眺めると、やはり前方に七つの小屋が見える。
 「‘鏡’部屋、‘壺’部屋から出たときと全く同じ風景だよ。ここも全く同じ場所なのかな?」
 ‘鏡’部屋から出たときの景色は俺しか見ていないが、‘壺’部屋から出たときの景色はあにぃも見ているから、今度ははっきりわかってもらえるだろう。向こうに見える七つ小屋は、正面にミラが見え、ポトはその真後ろになるので重なってしまっている。その左奥に1つ、さらに左の手前にオト、その左に柄の部分の三つの小屋、そのうちの一番左が八角小屋になる。並び方、重なり方、距離、高度は、昨日と全く変わらないように見える。
 しばらくじっと眺めていたあにぃが言った。
 「同じと言えば全く同じだ。でも今気がついた。昨日と全く同じってことは、通常はあり得ない奇妙なことだ」
 トンと俺は意味がわからず、あにぃの顔を見た。あにぃは続けた。
 「昨日‘壺’部屋から出たのは夕方だった。あの時七つ小屋の向こうに夕日が見えた。今は明け方だ。それなのに、昨日の夕方と同じように、七つ小屋の向こうに、今度は朝日が見えている。そんなのおかしいだろ?いったいどっちが東でどっちが西なんだ?」
 確かにあにぃの言うとおりだ。昨日と東西が逆だ。トンは何のことを言っているのかわけがわからん、という感じでいたが、次第に意味を理解して、「まるで狸に化かされているようだな」と考え込んでしまった。
 「七つ小屋には何度も来ているのに、今まで俺は東西の方角のことなど考えたことも無かったよ。今までずっと化かされていたんだろうか、それとも今まさに化かされている最中なんだろうか?」と言う。
 俺たちはしばらく呆然と佇んでいたが、今日はやることが山積みだと気付き、とりあえず七つ小屋に戻ることにした。あそこに見える七つ小屋は蜃気楼なのかも知れないとも思ったので、正面の七つ小屋を見ながら地上を戻った。
 蜃気楼では無かった。七つ小屋は確かにそこに実在していた。(2018.12/14)

                

 ‘ポト’小屋でシンに持ち帰った楽器を渡すと、サダとシチがきゃぁきゃぁ言いながら新しいおもちゃに飛びついていた。一緒に遊んでやりたいが、俺たちはすぐに次の探検にかからなければならない。次は‘鏡’部屋を見たい、とトンが言うので、‘ミラ’小屋に向かった。
 小屋の入口であにぃが、
 「うん?こんなところに↑印が残っている」と言って不思議がった。「俺は‘ポト’小屋に↑を描いたはずなんだが」
 「俺が小屋を間違えたんじゃ無くて、あにぃが間違えたんじゃ無いの?狸に化かされて」
 と俺が言うと、あにぃは少しむっとして、
 「そんなはずがあるわけが無いだろう。俺が‘鏡’から‘ミラ’に戻ったのは地下道を通ってなんだぞ。その後‘ミラ’で待っていたサダとシンを連れて‘ポト’に入ったんだから、どうやったってとり違えようが無いじゃないか」と言う。
 あにぃも俺もこういう話になると意地になるところがある。しかし今回の件に関しては残念ながら確かにあにぃに分があるなと思う。
‘ミラ’小屋から地下道を‘鏡’部屋に向かった。入口の壁を開け放って真っ暗にならないようにしてあるので、地下道もよく見える。
 「この地下道も一直線だな」とあにぃが言う。
 地下室に着き、俺が先頭で入り、「ここが・・・」とトンに説明しようとして、俺は絶句した。
 ‘鏡’部屋では無かったのだ。続いて入ってきたあにぃも俺と同じように絶句した。
 「これは、全然違う部屋じゃ無いか・・」
 鏡などどこにも無かった。大量の巻物、紙冊子、絵が描かれた石版が、中央の円卓の上に置いてあるだけだった。
 トンは事情がわからず、しばらく俺たちの反応をうかがっていたが、
 「つまり、昨日と全く同じ経路で来たのに、全く違う地下室に着いたということなんだな?」
 と訊く。
 「そう。そのとおり。昨日の‘鏡’部屋は忽然と消えた」
 あにぃが答える。ますますわけがわからなくなり、あにぃも俺も「わーーっ」と叫んで頭を掻きむしる。
 トン一人が冷静だった。
 「お前たちの言う素晴らしい鏡を見られないのは確かに残念だが、ここにあるものをよく見てみろ。鏡よりももっと重要なものが置いてあるんじゃ無いか?」
 と言う。

 俺たちは気を取り直して、巻物、紙冊子、石版を点検してゆく。どれにも絵や記号などがびっしりと書き込まれている。絵は何が描かれているかある程度わかるが、記号のほうは何が描かれているのか全くわからない。色々な時代のものがあるような気がする。石版の絵や記号はかなり劣化しているから、古い時代のものだろう。巻物は鮮明だからわりと最近のものじゃ無いか?紙冊子のものは、どうも絵と記号の形や発想が巻物・石版とは種類が違う気がする。

 比較的新しそうな巻物を見ていたトンが、
 「見ろ、これは風神さまじゃ無いか?」
 と言う。言われて見れば確かに風神さまの絵のように思えた。子供から青年になり、壮年になってゆく。風神さまの伝記なのかも知れない。
 他の巻物も次々に開いてみた。チキが描いたと思われるものもたくさんあり、それにも俺たちが読めない記号がびっしりと描かれていた。トンが七つ小屋の設計絵図を見つけた。その中の一つの建物図を指してトンが言う。
 「これは八角小屋を建てるときに使った設計絵図だよ。俺も見せられて、この設計図のとおりに建てたんだ。その時はこの読めない小さな記号は描かれていなかった。チキがあとで書き込んだのだろう」

 全部を持ち出すことは出来ないが、‘鏡’部屋も消えたし、この部屋も消えてしまうかも知れない。持ち出せるだけ持ち出しておこう、というトンの提案で、俺たちは、絵が多く描かれて比較的意味のわかりやすそうなものを選び、この地下室から‘ミラ’小屋に運び出すことにした。
 俺たちは、この地下室を‘図’と名付けた。

‘ミラ’小屋の入口まで戻ったとき、地下道がその先まで伸びていることに気付いた。‘ミラ’小屋の下に前方から光が漏れている。‘ミラ’に荷物を下ろしてトンに託し、あにぃと俺は光の方向に進むと、少し行ったところで行き止まりになった。 目の上に小屋の壁が開け放ったままになっている。さっき渡した楽器で遊ぶシンの笑い声と、サダとシチの嬌声が聞こえた。そこは‘ポト’小屋だった。
 奥の地下室と‘ミラ’小屋、‘ポト’小屋は、一本の直線の地下道でつながっていたのだ。(2018.12/15)

                         

.................鳥瞰図1.......................................

.................鳥瞰図2............................................

..................鳥瞰図3...................................

..................鳥瞰図4........................................


 「‘ミラ’から入ろうが‘ポト’から入ろうが同じところにたどり着く、ってことだな。ナギが言っていたように、ナギは‘ミラ’から入った。小屋を取り違えたわけじゃ無かったんだな。申し訳無いことを言った。取り違えたのは俺のほうだった」と、地下道の地面に指で図を描きながらあにぃが言う。(☆鳥瞰図2
 「狸の仕業ってわけじゃ無いとわかって良かったよ。あにぃはまず‘ポト’から入って‘壺’に着いたけど‘壺’から戻ったときは‘ミラ’に出たんだね。だから‘ミラ’に↑印があった。そのあと俺が‘ミラ’から入って‘壺’に着いた」
 「ああ。俺はその後お前を探しに‘ミラ’と‘ポト’を何度も行き来したが、その後‘壺’に戻ったときにもきっと‘ミラ’から入ったんだな」
 と言いながら、あにぃは地面に両方の小屋の絵を描いた。
 
(ミラとポトの絵)

 「地上は鏡のように入口が向かい合っていて、奥に地下道への入口があるから地下道への向きは逆になる。一度目に‘ポト’から地下に入った時は、そうか逆か、と思って体の向きを変えた覚えがある。だが二度目は、向きを変えた記憶が無い。たぶん向き直っては居ないと思うから‘ミラ’から入ってるんだろうな。その時に何も気付かなかったのは、鏡とあの匂いの影響があったのかも知れない」
 こういうことは体がとっさにやってしまって、意識していないことも多い。でも戦ではそういう事に気付くかどうかも重要だと前にあにぃが言っていたのを思い出した。俺は自分が‘ポト’に初めて入った時のことを思い出そうとした。シチを担いで地下道から入ったのが初めだ。シチを‘ポト’の床に上げることばかりに気を取られて、どちら向きかなんて全く意識していなかったが、行き止まりの地下道の壁を右にした横向きで持ち上げ、左側に降ろしたはずだ。やはり向き直っていたんだなと思う。
 あにぃが言うように、確かにこの二つの小屋はまるで鏡のようだ。表の出入り口からは今朝初めて出入りした。朝、水を汲みに出たときに出て、帰りはトン、シンと一緒だった。あの時は俺たちの声を聞いたサダとシチが‘ポト’の入口まで出て来ていたから、間違えようも無かった。

 「少しはすっきりしたけど、同じ地下道を通っても、違う地下室に行き着いてしまうというのは解決の糸口が全く見つからないね。‘ミラ’‘ポト’地下道から‘鏡’‘壺’‘図’の3つの部屋に入ったというのは、まだ、狐・狸のたぐいだ」
 「七つ小屋と太陽の位置の問題もな。両方とも時間の違いっていうのが鍵だと思う。時間が変わると変わってしまう事が奇妙なものと、時間が変わっても変わらない事が奇妙なもの」とあにぃは言う。
 「ところで、七つ小屋が大きい七つ星みたいだから、地下室は小さい七つ星に当たるんじゃ無いか、っていう俺たちのはじめの考えは完全に間違いだったね」と言うと、
 「むしろ北極の位置を匂わせているな」とあにぃも頷く。
 俺も同じことを思っていた。‘ポト’から‘ミラ’を通って終点の地下室に至る一直線は、北の七つ星を使って北極を探すときのやりかたを連想させる。距離の離れ具合も、だいたいそんな具合だ。狐でも狸でも無い、人間であるチキがやった事なら、いつかはきっと解明できるはず。(2018.12/16)

                  

 トンをずいぶん待たせてしまっていると気付き、あにぃと俺は地下道を後戻りして、トンの居る‘ミラ’小屋に入った。トンは、持ち帰った絵図を熱心に検証していた。
 トンが言う。
 「やはりこの八角小屋の設計絵図から見ていくのがわかりやすい。周りにびっしり書き込まれている図形は、たぶん言葉を記号にしたものだろう。チキの話も聞いているから、この絵図に書いてある言葉なら推測がつきやすいんだ。○Δと□×という記号がたくさん出てくるだろう、八角小屋を俺が手伝ってチキが建てたときのことを書いてるんじゃないかと思うんだ」
  トンは、窓の下の鍵付きの箱に大切そうに納められた別の巻物を取り出して開いた。
 「これは、明らかにチキが書いたものなんだ」と言う。
 「チキが亡くなる少し前、チキはこの‘ミラ’小屋で療養していたんだ。チキが衰弱して話ができなくなってしまってからのこと、開いたまま枕元に転がっていたのがこの巻物だ。俺はずっとこれが気になっていた。こっちにはチキの絵と俺の絵が描いてあって、○Δ、□×とあるだろう?絵との関連からたぶん○Δという記号がチキで、□×がトンだろう」
 「きっとそうだな。すごいな」とあにぃが感嘆する。
 「○はチ、Δはキ、□はト、×はンと読めばいいの?」俺は訊く。
 「そうかも知れないし違うかもしれない。他の絵図で同じ記号が出てくるものと組み合わせれば、うまくゆけば全部わかる」トンが答える。
 「根気の要る作業だけど、解明できたら凄いことになるぞ」と、あにぃは俺を見て言う。
 「すぐには無理だろうし、今日はあまり時間が無い。半分持って帰って研究してみるよ。何と言っても俺が興味を惹かれているのは八角小屋なんだ。八角小屋に関連したものを持ち帰ってみる。残りはここに置いていく」と、トンは言う。
 
 あんなに朝早くから活動していたのに、外に出てみるともう日が高かった。俺たちはシンと乳牛が居る‘ポト’に戻り握り飯をもらうと、さっそく八角小屋に向かうことにした。握り飯をほおばりながら、ふと気がついて太陽の位置を確認してみると、やはり今朝‘楽’から地上に出て見た方角と同じ方角に太陽が見える。
(☆鳥瞰図3
 「ねえ」と声を掛けてトンとあにぃに太陽を見るよう促すと、二人も立ち止まり、‘ミラ’を背に、‘ポト’の屋根の上にかかっている太陽を見上げた。
 「さっきと同じだな。ここの太陽は東から出て西に沈むんじゃ無くて、東・・・あそこが東ならばだが・・・東から一直線に上に上がり、上がりきったら一直線に同じ場所に下がって沈むのか。そういう事になるだろう?」あにぃが言う。
 「東と南と西が重なるほど近くて、東と北、西と北の間がどーんと広がっているということは無いか?うーんありえないか。俺たちはまさに化かされている最中だな。狸の仕業か、狐の仕業か」と、トンも言う。
 普通に考えればとても薄気味悪いことなのに、俺は、不思議とこの土地には気味悪さや不気味さを感じない。‘太陽とはこういうものだ、今までお前が居たところのほうが奇妙なんだよ、これが普通だ’と言われたら、へえ、そうなのか、とすんなり受け入れ、慣れてしまいそうな居心地の良さもある。
 「狸、狐といえば、このあたりで獣を見かけた事が無いな。動くものは鳥と虫くらいのものだ。鳥は大きな鳥も小さな鳥も飛んでいるんだが」と、思い出したようにトンが言う。
 「四つ足は寄りつかない土地なのか?しかし四つ足でも乳牛たちは嫌がる様子もまったく無いし、トンが牽いてきた馬も特に変わった様子も無いね」
 俺が言うと、トンもそうだな、と言う。
 ここから海は見えない。俺は耳を澄ませて潮の音を聞こうとしたが聞こえなかった。ここまで来るともう海はどこにも無いんだな、と思った。(2018.12/19)


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8.砂の岬  Stolen Moments

Music image Oliver Nelson Septet - Stolen Moments(1961)
from the album 'THE BLUES AND THE ABSTRACT TRUTH'
Freddie Hubbard (trumpet), Eric Dolphy (alto sax, flute), Oliver Nelson (tenor sax, arrange), George Barrow (baritone saxophone), Bill Evans (piano), Paul Chambers (bass), Roy Haynes (drums)


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 ミラとポトの間を、右手に太陽、左手に地下室から地上に出た丘を見て進むと、前方に八角小屋が見える。進むにつれて丘の位置はどんどんうしろに移動して行き、視界から消えるが、太陽は常に右手に見えている。
 「丘は俺たちを追いかけて来ないが、太陽は追いかけて来る。俺が狸に化かされた時、今とそっくりだけど、丘のほうも追いかけてくる感じだったよ。つまり今見えてるのは、化かされていない普通の見え方だね」
 と俺が言うと、
 「ナギは狸に化かされて小屋の中で小便したことがあったな」
 と、2個目の握り飯をほおばりながら、トンとあにぃが笑う。
 そんなガキの頃の話をされてもなぁ、馬に乗り始めてからの事を話したつもりなのに、と思う。
 八角小屋の手前の小屋を通りかかった。二つの正方形が重なり合っているような奇妙な形をしている。なんでこんな形にしているんだろうと思って見ていると、
 「この建物は八角小屋を建てる直前に建てたものなんだ。空の七つ星のこの位置の星にはお伴の星があるだろう?それを示したかった事もあるらしいが、もうひとつ、チキには、八角小屋を建てるための試作の意図もあったようだ。この小屋は後で二人でゆっくり見てくれ」
 と、トンが言う。
 せわしない歩きメシで、握り飯を皆が2個ちょうど食い終わった時、八角小屋に着いた。この小屋には大きな白い石で固めた二重の土台が付いており、張り出した土台を上ってから建物に入る。小屋の八面全部に扉が付いていて、どこが正面ということも無い。
 「チキははじめはここに塔を建てるつもりで設計図を描いていたんだ。ところが建て始めると予想外のことが起きて、設計を大幅に変え、結果的に八角の小屋になった。さっきの巻物にはたぶんそのことも書いてあるんじゃ無いかと思う」
 とトンは言う。
 「説明よりまずは見てからだ」
 持って来た水筒で手を清め、扉を開けた。重厚な厚い木で造られているが、とても建付が良く、良い感触ですーっと開いた。奥にはさらに別の扉が鈍角の角度で左右に二つ付いている。あにぃがどちらを開けようか迷っていると、
 「どっちを開けても同じだよ」とトンは言う。あにぃは左の扉を開けた。
 わくわくしながら中に入った。そこには三角形の空間があり、またその先に扉があった。なんだ、また扉か、と思って今度は俺がその扉を開けてみると、また三角形の空間があり、あにぃが開けた時と同じように左右に扉が付いていた。今度は右の扉を開けてみる。するとまた三角形の空間があり、また扉がある。
 開けても開けても扉ばかりじゃ無いか、こんなに大切にしまっておくなんていったいどんな宝物が置いてあるのだろう、と思いながらまた扉を開けると、もう扉は無く、がらんとした八角形の空間が広がっているだけだった。中には何も無い。(☆八角小屋平面図
 左、右、と開けたのが失敗だったのか?逆の順番で開けたら良かったんだろうか?などと考えながらも、すっかり拍子抜けして、
 「未整理なものって何?」とあにぃと俺が聞くと、
 「色々なものが未整理で置いてある、と言ったが、別に物が置いてあるわけでは無いんだ」
 とトンは言う。
 「未整理なのは物じゃ無く、チキと俺の頭の中なんだよ。ここから先は、チキにも理解できなかった世界だ」
 トンは中央の正方形の床板を開いた。床板を開くと、連動して小屋の天井も開く仕掛けになっていた。頭上に青空が見えた。
 「この仕掛けはもちろんチキの設計だが、下を見てくれ」
 トンに促されて穴の中を覗き込むと、階段状の石の中に、深い縦穴があるのがわかった。
 「階段の下に梯子を付けてある。それを下りていくんだ。中は途中から真っ暗になるから、明かりを用意する」
 トンは言って、用意してきた袋の中から、火打ち石と魚油を出して明かりを灯そうとする。
 あにぃは少し迷っていたが、
 「トン、俺が暗闇で発光できる事は知らなかったっけ?」と言うと、トンは、
 「ああ、そうだった。ありがたいことだ。しかし何があるかわからないから、一応、これも持って行く」と言う。
 ‘チキでも理解できなかった世界’?‘何があるかわからない’?化け物でも居るのか?と思い俺はぶるっと身震いした。
 「神の世界か魔物の世界かわからないから」とトンは言う。(2018.12/22)
           
                
 階段状の石を10段ほど降り、20段ほどの梯子を下りると、地下の底に足が着いた。岩肌に囲まれたかなり広い空間があった。小屋一戸分くらいはあるだろうか。ひんやりとした空気が体に染みてくる。
 頭上を見上げると、開け放っておいた八角小屋の床から光が差しているが、その光はもう竹筒から覗いた空くらいの大きさにしか見えない。光が差し込んでいるのはそこだけだった。地獄から天上を見るとこんな感じに見えるのだろうか。俺は、蜘蛛の糸を伝って地獄から天上によじ登ろうとする亡者の話を思い出した。
 「凄いな、地下にこんな空間があるなんて」と、あにぃが言う。
 片隅の籠に、洗濯された衣類がたたんで置いてあった。トンが俺たちに着ろと促す。
 「チキの遺品だよ。ここは一年中この温度なんだ。夏は涼しく冬は暖かい。暑い夏と寒い冬は、チキはここで寝泊まりしていた」
 俺たちは、トンに渡された厚手の丈夫そうな衣を着込んだ。二枚重ねでちょうど良い。着古した上衣も下衣も俺には寸法が長かったが、ところどころに紐が通してあって、それを結ぶとちょうど誂えたような長さになったし、袖口、裾口もぴったりになった。うまい衣を作ったものだ。石に腰掛けて衣を着るのを見ていたトンも、俺を見て満足そうに頷いた。
 「この洞穴は昔からあったものか?」とあにぃが聞くと、トンは、
 「たぶんあったんだろう。しかし誰もこんなものを知らなかった。さっき、チキははじめここに塔を建てるつもりだったと言ったろう、高い塔を建てるには土台も柱もしっかり建てないといけない。それで一階をあんな構造の建物にしたんだが、さらに頑丈にするために小屋の中央にも土台と柱を置こうとして穴を掘った。そうしたらこの縦穴が見つかったんだ」と言う。
 「自然にできたものなんだろうか?それとも獣穴か何かだったんだろうか?」
 「洞窟は自然に出来たものだと思う。しかし縦穴は違う。梯子はチキと俺が付けたが、石の階段は俺たちが穴を掘った時には既にあったんだ」
 あの石の階段はどう見たって自然にできたものとは思えなかった。
 「いつ、誰が造ったんだろう?」
 「そう。それが第一の謎なんだ。集落の古くからの言い伝えにも、このあたりに何かを造ったなどという話は全く無いからね」
 とトンは言う。
 「ここを調べれば調べるほど、チキは高い塔を建てることよりも、この洞窟の探索に興味が移っていった。まるで取り憑かれたようだったな。チキの晩年はこの洞窟だった。結果的に塔を建てることは断念することになったわけだ」
 岩がせり出して自然の棚のようになっているところに、壺や食器などが置いてあった。椅子に使えるような石も置いてあった。チキはここに食料も持ち込んで過ごした日もあったのだろう。俺は、ここに建っていたかも知れない高い塔を思い浮かべてみた。地下と地上と天界が一直線につながるような気がした。そんな風景も見てみたかった、と思う。
 「チキがここに精力を傾けたのには、もう一つ理由がある」
 と、トンは続ける。
 「皆は、チキが勝手にこの土地に住み着いたと思って居るだろう。しかしそうでは無いんだ。チキは集落の水源を守るという大事な任務を担ってここに居た。チキは、この洞窟が水源と深い関係があると思っていた」
 「水源?今朝俺が水を汲んでいた池の湧き水のこと?」俺は聞く。
 「そう。このあたりにはああいう場所がたくさんある」とトンは言う。
 「水源を守るってとても重要な任務じゃないか。トンはそれを知りながら、何故皆にずっと黙っていたの?そんな重要な仕事をしていたのに、チキは皆からキチガイ扱いをされていた。チキを気の毒だと思わなかったのか?」とあにぃが聞く。
 「それは、とても長い話になる。この地下空間はまだ先がずっとある。道々、ゆっくり話そう」

 トンは洞窟の隅を指さして俺たちを促した。人が這って通れるくらいの穴が奥に向かって続いている。
 「ここからはしばらく這って進むぞ」
 トンは、楽に穴をすりぬけられそうな俺に荷物の入った袋をくくりつけると、岩穴に身を滑らせた。俺が続き、あにぃがしんがりで入る。しばらく進むと前方は暗闇で何も見えなくなった。
 「発光しようか?」とあにぃが聞く。
 「まだ良い。ここはこうやって前にまっすぐ進んでいくしか無いから」とトンが答える。
 「あにぃが光ると周りの者は金縛りになるんだろ?俺たちが動けなくなったら困るじゃ無いか」と言うとあにぃは
 「いや、俺が金縛りにしようと思わなければ、金縛りにはならないんだよ。金縛りになるのは敵だけだ」と言う。
 穴はつるつるした石の部分もあれば土の部分もあった。所々ぬかるみのところもあり、俺たちは泥だらけになりながらモグラのように進んだ。
 暗闇をさらに匍匐前進して行くと、前方からトンの声がした。
 「広いところに出たぞ。もう立って歩ける」
 トンに続いて立ち上がると、どこかからかすかに光が入るところがあり、ぼんやりと周囲が見えた。立って楽に歩けるほどの通路がずっと続いている。
 「さっき通りかかった隣の小屋から光を入れているんだ。チキが後から小屋を改造した」
 と、トンが言う。

 通路には分岐点があった。光は右側から入ってきていた。右に大きく曲がったほうの通路を抜けると、そこには、高く、広く、大きな空間が広がっていた。暗闇に慣れた目には目眩がするほどまばゆく感じられる。俺は思わず「うわぁ」と叫んだ。上を見上げると、大きく岩が裂けているところがあり、光はそこから漏れていた。
 俺は息を呑んだ。これはもう広場と言って良い。馬たちの厩舎が20棟くらいは入りそうな広さがある。天井もとても高い。そして、周囲を取り囲む白い岩肌は、実にさまざまな形に刻まれている。
 滝がある、と思って駆け寄ってみると、そこは滝では無く、美しい糸のように上から下までつながっている白い岩だった。つららがある、と思って駆け寄ると、上から垂れてきている白い岩だった。像がたくさんある、と思って駆け寄ると、それも地面からにょきにょきと生える白い岩の集団だった。それらがみな光に照らされて、キラキラ、キラキラと光っている。岩たちはみなそれぞれ命あるもののように見えた。ここには、地上とは別のもう一つの世界があるように思える。ところどころに薄い岩の裂け目があり、覗き込んでも真っ黒な闇の亀裂だった。まだ下方の世界があるのか。ここはまだ底では無いんだな、と思う。
 「ここは‘瀧穴’じゃ無いか?戦で敵の集落で似たようなものを見たことがある。でもこんな凄いものじゃ無かった」とあにぃが言うと
 「そう。その‘瀧穴’のとても立派なものなんだと思う。まだ先があるんだ。光が入ってくるのはここまでだ。ここで小休止してさっきアニに聞かれたことに答えよう」
 と、トンが言う。(2018.12/29)

                       
Michael Jackson - Ben 1973?


(トンの話)

 チキは、この集落の記録には何も書き残されていない。チキは記録上は、生まれもしなかったし、死んでもいない者になっている。
 驚くだろうが、実は、チキは俺の双子の弟なんだ。どうして俺の弟がこの世に居ない者の扱いになったのか?
 俺たちが生まれた頃は、双子は不吉だと忌み嫌われ、赤ん坊のうちにどちらかを生かしどちらかを殺さなければならない、という掟がまだあったんだ。
 長老たちは、俺と、チキと、どちらを残そうかと相談した。どちらも五体満足だし、目だった傷やあざも無い。大きさも違わない。
 選ぶに選べず、ケツをひっぱたいて大きな声で泣いたほうを残そう、ということになった。ひっぱたいてみると俺のほうが大きく太い声で泣いた。それだけの違いだった。
 でもな、人間、なかなか赤子を殺せるもんじゃ無いさ。そんな役を誰もやりたくは無いもんだ。だから、昔からそっと川に流したり、そっと隣の集落に置いてきたりすることも密かに行われていた。おまけに俺たちはいわゆる‘奇跡の血量’だ。長老たちは、チキを殺すのも捨てるのも忍びなく、チキをここでこっそり育てたんだ。
 皆はずっと、奇跡の血量なのに馬乗りにも船乗りにも使いようが無い半端者が、集落からはじき出されてここに住み着いたと思っている。お前たちもここを見るまではそう思っていたはずだ。チキの智恵についてはもう十分わかったろう。しかし体力面でも、腕力が少し劣ることを除けば、足は俺よりも速かったし、敏捷だし、手先は器用だし、普通の生活で問題があるような事はひとつも無かったよ。むしろ、自分が生きていくのに必要な事は、全部自分で工夫して出来るやつだったんだ。集落と離れて一人で生きるというのはそういう事なんだろうな。
 腕力は、そうだなあ、たぶん子供の頃に長老たちとしか接触していなかったことが影響したんじゃ無いかと思うね。智恵はたっぷりついたけれど腕力はつかなかった。しかしそれを色々な工夫で補っていたから、力の無さで深刻に困ることも無かったのかも知れないな。俺と接触するようになってからはいざという時は俺も助けてやったし。

 俺も他の子たちと同じく、馬に乗り始める頃までチキのことなど全く知らなかったよ。何故知ったかって?
 俺はきっと狸か狐に化かされたんだろうな。お前たちも小さい頃、このあたりに足を踏み入れてはいけない、と大人たちに言われてきたろう?あそこは鬼が出るだの、大きな熊がたくさん居るだの言われて。俺もお前達にそう言ってたはずだし、子供の頃の俺もそう思っていた。
 そうやって昔から人を遠ざけていたのは、たぶん、ここに水源があるからだろうな。
 ある日、これはナギが狸に化かされた話とまったく同じなんだが、馬を走らせていると、太陽と丘の両方が俺を追いかけてきた。怖ろしくて怖ろしくて、追ってくる丘から逃れようとむちゃくちゃに馬を走らせているうちに、俺は方向が全くわからなくなった。そして林の中に迷い込んでしまったんだ。
 しばらく馬と一緒にうろつき回っていると、林の中から俺と同い年くらいの少年が出てきた。俺は見た途端にとても興味を惹かれた。少年も俺を不思議そうにじっと見つめていたよ。あっちはたぶん同じ年頃の少年なんて見かけた事が無かったんだろうな。
 「話はできるの?」と俺が聞くと、少年は「うん」と頷く。俺はその少年に、集落からここに迷い込んできてしまったことを話し、海はどっちの方向なのか?と聞いた。その子は、海の方向を知らなかった。でもとても親切で、俺を先導し「ここを知ってる?」「ここに見覚えは無い?」と一緒にあちこち廻ってくれた。そして、アニやナギもよく遊びに行ったろう?木や石がたくさん転がっているところ、あそこに行き着いた。
 「ここなら知ってる」と言うと、
 「僕は、ここから先に行ってはいけないことになっているんだ。ここで戻るよ」
 とその子は言う。
 俺たちと逆のことを言うので、俺は驚いた。
 「あっちには、鬼や熊がたくさん居るんじゃ無いの?」と聞くとその子は
 「僕にとってはそっちにこそ、鬼や熊がたくさん居るんだ」と言って、すたすたと元の方向に帰って行った。俺は、あの子は鬼の子なのかな?途中ですっと姿が消えるんじゃ無いか?と思って見送ったが、急に消えることも無く普通に林の中を歩いて立ち去った。
 その後、あの子の事はずっと気になっていた。もう一度会いたい気もしたが、鬼の子なんかと仲良くなって大人の鬼に会ってしまったら大変なことだと思い、二度とここに迷い込まないように気をつけていた。

 あれが双子の弟だと知ったのは、俺が今のアニくらいの年になってから。チキをこっそり育てていた長老が亡くなる前のことだ。
 長老は「俺が死んだら、チキの事を知る者は誰も居なくなる」と言って、チキのことを全部俺に話してくれた。そして「チキのことを頼む。水源を守るのを助けてやってくれ」と俺に言い残したんだ。
 長老が亡くなると、俺は長老が亡くなったことを伝えにチキのところに行った。チキは俺のことをよく知っていたよ。たぶん長老が話していたんだろうな。それからチキと俺との秘密のつきあいが始まった。
 俺は色々なことをチキに相談していた。チキは色々な事を知っていたからね。逆に俺もチキに協力した。たとえば、チキは色々な土地に行きたがっていた。俺はこっそりチキに馬を教え、チキの旅に協力した。だからチキは、集落内の土地はここ以外全く知らないが、遠い集落のことは逆にたくさん知っていた。チキが留守の間は、俺が水源を守っていた。チキの格好をして斧を振り回し、キチガイの真似をして子供たちを追い払ったこともあったよ。
 チキの旅の話は、戦にもずいぶん役立った。戦の前にアニに伝えたことも、チキから俺が教わった話がかなりあるんだ。

 双子が特に忌み嫌われなくなり、双子に関する掟も無くなったとき、俺はチキに双子の兄弟だと皆に名乗り出ようと言った。ところがチキは、自分はここに籠もっているほうが性に合っているし、今までの生活で何の不足も無い。それよりも何よりもここには興味深いものがたくさんある。今までどおりキチガイだということにしておいてくれるのが一番嬉しい、と言うんだ。考えてみればあいつは大勢の人と交わる教育も受けていないし、その機会も無かった。人を束ねたり、争いの仲裁をしたりする俺の弟という立場はチキには負担だろう、と俺も納得した。

 チキには子も居るんだよ。何人も居るんだ。記録上は全部俺の子だということになっているんだがね。全く同じ配合の双子だからそれでも何の支障も無いからね。これは俺とシンだけの秘密だ。
 
 この世にはあんなに頭の良かったチキでもわからない事がたくさんある。この洞窟はその典型だ。
 チキは、乳牛についても興味を持って研究していたな。その過程でシンとも直接話をしたことがある。チキと会話をしたことがある人間は、亡くなった長老たちの他には、俺とシンだけだ。
 そうそう、チキはアニとナギにも、とても興味を持っていたよ。
 あと、これは当然のことだろうが、神のことについても。神についてはだれでも関心を持たずには居られないだろうが、チキのそれは俺たちとはだいぶ違う。チキは‘興味を持つ’という言葉がぴったりなんだ。もちろん尊び敬ってはいたが、それは、星や月や太陽や海や山を見るのと同じような‘興味’のように思えたね。

 水源を守る仕事を誰に継がせれば良いか、というのはちょっとした悩みの種だ。適任者が思いつかない。チキの血筋の者が良いかなと思ったのだが、チキの子は乳牛ばかりなんだ。孫には男もいるが、一番上でもナギより年下で、まだどう育つかわからない。だから適任者がみつかるまでは俺とアニとナギの三人で水源を守ろうと思っている。それもあって、二人にここで種付けしてもらおうと思ったんだ。

 そうそう、二人が見つけた‘鏡’部屋の大鏡だが、チキが鏡に興味を持つようになったのは、俺が戦で持ち帰った鏡をやつに持って来てやった時からなんだ。チキは、ここの洞窟に熱中するように鏡作りに熱中していた時期がある。
 「鏡に話しかけると、鏡の自分が返事するんだよ。俺たちは色んな事を話合うんだ。そうやって話をすることで、またもっと良い鏡を作れるようになる」
 などと言ってたこともあった。
 ついでに、チキが違う土地に旅をしたがるようになったのもその頃からだったな。
 二人が話していたような凄い鏡が出来ているなんて、俺は全く知らなかったよ。別に俺に隠していたわけでは無いんだろうと思う。興味が次のものに移ったからなんじゃ無いかな。
 鏡の次にチキが熱中したのは、覗き眼鏡なんだ。俺が戦から帰ってすぐに会いにやって来た時、チキの小屋が覗き眼鏡だらけになっていて驚いたよ。俺はチキが作った覗き眼鏡をたくさんもらった。アニにもたくさん渡したよな。あれは戦にも猟にも漁にもとても役立つものだった。船造りにもとても役立った。船のほうは、他にもチキの工夫が役立っていることがたくさんある。別にチキに頼んで作ってもらったってわけでは無いんだ。チキからもらったおもちゃが、後で自然と役に立ってくる、全部そんな感じだったな。(2018.12/29)


Donny Hathaway - He Ain't Heavy, He's My Brother
From the compilation "These Songs for You, Live!" 1972頃?


 間接的ではあるけれど、数々の戦に勝てた事にも、集落の豊かさにも、チキの貢献は大きかったんだな、と思う。そんなチキなのに、集落の血統記録に全く残されていないなんて。居なかった者になっているなんて。死んでしまったらこの砂の岬の集落と何のつながりも無い者になってしまうなんて。そんなの寂しすぎるじゃ無いか、と俺は思った。
 「今からトンの横にチキの名を書き加えたり、子孫のほうの記録も祖父や父の名を書き換えたりすることはできないの?」
 「それは、俺もずいぶん考えた。しかしチキはこんな事を言っていたんだ」
 とトンは言う。
 「‘自分が生かされたのは、当時は掟破りのことだった。その頃、きちんと掟を守って殺されたり、川に流されるうちに死んでしまった双子の片割れたちも、きっと何人もいたはずだ。そういう者たちだって一度は生まれたんだよ。俺を記録に書き加えるのなら、そういう者たちの事も一人残らず調べあげて記録に書き加えないと片手落ちなんだ。しかしそんなのとてもじゃ無いが無理なことだ。俺は、死んだ双子の片割れのほうに属する者であって、決してトンたちの側に属してはいない者なんだよ’と。俺はチキに対して、ずっとすまないと思い続けてきたんだ。だから逆にチキの言うことがとても良くわかった。チキもまた、死んだ他の双子の片割れに対して、すまないとずっと思い続けていたんだろうと」
 「チキはこうも言っていた」とトンは言う。
 「‘記録というものは後の人間が書き加えたり、書き直したりすべきものでは無い。そんな事を一度でもすると、記録というものの純度が下がる。信頼されない記録になってしまうよ’と」
 集落の記録って何なんだろう?俺が考え込んでいるとあにぃが言った。
 「ナギ、チキはこの集落に生きた証をたくさん残しているじゃ無いか。この八角小屋をはじめとする七つ小屋も。あの不思議な地下室も。そしてたくさんの巻物も。そういうもののほうが、名前だけが書かれた血統記録よりも、チキの記録にはずっとふさわしいよ。それを俺たちが集落の物語として語り継いでいけば良い」
 「トンが持ち帰って検証すると言っていた巻物は、八角小屋の設計図のほかに、トンとチキの絵が描いてあるものもだね?」あにぃが聞く。
 「そうだ。たぶんチキと俺の話が書いてあるんだと思う。ある程度内容が推測できるから、記号を読み解くには最適の資料だと思う」トンが答える。
 「鏡の後は、覗き眼鏡に熱中していたと言ってたね。覗き眼鏡の地下室もどこかにあるんじゃ無いかな」と俺が言うと、
 「それは絶対どこかにあるぞ。その探索も楽しみだな」と、あにぃも目を輝かせる。

 トンの話で、俺にはとても気になることがあった。
 「俺は桃の中に入って川を流れてきたんだろう?俺もチキのように捨てられた双子の片割れだったんじゃ無いのかな?」
 「ナギが生まれた頃には、もう双子を忌み嫌う風習も掟も無かったから違うぞ」
 とトンは言う。
 「隣の集落にはまだそういう掟があって、隣の集落の人が川に流していった可能性はあるんじゃない?」
 「それも無い。もう近くの集落は俺たちが平定してしまっていたから、ナギが生まれた頃、隣の集落などというものは馬や船で何日もかかる場所にしか存在しなかった」
 とトンは言う。確かにそうだなと思う。
 「チキが俺たちのことにも興味を持っていたと言っていたね。‘壺’部屋には風神と俺と思われる絵を描いた壺があったんだよ。ナギ、チキが俺たちについて何か書き残したものがあるかも知れないぞ」
 とあにぃが言う。
 「それは十分あり得る」とトンも頷いた。(2018.12/30)

                 
トンが立ち上がって声をかけた。
 「さあ、そろそろ先に進もう。ここから先は暗闇の世界だ。難所ではあにぃの力を借りて光をもらうか、魚油を使うかするが、それ以外ではモグラかミミズになったつもりで進むぞ。はぐれると面倒だから、声をかけあって行くからな」
 モグラかミミズか。それも悪くないけれど、俺はさっきからアリになっているような気がする。俺はアリの巣が大好きで、ガキの頃、アリのように地中に複雑な形の巣を作って住んでみたいと思っていた。その夢が今かなっているような気がしている。
 トンの先導で俺たちはさっき通った通路に戻り、分岐点を今度は左に曲がって次の場所に向かう。
 あにぃと俺は、はじめに入ったチキが暮らしていた空間を‘チキの洞’今の大きな空間を‘洞の広場’と呼ぶことにした。
 全くの暗闇でわかりにくいが、通路は‘洞の広場’から少しずつ下っていっているような気がする。俺たちは壁を伝わりながら進んでいく。手に触れる壁はずっとすべすべなので、俺たちはたぶん真っ白な岩で囲まれた通路を歩いているのだと思う。

 「そうだ、チキのために歌を歌おう」とあにぃが言った。「歌を歌い続けていれば、暗闇ではぐれる心配も無い」
 あにぃが歌い始めたのは、集落で亡くなった男を丘に埋葬する時に必ず歌われる歌だった。あにぃの美声が岩で囲まれた通路に響きわたった。
  ♪長い道 たくさんの曲がり角/道の導くとおりに俺たちは進む
  ♪誰も知らない場所まで/誰も知らない場所まで
  ♪でも俺は十分強い/彼を背負っていくのに十分強い
  ♪彼が重いはずが無い/彼は俺の兄弟だから
    (☆music image He ain’t heavy – he’s my brotherへ
 子供の頃から慣れ親しんだ歌。トンと俺も自然に唱和した。洞穴全体が俺たちの声で充満する。チキが亡くなった時、集落の皆でこれを歌ってチキを送ることは無かった。トンひとりが看取ってトンがひとりで埋葬した。トンは一人でこの歌を歌ったのだろう。
 「いつかチキを埋葬した場所にお前達を案内するよ。南に行ったところに星と小屋が一緒に見られる美しい場所があると言ったろう、チキはそこに眠っているんだ。夜はいつでも美しいが、とりわけ美しいのは春の夜、ちょうどチキの命日の頃なんだ」
 トンが言う。(☆註7

 「ナギも自分の好きな歌を歌ってごらん」とあにぃが促す。俺は、集落に古くから伝わる‘ベン’という友情の歌を歌おうとすぐに思った。ほんとうは俺が、戦に出たあにぃを思って歌っていた歌なんだけれど、‘ベン’を思う気持ちは、トンがチキを思う気持ちのほうにぴったりかも知れない。途中から悲しい感じの旋律になった後、‘ベン’は誰にも必要とされていなかった、とか、皆は‘ベン’を追い払うというような歌詞がついているから。チキはそうだったかも知れないが、あにぃは真逆だものな、と思う。
 でも友達を思う気持ちはどちらも同じことだと思い、半分は前に歌っていたとおりあにぃのために、半分はトンがチキに2回目に出会ったときの気持ちのつもりで心をこめて歌った(☆music image Benへ
 二人とも良く知っている歌の筈なのに、トンもあにぃも一緒に歌わずに黙って聞いているだけだった。俺は結局最後まで一人で歌った。
 しみじみした口調でトンが言う。
 「ナギの声を聞いていたら、チキの声を思い出してしまったよ。チキの声は俺の声とずいぶん違うんだ。俺は昔からこんな声だが、チキはナギのような澄んだ綺麗な声だったんだよ。年をとっても綺麗な声をしていた。楽器も大好きだったし、本当に音楽好きだったんだ」
 俺は‘楽’部屋のたくさんの楽器を思い出した。全部がとても良い音色をしていた。子供の頃のトンがチキと別れた所、木や石がたくさん転がっているところ、あそこに楽器が捨ててあることもあった。チキは自分で作って気に入らなかった楽器をあそこに捨てていたのだろう。俺たちはそれを持って帰って遊んでいたのだなと思う。
 「長老達は泣き声で俺たちを選別したわけだが、生まれたときから二人の声はだいぶ違ったんだろうな。大きい声だから俺のほうを残したなんて、今思うと、長老たちは音感が無かったな」とトンは笑う。
 「トンも歌ってよ。チキの供養だよ」とあにぃがトンを促すと、トンは、
 「二人の美声の後で俺が歌ったのでは、折角いい気分で聴いていたチキが、がっくりしてしまうかも知れないぞ」と言う。
 「俺はトンの声は大好きだよ。厳めしいんだけど優しそうな声で。トンにぴったりな声だと思うよ。それとも、そういう声だからトンみたいな人になったのかな」と俺は言う。
 「歌うのは久しぶりだからね、許してくれよチキ。この歌は、どこかで聞いたことがあったのか、自分の中から勝手に湧いてきたのかわからないが、チキが死んでからいつも自分の心の中で鳴っているんだ。声に出して歌うのははじめてだがね」
 まるで少年のようにはにかみながら、はにかむからこそ大声で、トンも歌い始めた。
Eric Clapton - Tears in Heaven live Crossroads 2013

 初めて聞く歌だったがあにぃも俺もすぐに覚えて、トンにあわせて一緒に歌い始めた。
 俺たちは何度も何度もこの歌を歌った。3人で歌っているのに、岩穴が反響してまるで数十人で合唱しているように感じた。(2018.12/30)

                 

 「そろそろ分かれ道にさしかかる。魚油の灯りを持っては進みにくくなる。アニ、発光してくれるか?」
 とトンが言う。
 「ああ。光度を上げていくから、ちょうど良い光になったら言ってくれ」
 あにぃの身体が赤く浮き上がった。あにぃの全身は赤い光のシルエットでしかなくなり、顔も全く判別できなくなる。そして次第に橙色に変化していく。俺はあにぃが光るところをはじめて見たが、何も知らずに見たら幽霊よりも不気味なものに見えるだろう。わざわざ金縛りにしなくても、一目見ただけで敵はビックリして腰を抜かすだろうと思う。俺も出来ることならあんな風に光だけになって、あにぃとからみ合ってみたい。橙と青の光だけになって交錯するのはとても素敵だろう。遠い未来の人間は、案外そんな風になっているのかも知れない。
 「光度を上げると、赤~橙~黄~白~青と色が変化するんだ」とあにぃは言う。
 「橙で十分だ。光ると体力を消耗するんだったな」トンが言う。
 「光度にもよるが、連続だと四半日もつかもたないかだ」あにぃが答える。
 「身体の一部だけ光らせて、しかも進行方向だけ光が行くようにできるか?それだと体力の消耗が少ないだろう?」
 「こんな感じか?」
 あにぃは頭の上部を光らせた。トンが黒い布を取り出してあにぃの頭の周囲を覆うと上手い具合に光が集まり、前方だけを照らすようになった。あにぃが左右に頭を振ると光も左右に振れる。
 そのまま少し進むと、少し広い空間があり、そこで三つの道に分かれていた。今入ってきた道を合わせるとこの空間には四つの道が通じていることになる。それらは、ほぼ直角に交差している。
 あにぃと俺はここを‘四辻の洞’と名付けた。(☆洞窟平面図

 「三つの道のうち、俺が入ったことがあるのは左と前方なんだ。左は今日の装備では危険だ。右はまだ入ったことが無い盲道(めくらみち)だ。今日入るのは前方の道だ」
 とトンは言う。俺たちは、前方の道に入った。次第に下り坂になり、徐々に傾斜が急になった。天井が低くなっている場所もあるので、立ったり座ったりしながら降りて行く。そのまましばらく下ると、ほぼ縦穴のような場所にさしかかった。
 「アニ、下を照らしてくれ」
 とトンが言う。あにぃが照らすと、そこには八角小屋の縦穴の入口とそっくりの階段があった。
 「これも人工のものだね」
 「そう。そしてこれもチキが作ったものでは無い」とトンは言う。
 「要所要所に人が手を加えたものがあるんだな。何に使っていたんだろうね?軍事なのか、祭祀なのか、埋葬なのか、それとも単純に遊びのためだったか?」
 と、あにぃは言う。
 「全くわからない。チキもわからないと言っていた」
 階段を下っていくと、川のせせらぎのような音が聞こえて来る。
 「川が流れているの?」と聞くと、トンは
 「ああ。この先に川があるんだ」と言う。
 階段を下りきると、広い空間が眼前に広がった。川は中央に流れていた。川幅はあにぃの身長の倍くらいある。地下の世界に川まで流れているなどということは、俺は想像したことも無かった。アリの巣に住みたいと思っていた頃の俺の夢は、何とスケールが小さかったのだろう。
 あにぃと俺はこの空間を‘清流の洞’と名付けた。(☆洞窟平面図) (2019.1/4)

                   

 あにぃが照らす光の先には、丸木舟が繫留してあった。
 「この舟はチキが持ち込んだものなんだ」と、トンが言う。
 「どうやってここまで舟を持ち込めたの?狭い場所も急な坂もあるのに」
 と聞くと、トンは、
 「川の出口があるんだ。そこから持ち込んだんだよ」と言う。
 俺たちは舟に乗り込んだ。2組の櫂であにぃと俺が舟を漕ぐ。流れに逆らって進んでいるが、水流はごく微かなものでほとんど負担にもならない。トンは火を起こし、魚油に灯を灯している。
 「アニ、発光はしばらく休んでいてくれ。この魚油の灯火で十分だから」とトンは言う。
 川を取り囲む壁面は、さっきまでの純白から、まだらな灰色と紫色混じりの縞が入った白い岩に変わっていた。岩壁のところどころに、大きな卵型の穴があいている。岩の縞模様が綺麗にそれに沿い、少し不気味な蝶の模様のような妖しいが美しい模様を作っている。水面は青く、浅いところには岩肌の縞模様がはっきり見えていた。透明な水なのだなと思う。
 川は蛇行しながら、大きな円弧を描いて少しずつ左に曲がっているらしい。あにぃに確認するとあにぃもそうだと言う。
 トンは、自分は方向感覚が鈍いから少し蛇行するとわけがわからなくなる。特にこういう地上の景色が見えない場所ではまったく駄目だ。お前たちは凄いな、と言う。
 「トンはそれでよく戦をこなせたもんだ、総大将が逆走したらみんなが困るだろうに」
 俺がからかうと、
 「チキから前もって地形を聞いたり、夜は誰かしら夜目が利くヤツ、方向感覚が優れたヤツを頼りにするのさ。色んな人材を上手に使うのが総大将の力量というもんだぞ。ナギ、良く覚えておけ」
 トンは、とぼけているとも、生真面目ともつかない調子で答える。
 総大将の力量はともかくとして、位置を把握する方法というのは、人により千差万別だと思う。俺は空から見た図を頭の中に思い浮かべるが、図を思い浮かべない者も居る。‘こっちの方向に一完歩、二完歩’とか、‘歩いて左に50歩、100歩’とかの数で把握している馬乗りが居たのに驚いたことがある。ああいうヤツこそ洞窟向きなのだろう。光が無いところでもきっと生きられる。先祖はモグラだったのかも知れない。あにぃもトンも何か考えるときはすぐに図を描きたがる、俺もまあそっちのほうだ。しかしあいつは図を描かない。かわりに、○×とか、一~正とかの記号を書く。絵が描けないというわけでは無い。動物や人や樹木の絵を描くことは他の者以上に好きなのだ。しかしその絵は奇妙だ。あいつが人を描くと殆どが後ろ向きだし、描き順も逆で、足から上につなげていって最後に頭を描く。
 馬乗りだから一完歩二完歩だが、あいつが船乗りだったら一漕ぎ二漕ぎと言うのだろう。舟のほうが自分で大きな力を使うぶん、馬に乗っているときより数が身体の記憶に残りやすい。なんだか歌をうたうのと似たところがある。今もそうだ。自然に歌が湧いてくる。いつもよりゆったりしているが強いリズムの歌を身体が求めている。
 そんなとりとめの無いことを考えながら舟を漕いでいると、急に川幅が広くなった。進むに連れてどんどん川幅が増す。天井が高く開けると急に視界が広がった。前方から日の光が差し込んでいる。
 そこには見た事も無いくらいの大きな池が拡がっていた。水は青く、限りなく澄み、底までもはっきり見渡せる。岩肌はさっきと同じ、白を基調の縞模様だった。澄んだ青色の水中には水草も苔すらも生えていない。生き物の気配は見当たらなかった。
 「なんて大きな池なんだ・・・洞窟の中にこんな雄大な場所があるなんて、まるで海みたいじゃ無いか」
 俺が感嘆の声をあげると、
 「ナギ、これは池では無く、湖というものだよ。それにしてもなんて綺麗なんだ。神々しいほどだ」
 とあにぃも感嘆する。あにぃと俺はこの空間を‘洞の湖’と名付けた。(☆洞窟平面図
 「あそこに舟をすすめてくれ」と、トンが光の方向を指さした。指さす方向に、洞窟の裂け目ができている。そこから光が束になって降り注いでいる。久々の地上の光を見ると、さすがにほっとする。おまけにこの素晴らしい景観。俺たちの心は高揚した。
 俺たちはご機嫌になり、歌を歌い始めた。歌と言っても今度のは歌詞が無く、ドンドコドコドコ、とトンが舟べりを叩く音に合わせて、あにぃと俺が勢いよく舟を漕ぎながら、あぁあぁあぁーーーーああーーっ、とかん高い声で叫ぶだけのものだ。勢い盛んな舟は、あっという間に湖を縦断し、洞窟の裂け目にたどりつく。

 洞窟の裂け目は、一艘の舟がやっと通り抜けられる幅だった。櫂を閉じて洞窟をすり抜けると、外界は慣れ親しんだ地上の世界だった。日の光がさんさんと降り注いでいる。暑い。暗闇に慣れた目がくらくらする。しばらく目を閉じたり開いたりしているうちにようやく風景を見ることができた。水面が広がっていた。洞窟の湖は、地上の池とつながっていたのだ。
 「チキと一緒にこの舟を入れた池がこれだ
 とトンは言う。しかしそう言った直後、トンは驚いたように急に無言になった。そして不思議そうに周りを見回している。
 「おかしいな?俺が思っていたのとは違う池に出たんだが・・どういうことだ?」
 「また狸か狐に化かされてる?」と俺が聞くと、トンは、
 「ああ、どうやらそのようだ」と言う。
 あにぃは、櫂を漕ぐ手を休めてじっと考え込んでいたが、
 「トンは、その池から洞窟に入ったこともあれば、出たこともあるんだね?それは今と同じくらいの時刻だったのか?」と聞く。
 「いや、両方とも全然違う時刻だな。俺はチキと一緒に2回その池に行ってるが、一回目、つまり舟を洞窟に入れたのは夕方だった。二回目は、今と同じように洞窟を出た時、あれは朝だった」とトンは言う。「俺はどうもこのあたりの土地で、迷子になることが多いんだよ。チキに会いに行く時、俺はよく道に迷った」

 「ミラ・ポトの地下道が違う地下室につながっていたのに似てるけど、トンが前に行った池は、夕方と朝でも、つまり時間と関係無く‘洞の湖’とつながってた。ミラ・ポトの地下道とは話が違うね。地下道は時間が変わるたびに違う地下室につながるんだからね」(☆鳥瞰図1.2.4.
 俺が言うと、あにぃはまたしばらく考えた込んだ後、
 「いや、同じ理屈かも知れないぞ、トン、その2回って、季節は同じだったの?」と聞く。
 「いや、舟を洞窟に入れたのは初夏の夕方だ。洞窟から出たのは初冬の朝だ」
 と、トンは答える。
 「初夏と初冬なのか。真逆の季節なんだな。時間も真逆だ。少しだけヒントを得たような気がするよ。トンがこのあたりで良く迷子になることにも関係があるかも知れない」
 とあにぃは言う。
 「ナギ、なぞなぞだ。一日の内で時間が経つと変わるが、真逆の季節の朝と夕方が同じになるものなーんだ?」
 俺は即答した。「それは、星空だ。太陽はどの季節も朝と夕方では真逆だし、月も違うもの」
 「そう。星空だ。それから先は俺にもよくわかっていないから、後で図を描いてゆっくり考えてみることにするが、ここの土地を解く鍵は星空のような気がする」
 と、あにぃは言う。
 「俺にはまださっぱりだ。こういう事はだいたいアニの言う事を1日遅れで俺が理解する事が多いからな。俺も明日になったら少しぴんとくるかも知れない」
 と、トンは苦笑する。
 「とりあえず、今日はこの池をそのまま受け止めるとしよう。それより今日、もう一つ是非見てもらいたいところがあるから」とトンは言う。
 俺たちはこの池を‘初秋の昼の池’と名付けた。(☆洞窟平面図)(2019.1/5)

        

 俺たちは池を一周した後、再度、洞窟の裂け目をくぐり、さっきとは逆に、光の世界から闇の世界に舞い戻った。
 湖は3つの川の交差点になっている。入ってきた川。その延長線上に続いている川。そしてそれらとほぼ直角に左に入ってゆく川。トンはまた魚油の灯火を点ける。「また暗闇に入る。目が慣れていないから注意して漕げよ」
 川の入口こそ入り込む水と出てくる水で軽く渦を作っていたが、進むにつれて穏やかな水面になっていった。さっきと岩も水も変わらないのに、輝くような日の光を見た直後のせいか、風景はずいぶん陰鬱に感じられた。入口は十分過ぎる幅だったのがだんだん狭まってくるにつれて閉塞感が増した。次第に舟がやっと通れるほどの川幅になり、注意しないと櫂を岩肌にぶつけそうになる。この川は、水流が全くといってよいほど無い。川といっても、流れるというより水が溜まっているだけなのかも知れない。

 しばらく進んで行った時、トンが灯りを掲げて言った。
 「ここから先、自然の川なのかどうか、どうも疑問の余地があるんだ。ゆっくり進んで岩肌に注意して見てくれ」
 あにぃは、「俺も発光してみよう」と言って櫂を置き、舟を漕ぐのを俺一人に任せ、橙の光で岩肌を照らす。俺もゆっくりと櫂を動かした。
 確かにさっきまでの岩肌と違い、凹凸も少なく、まるで人が割ったり削ったりした岩肌に見える。しかし天井にはところどころ滑らかな突起物も、つらら状の石もあり、今まで見てきたところと変わらない。川底の深いところに像の固まりのようなものが見えるのも同じだった。
 「幅の狭い川だったのを、舟が通れるよう横幅だけ人工的に拡げたんじゃ無いか、とチキと話していたんだよ」
 とトンは言う。そうかも知れない。
 「ちょっと光を止めるよ」と急にあにぃが言った。
 「なんだか急に疲れてきたんだ」と、あにぃにしては珍しいことを言う。
 「ああ。ここは魚油だけで十分だ。無駄な力を使わなくて良い。この川幅ではどうせゆっくりしか進めないさ。舟を漕ぐのもそのままナギ一人に任せて、アニは少し安め」
 とトンは言う。
 
 川幅が広がり、浅くなり、俺たちが立って歩けるほどの水深になった。チキが作ったという船着場があった。繋留して舟を下りる。岩肌はいつの間にか‘洞の広場’にあったような真っ白な岩肌に変わっていた。‘洞の広場’ほどの広さは無いが、天井はとてつもなく高い。岩壁に接して幅広の階段が作られていた。
 「この階段もどう見ても人工のものだが、もちろんチキが作ったのでは無い」
 と、トンが言う。
 階段をゆっくり上っていくと、空間は次第に広がってゆき、霜柱のような繊細な岩、三角錐の形をした岩、柱のような岩がそれぞれ岩壁に張り付き、群生している。まるで氷のように見えるので、トンの魚油の灯火で溶けないかとつい心配になるが溶ける心配は無い。岩なのだから。
 「ああ、なんて神々しいんだ」と言ったきり、あにぃと俺は言葉を失う。さっきは、疲れた、と言っていたのに、あにぃは美しい光景をもっとはっきり見たいのか、再び身体を光らせる。赤~橙~黄~白~青とあにぃが光度を上げるにつれ、岩の色もどんどん変化し、あにぃは「なんて綺麗な世界なんだ」と感嘆する。
 あにぃの呼吸が荒いのを見て、トンが制止した。
 「アニ、もうやめておけ」
 あにぃに触ってみると、あにぃの額は熱く、大汗をかいている。
 「あにぃ、無理しないでよ。熱が出てるじゃ無いか」
 「そうだな。また来ればいいんだものな。いつでも来られるんだものな」
 と、あにぃも素直に頷いて光を消した。
 壁面の小さなくぼみの中に、少し黄色がかった丸い玉が無数に入っていた。まん丸で、まるで真珠のようだ。大きいもの小さいもの、本当に無数に入っている。
 「持って帰ろうか。サダとシチにあげたらとても喜ぶと思うよ。シンだってきっと喜ぶよ」
 俺が言うとトンも、そうだな、と言って、中くらいのを4つ、小さいのを2つ拾った。中くらいの2つをアニと俺に渡し、最後に大きいのを一つ拾い「これは今度チキのところに持って行く」と言う。

【ナギの脳内の洞窟平面図】      


 階段の最上段に着いた。階段の最後の数段は狭まっており、そこをすり抜けると横穴の洞窟があった。
 「ここを二人に是非見せたかったんだ。見せたかったと言うより見てもらいたい」
 トンは、持って来た荷物の中から布を取り出し、水筒の水で湿らせ、これで綺麗に手を拭けと俺たちに言う。泥に触ることも無かったから、俺たちの手は全く汚れていないのに、と不思議に思ったが、トンの言うとおりに俺たちは丁寧に手を拭った。

 薄暗がりの中、洞窟の中央に、木製の像が立っているのがわかった。ちょうどあにぃくらいの体格の人の像だ。等身大なのだと思う。人では無く、神さまなのかも知れない。
 床に魚油の灯火を置いて、トンも丁寧に手を拭っている。灯火が床に置いてあるので肩から下にしか光が当たらず、お顔は暗闇の中でまだ見えないが、横から見える背中と腹の曲線がとても美しい。あにぃの身体の曲線に酷似している。まるでリラックスして少し脱力しているときのあにぃのシルエットのようだ。
 風神さまの生き写しと言われているあにぃにそっくりなんだから、つまりこれは、風神さまの像なのだろう、と俺は思った。
 風神さまは天に召されたが、あれほどのお方だから、きっと残された人々はそのお姿を残したかっただろう。皆が力をあわせて風神さまを偲ぶ像を作ったのかも知れない。ひょっとしたらこの洞窟全体が、風神さまを祀ったものなんじゃないかな、と俺は思った。
 トンが近寄って灯りをかざした。像の頭部が暗闇からはっきり姿を現したとき、俺は全く予期しなかったものを見てその場に凝固した。あにぃも驚いて絶句した。
 頭部には顔が無くのっぺらぼうだった。それは単なる卵形の丸い木の塊だった。

 「これはどなたの像だと思う?」
 と、俺たちの反応を見ながらトンが訊ねる。
 「わかるはずが無いじゃないか。いったいどういうことなんだ?」
 俺の声は震えていた。俺たちの風神さま、あにぃが生き写しだと言われている風神さまのお顔をのっぺらぼうに作るなんて酷い、と思ったからだ。それともまだ制作途中で、これからお顔を彫ろうとしていたのだろうか?いや、この像はきちんと土台の上に設置されているので、それはあり得ない。頭部が単なる丸い木材だと言っても、表面は丁寧に滑らかに磨かれている。どう見ても完成形としてここに置かれたものにしか見えなかった。
 像は、両手で丸い玉を持っておられる。さっき壁面の中にたくさんあった玉の、最も大きなものだと思う。薄衣のようなものを羽織られている。衣は裾広がりで、これにも精巧な彫刻が丁寧にほどこされている。
 「お顔を見るまではてっきり風神さまだと思っていたんだよ。でも違うだろうね。風神さまなら、お顔が無い意味がまったくわからないもの」と俺は答える。
 しいて言えば、今日光って顔が見えなくなっていたときのあにぃはこんな感じだったと思う。そうだとしてもこの像は酷い、と思った。
 「これは、風神さまの敵の神様が作った嫌がらせの像なのかも知れない。チキはこの方をどなただって言ってたの?」俺は聞く。
 「チキもまったくわからないと言っていた。いろんな仮説は立てていた。しかしどれもいまいち決め手に欠けると」
 トンはそう言いながら、光を色々な角度から木像に当てて見ていた。
 あにぃは木像をじっと見つめたまま沈黙していたが、
 「シルエットが俺に似ていると言うが、ナギにだって似ている。あと5年もしたらナギはきっとこんな風になるはずだ。というより、俺は成長するナギをちょうどこんな風に想像している時がある」
 と言う。俺の顔が歪んだ。俺は泣きそうになった。
 「こんなのっぺらぼうが俺なのかよ?あにぃは俺の顔が無いのが良いのかよ?いつもあんなに俺のことを可愛い可愛いって言っているくせに」
 「顔が無いのが好きとか嫌いとかそういう事じゃ無い。さっきからこの像をじっと見つめていて、とても不思議な気持ちになった。トンの灯りの位置によって、俺のイメージの勇者にも重なるし、荒ぶる暴れん坊にも重なる。ご自分を犠牲にして皆を救われる慈悲深い方のようにも見えてくる。神様にも見えれば、魔物にも見える。成長していくナギにも見える。色々な人の顔が浮かぶ。今までに出会ったすべての人に重なると言っても良い」
 あにぃの話にはまだ続きがありそうだったのに、あにぃは突然、
 「この像が神ならとても失礼なことだが、ちょっと座らせていただく」
 と言ってそこに蹲ってしまった。
 「少し休もう。休んだらすぐに帰り支度をしよう」と言ってトンもあにぃの横に腰をおろした。

 トンから灯りを借り、俺だけが像の周囲を廻って像を点検する。あにぃの様子は心配だったが、俺は、この木像の中がどうなっているのか知りたくてたまらなかったのだ。この像は、大きな一本の木を彫ったものだと思うが、それにしては質感が軽いような気がしていた。一本の木で何かを作るときは、中身を抜いたほうが干割れせずに長持ちすると聞いたことがある。この木像も中身を抜いてあるのだろうか?
 「大変失礼なことをいたします。これから俺はあなた様をコツコツと叩いてみます。どうかお怒りにならないで下さい。天変地異など起こさないで下さい。俺は貴方の中身が詰まっているのか空洞なのかをどうしても知りたいのです。どうぞお許し下さい。」
 俺は両手を合わせブツブツと呟いた。そして恐る恐る叩いてみた。
 コツコツ。。。コツコツ。。。
 天変地異は起きなかった。そして、中身は空洞だった。
 いわば、蝉の抜け殻のようなものだ、と思った。抜け殻だけを残して蝉はどこに飛び立ったのだろう?
 俺は頭上を見上げた。天井に灯りを近づけて見る。穴らしきものがある。俺は、‘鏡’などの地下室から外に出たときのことを思い出した。トンを呼んだ。
 「トン、肩車してくれない?」
 と、トンに穴を指さして言う。
 「前に俺が調べた時には、穴など無かったぞ。穴が出来ているということは、崩れる前兆かも知れない。気をつけて上れよ」とトンは言う。
 トンの肩を借りて上がってみると、整備された部屋一個分ほどの空間があった。そこには‘鏡’などの地下室から出た時のような梯子がかかっていた。これは間違い無くチキがつけたものだろう。さっきの穴も、トンが調べた時より後にチキが作ったのだろう。
 俺は梯子を上った。日の光が差し込んでいた。その出口は今までの地下室と全く同じ構造だった。

 まさか、と思いながらも外に出た俺は驚いた。そこから見える景色は、‘鏡’‘壺’‘楽’から出た時の景色と全く同じだった。向こうに七つ小屋が見えた。そして‘ポト’が‘ミラ’に重なる方向には、午後の太陽が天高く昇っていた。(☆洞窟平面図)(2019.1/6)
                    

999999999/////////////////////////////////////////奇跡の血量 の最初から読む

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9.砂の岬  土星(Saturn)

Music image Stevie Wonder  Saturn (1976)
From‘Songs in the Key of Life’


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  俺が戻ったとき、あにぃは像の前に仰向けになり、トンの膝に上半身を預けて眠っていた。
 「かなりの熱だ。早く戻ったほうが良い。しかし来た経路で戻るのは難しいだろうな」
 と、トンは言う。
 俺は、この上が例の丘になっていることを話し、ここから上にあにぃを上げる事さえ出来れば、後は地上を行くだけだから、それが一番楽で安全なんじゃ無いか、とトンに言った。トンは頷いて、持って来た荷物の中から大きな布と長くて丈夫な綱を取り出し、これであにぃを上に上げられるだろう、と言う。
 「トン、さすがだ」と言うと
 「洞窟を舐めたらいけないぞ。常に遭難を予期してこの程度は用意しておかないといけない。地下は地上とは別物だから」と言う。
 トンと俺はあにぃの胴体を布と綱で昆布巻きのようにして、トンが持って来ていた小型の滑車を使ってあにぃを地上に引きあげた。あにぃの手足は力なく重力のなすがまま、だらんと垂れ下がった。
 丘の上で布と綱を解いた時、あにぃは少しだけ目を覚まし、
 「すまん、力が全く入らない」
 と一言言って、すぐにまた眠ってしまった。トンは急いで七つ小屋に戻り、すぐに馬を連れて戻ってきた。
 「馬にアニを乗せて小屋に戻れ。俺はもう一度地下に戻って舟を元に戻してから帰る」と言う。
 「トン、気をつけてね。さすがに種付けは中止だな」
 と言うと
 「種付は焦ることも無い。今月だめでも来月またやればいいだけのことだ」
 と言う。
 七つ小屋の上には、やはりさっきと同じように太陽が見えていた。
 「ほら」と七つ小屋と太陽を指さすと、トンも「ああ。いつでも同じだな」
 と言う。
  俺はトンの助けを借りてあにぃを俯せに馬に乗せる。年とった大人しい黒鹿毛だ。馬を少し牽いてみると、あにぃの頭がずり落ちて身体が滑り落ちそうになるので、全身を縄で馬にくくりつけ、ゆっくりゆっくり七つ小屋の方向に向かった。
 
 ‘ミラ’小屋に戻ると、シンが出迎えて手助けしてくれた。あにぃを黒い敷物の上に横たわらせ、布をかける。シンは食料を用意し、湯まで湧かしておいてくれていた。
 「ありがとう」と言うと、
 「ナギはアニの面倒を見ていればいい。俺は、今夜は‘ポト’に泊まってサダとシチの面倒をみるから乳牛の心配はしなくて良いぞ。厩舎のほうは人手が足りているから、今日は俺が抜けても大丈夫なんだ」と言う。
 サダとシチも心配そうに寄って来た。
 「サダ、シチ、あにぃが急に熱を出してしまった。遊べなくってごめんよ」
 と言うと、サダとシチは不安そうにシンを見る。シンが「今夜は俺も泊まるから」というと少し安心した様子を見せる。
 「ナギ、綺麗な玉のおみやげありがとう。さっきトンからもらったよ。サダとシチも大喜びだった。サダ、シチ、さあ‘ポト’部屋に戻ろうな」
 そう促しても、サダはあにぃの横に座り、心配そうにあにぃの額に触ったままだ。
 「大丈夫だよ。あにぃには俺がついてるから」
 と言うと、ようやく頷いてシンの後について出て行った。

 俺はあにぃに水筒で水を飲ませようとしてみる。あにぃはほんの一口飲み込むと、残りは唇の端から垂らしてしまい、またすぐに眠ってしまう。あにぃの汗が酷い。衣を脱がせると、下着から衣まで全部汗でぐっしょりだった。シンが用意してくれた湯で布を湿らせ、あにぃの全身を拭いてやる。あにぃは時折、力の無い声でうわごとのように「ナギ、ナギ」と俺の名を呼ぶ。
 それにしても、全身で発光しても四半日は持つと言っていたのに、あにぃはどうして急に体力を失ってしまったのだろう?洞窟はそんなに特殊な場所なんだろうか?俺は、あにぃの身体を拭きながら、あにぃが発光した場面を反芻してみる。全部で3回だけだ。(☆洞窟平面図
 1回目.‘四つ辻の洞’から‘清流の洞’で舟に乗り少し進んだところまで
 2回目.‘洞の湖’から‘木像の洞’の中間地点
 3回目.‘木像の洞’の階段の途中
 どう多く見積もっても四半日などには遠く及ばない。1回目は元気だった。その後も変わった様子は無かった。‘洞の湖’では俺と一緒に‘あーあー’なんて叫ぶ歌まで歌っていたんだから。
 2回目に発光してしばらくして急に‘疲れた’と言いはじめた。体調が悪くなったのはあの時からだ。そうだ‘木像の洞’に近づくにつれて体調が悪くなっていった。あの‘木像’が原因か?やはりあの‘木像’は、風神さまの敵性のものなのだろうか?でも、同じ風神さまの血をひくトンに変わった様子は何も無いのだ。
 気がつかない間にあにぃ一人だけ何かの毒に触ったのか?それとも洞窟内にはあにぃが発光することであにぃの身体に悪い作用を及ぼす物質があって、それが時間の経過で身体に蓄積したのか?
 俺はあにぃの身体を裏返し、俯せにした。発熱のせいか、黒い敷物に寝せているせいか、あにぃの身体はいつもより桃色がかって見える。発疹や腫れ物が出来ていないかと全身をくまなく調べてみたが、そんなものはどこにも見当たらない。ところどころ擦り傷のような痕が赤く残っているのは、‘木像の洞’から昆布巻きのようにして地上に吊り上げたときに擦れたものだろう。
 汗は、頭の裏側から首と、腰回りの部分が酷かった。首回りと腰回りを拭ってから、もう一度湯で布を絞りなおして、足のほうからゆっくりと全身を拭いてやった。
 身体を拭き終わり、仰向けにして掛け布を掛け、シンが置いていってくれた握り飯を俺がほおばっていると、トンが戻ってきた。
 「こんな具合でずっと眠っているよ。発疹も腫れ物も無いから、流行り病いなんかじゃ無いと思うよ」
 と言うと、トンは、
 「痛いところは無いのか?」
 と言って、掛け布を取り去り、首から下に向かって、身体中を圧してみている。腹のあたりを平手で強めに圧すが、反射のように「う゛ー」という声を発するだけで身体は伸ばしたままだった。裏返しにして、足から上に向かって「内臓をやられると脚が凝ったりするんだぞ」と言いながら圧していく。腰回りから背骨の両側を特に注意深く圧し「このへんが肝なんだ」と言うがやはり何の反応も無い。
 「痛いところは無さそうだな。熱発だけなのかな。子供の頃、寝込んだとき以来だよ。あのときは高熱で火の玉みたいになって。うなされて。心配したもんだが3日もすると元気になった」とトンは言う。 
 「俺はこれから用事で戻らないといけないが、ナギ、頼んだぞ。頻繁に冷たい水で浸した布を頭に乗せて冷やすんだ。ときどき起こして水を飲ませるのを忘れるな。水を汲んできてあるから、水が足りなくなることは無いだろう」
 「トンも疲れたろうに?腰痛くなって無いか?」と聞くと「俺はいつも通りだよ」と言う。
 すっかり忘れていたが、トンが持って帰ると言っていた巻物のことを思い出し、
 「巻物を忘れないでね。ついでに帰り道でまた迷子にならないでよ」と言うと、
 「ああ。しかし今日は巻物を見ている暇は無さそうだ。明日の朝、アニの様子を見にまた来る。そのときに持って帰ることにするよ」
 と言って出て行った。

 俺はあにぃに替えの下着を着せ、俺も替えの下着に着替えて、掛け布に潜り込みあにぃに添い寝する。俺は、‘そうだ、あとで汗だくになっていたあにぃの衣類を洗濯しなくちゃな’などと思いながら、今日起こったことを反芻する。
 あにぃが言っていたこの土地の不思議と星空との関連、位置を変えない太陽のこと。(☆註:星空との関連)(☆:註位置を変えない太陽
 そして、そうか、生まれてすぐここに連れてこられ、ずっとここで暮らしていたチキには、太陽は位置を変えない、というのが当たり前に体に染みついた感覚だったろう、と気付いた。
 大人になって色々な土地を旅するようになるまで、チキはこの土地から一歩も外に出なかった。旅先の土地で太陽が東から昇り西に沈むのを初めて見たとき、チキはずいぶんと戸惑ったに違い無い。
☆註:色々な土地)(☆註:鏡作りに熱中していた頃色々な土地

 太陽の方向が一日中変わらないということは、東西南北が無いということだ。いや、北だけはあるのか・・・北だけがあって、南・東・西は同じものだということになるんじゃ無いか?そんなチキの頭の中に、地図はいったいどんな絵で描かれていたのだろう?
 時にしたってそうだ。こんな太陽で日時計は作れるだろうか?それともこんな太陽と暮らす者は、日時計なんて作ろうとも思わないのだろうか?それなら砂時計は?この土地には海が無いが、砂は調達できたのだろうか?
 俺たちの当たり前のことが、チキには当たり前では無かったんだ。逆にチキにとって当たり前のことが、俺たちにとっては当たり前では無いのだろう。
 ここはまるで他の星の植民地のようだ。赤ん坊の頃に違う星に連れて行かれ、そこで育てられた人間を想像した。たぶんそれがチキなのだ。
 チキは、神様から見た絵柄を想像して、七ツ星と裏返しの形で七つ小屋を作ったとトンは言っていた。(☆註:七棟の小屋の配列
 この世にはここ以外にも、きっと色々な土地があるのだろう。もし神様が星空の向こうでは無く、横側に住んでおられたら、神様がごらんになる星空はどんな形をしているのだろう?あにぃは、袋に入って天から落ちてきた赤ん坊だったと聞く。身体の形は砂の岬のみんなと同じだけれど、あにぃは光ったり、芳香を放ったり、他の人たちとはっきり違うところがある。あにぃはどこから落ちてきた? 俺も桃に入って川を流れて来たという。いったいどこで桃に入れられた?
 またいつもの切なさが襲ってきた。俺があにぃをぎゅっと抱きしめ「あにぃの熱が早く下がりますように」と神様にお願いすると、あにぃの唇が「ナギ・・ナギ」と微かに動いた。(2019.1/7)
                
               

(乳牛文字)

 さっきまで縄を綯っていたシンが、壁にもたれて居眠りを始めた。
 あの匂いがしているわ、と、シチは思った。昨日‘壺’で匂っていたものと同じものだ。地下道から流れ込んでいるのだろう。
 そういえば・・・とシチは思う。昨日‘壺’に行った時間は、ちょうど今頃だった。

 シチは、さっき‘ミラ’小屋に行ったとき、机の上に置かれている石版に乳牛の言葉である‘文字’のようなものが刻まれていたことが、ずっと気になっていた。
 「きゅん」と鳴いてサダの注意を促し、乳牛の‘文字’で語りかける。(☆註:乳牛の言葉
 「サダねえちゃん、‘ミラ’にあった石版に文字が書いてあるのに気がついてた?」
 「ええ。見たわ。‘隕石’と書いてあったような気がした。私もずっと気になってたの」
 文字を書ける乳牛は居ないはずだ。文字を読める男も居ないはずだ。文字は乳牛同士の心の交信手段にしか過ぎない。それなのに、何故、あんな石版がこの世に存在するのだろう?「石版は大昔のものなのかしら?大昔には文字を思うだけじゃ無くて、書くことができる乳牛も居たのかしら?」 
 「ねえちゃん、私、‘ミラ’小屋に行ってみる。行って確かめたい」シチが言う。
 サダは、居眠りをするシンを見た。シンは壁の前に転がってぐっすり眠ってしまっている。あの匂いは、男たちを眠らせてしまうんだな、と思う。私たちはぜんぜん眠くならないのに。
 「私も行くわ」とサダが言った。

 ‘ミラ’小屋にも‘ポト’とまったく同じ匂いが漂っていた。音をたてないように静かに入って行くと、アニとナギも、一枚の黒い布にくるまってすやすやと眠っていた。アニは高熱で、ナギはあの匂いで眠ってしまっているのだろう。

 サダは机の上の石版と紙冊子を調べ始めた。紙冊子のものが5冊、石版のものが3個置いてあった。読める文字と読めない文字が混ざっている。
 紙冊子のものは表紙を除いてほとんど読めない文字ばかりだ。表紙に書いてある2行だけを読むことができた。5冊とも同じ場所に同じことが書いてある。
 『イオの協力を得て、砂の岬の乳牛文字に訳したものを、
  題名○○の巻物に書き留めた』
 ○○の部分にはそれぞれ違う題名が書いてある。そういう題名の訳書が巻物としてどこかにあるということだろう。
 イオという名の乳牛はご先祖にたくさん居るし、乳牛の始祖になった方だといわれる方のお名前もイオだった。いわば乳牛の各世代にイオがいるので、どなたを指しているのか名前だけでは特定しにくい。
 石版に彫ってある文字は全部読める。「北斗七星」「土星」そしてさっき見た「隕石」。石版の中央にはそれぞれの絵が描かれている。
 
 シチは、‘トンへ、チキより’と書いてある巻物を開いて読んでいた。チキが亡くなる前に、トンに向けて書き残した手紙のようだった。(☆註:窓の下の鍵付きの箱

 『僕の大切な兄、トンに伝えておきたいことがあってこの巻物を残します。この乳牛文字をトンが読めるようになるかどうかわかりません。でも砂の岬の土着の乳牛なら読めるでしょう。読んだ乳牛が、何らかの方法でトンに伝えてくれたら大変感謝します。もしトンに伝える方法が見つからず、トンに伝えることが出来なかったとしても、いつかこれを読んでくれる人がいたらと思う』
 
 シチは巻物の世界に入り込んでしまったように、夢中で巻物を読み進めていた。読み終えたとき、これは絶対にトンに伝えなければいけないものだ、と思った。チキが最後の力を振り絞ってトンに宛てて書いたものだということもさることながら、乳牛文字にこんなに興味を持ってくれたのは素晴らしい事だと思った。何とかしてトンにこの手紙の内容を伝える手段が無いだろうか?
 まずはこの内容を正確に記憶しよう。サダねえちゃんにも記憶してもらおう、とシチは思い、「きゅん」と鳴いてサダに巻物を渡すと、サダも熱心に読んだ。

 「昨日、‘壺’に居る時、アニは私の心の中の文字を読んでくれてたわ。アニと私は音声と文字で会話ができてた。‘壺’の匂いがしている間だけなら、アニは乳牛文字をわかってくれると思うの」とサダは言う。
 「でも今はあんなに熱が出ているんですもの、話しかけたりしたらいけないわね」
 ナギに伝えたらどうだろう?ナギにも乳牛文字は伝わっていた。でも途中から妄想で錯乱してしまった・・。ナギにはあの匂いは刺激が強すぎるのかも知れない、やはりアニに頼るしか無い。今日はダメだ。でもまだ日にちはある。と、サダとシチは思う。
 毎日、同じ時間になると、あの‘壺’の匂いが‘ミラ’と‘ポト’流れ込んで来るのなら、そのときにアニの熱が下がっていればいいのだ。

 サダとシチは、チキの手紙を一生懸命暗記した。何度もていねいに復唱して、互いの覚えたものを擦り合わせ、暗記したことを確認した。
 ポト’に戻った後も、サダとシチは、チキの手紙を呪文をとなえるかのように何度も復唱した。‘壺’の匂いがあるうちなら、ひょっとしたらシンにも伝わるかも知れないと思い、ぐっすり眠るシンに語りかけてみた。しかしシンはただ眠るだけだった。(2019.1/11)
                      
               

                  
【トン兄へ、チキより】

 トン、昨日も見舞いに来てくれてありがとう。鳥の卵や薬草をありがとう。お心遣い、ありがたく頂戴します。
 トンにもっとたくさん話をしておきたかった。どうやら僕の病気は思っていたよりずっと進行が早いようだ。今、目が覚めたら、声が全く出なくなってしまったことに気付きました。喉を完全にやられてしまったのだと思います。今日またトンが来てくれても、僕はたぶんもう話をすることができないでしょう。僕は、乳牛文字でこれを書き残します。これしか方法が無くなってしまった。
 とは言っても、もうあまり指の力も残っていない。途中で書けなくなってしまうかも知れない。昨日トンが墨をたくさん擦っていってくれたのが、今となってはとても有り難い。

 いつ力が尽きるかわからないので初めに言っておきます。トン、あなたの愛情と心遣いには感謝してもしきれません。長い間本当にありがとう。あなたに出会えたことで、僕はとても幸せな人生を送ることができました。

 集落からはじかれ、この地にこもらざるを得なかったことで、逆に僕はこの地という(僕一人だけの)王国を持つことが出来ました。砂の岬の水源を守る役割を担いつつも、砂の岬には属さない者、砂の岬の規範から自由な者として僕は生きることができた。これは奇跡的なバランスだったと思います。僕が全くの一人きりだったとしたら、僕は獣のように生きるか、狂人になるかのどちらかだったでしょう。しかし幼い頃は長老たちに、長じてからはあなたの友情を得て、その庇護の元に、僕一人の王国の王として生きることができたのです。

 トン、僕は僕の王国について僕の知るすべてをあなたに話してきたわけでは無いが、それは悪気があってのことでは無いことをどうかわかって下さい。僕は、責任あるあなたの心をわずらわせたくなかった。

 トン、あなたは僕と違って、常に集落の責任を負う大変な立場にあります。砂の岬は長老の合議制とはいえ、実質はずっとあなた一人が集落を率いていたと思っています。昔は‘神々’の託宣を受けるのは数人の長老だった。いつの間にかあなた一人が‘神々’の託宣を受ける人になっていた。ごく自然にそうなっていったのです。皆があなたの意見を求めます。あなたは瞬時にたくさんの具体的な問題に結論を下さなくてはならない。あなたのちょっとした判断の誤りや逡巡、神々への報告の瑕疵が集落全体の命取りにすらなりかねない。あなたは若い頃からそんな立場に居る事が当たり前だったから、あまり意識もしていなかったかも知れないが、僕には想像もつかない重い責任です。

 砂の岬の神々・・・僕はこの王国で育ち、この王国の土地について調べるうちに、‘神’と‘神々’は少し違うものなのでは無いかと思うようになっていきました。以前、そんな話を少しした時、トンは、
‘チキは神々についても‘興味を持つ’という言葉がぴったりなんだね。もちろん尊び敬ってはいるが、星や月や太陽や海や山を知りたいと思うのと同じような興味に近いように思える。俺とはずいぶん違う’
 と、言いましたね。その時、僕は、そうか、僕は興味を持つ人であってかまわないが、トンは砂の岬の神々を‘信じる人’であり続ける必要があるんだ、そうで無ければトンがトンで無くなってしまう、ひいては砂の岬が砂の岬であり続けることができなくなってしまうんだ、ということに気付きました。
 トンは砂の岬そのものなのです。というよりも砂の岬そのもので無くてはならない立場の人なのです。しかし僕は砂の岬とは切り離され、僕一人の王国に住み、神と神々は違うのでは無いか、などと勝手なことを考えている人間です。さっき、あなたの心をわずらわせたくなかったので、と言ったのはそういう意味なのです。
 しかし、僕が僕の王国から去る日が近づき、この王国を再びあなたたちの砂の岬にお返しすることになる今、僕は僕の知ったことをあなたに伝えなければならなくなった。
 
 この地(砂の岬全体では無く、僕の王国のこの土地)は、この広い世界の中でも明らかに特殊な土地であると思います。
 物理的には、ここの大地では太陽や星ですら他の土地と違った動きをしている。
 文化的には、この地にはかつて、砂の岬とは異なる歴史と文化があった筈だと僕は思っています。思っているというより、様々な事象がそれを匂わせているといったほうが妥当かも知れません。
 僕自身でも僕の王国の全貌を理解できずに終わりそうなのは残念ですが、これについては後に続く人々の解明を待っています。
 
 僕が知り得たことの客観的な資料として、僕は今までにも乳牛文字を使って書いたたくさんの巻物を残しています。色々なおもちゃのような物も残しています。それらは、僕が作った地下室に納めてあります。地下室はいわば僕の思考の倉庫です。
 僕は地下室にあなたを案内しようと思っていたのに果たせないままになってしまった。しかし、僕の死後、あなたか、あなたに同行する誰かがきっとこれらを見つけてくれると思います。
 地下室は全部で6室です。
 
 僕が作った地下室、と言いましたが、正確に言うと、全部を僕が作ったのではありません。地下室の空間自体はすでにあったのです。七つの小屋や、七つの小屋と地下室を結ぶ地下道もそうでした。
 あなたと一緒に八角小屋の地下を掘ったら、洞窟に階段が続いていたでしょう?あれと同じようなことです。僕はそれらを自分に使いやすいように手を加えただけです。
 七つ小屋については巻物に詳しく書き残しましたが、配置は、元々あったと思われる何らかの構築物の跡です。あのような北斗七星の裏返しのような配置の構築物が元々ここにあったのだと思います。

 そうそう、あなたと探検した後に、僕は例の不思議な木像があった横穴洞窟の上に、他の地下室に似た空間があるのを発見しました。この空間は何も収納せず、がらんどうのままですが、さっき言った全部で6室と言ったのは、それも含めての「6」です。 (2019.1/13)


(重要な一節)・・・・・・・・・

 唐突ですが、重要な事だという気がしているので、先に書いてしまっておきます。
 後で述べる‘土星’に関する文書(翻訳した巻物もあとで見て下さい)の最後のほうに、

 ‘重要な者が去っていく時、人々の記憶からその者の記憶が完全に失われる。真実では無い他の記憶でそれが置き換えられることすらある’

 という記述があります。さらっと書いてあるので、はじめ僕は読み飛ばし、後になって気付いた箇所です。
 実は、意味はよくわからない。
 ‘重要な者’とは誰のことなのか?‘真実では無い他の記憶’とは何なのか?
‘置き換え’は誰の記憶に起こることなのか?既に起きた事だったとしたら、いつ起きたことだったのか?
 僕にはわからなかったが、将来わかることがあるかも知れない。この手紙の他の箇所は忘れてしまっても、この一節は、どうか記憶の片隅にとどめておいて下さい。
 僕にはもう時間が少ししか残されていないから、このような直感や根拠の無い推論も、あえて未整理のまま、語らせてもらいます。


(乳牛が失ったもの、男が失ったもの)・・・・・

 昔々、人間の雌が乳牛になり、音としての言語を失ってしまったとき、僕ら雄は逆に文字を失いました。男と乳牛とに分かれてしまう前の太古の人間は、音としての言葉も、文字としての言葉も、両方持っていたらしい。
 文字とともに、男は祖先の記憶遺伝も失いました。僕らには、自分が生まれた後の記憶しか無いでしょう? ところが、乳牛には祖先から遺伝によって受け継いでいく記憶もあるらしい。もちろん記憶の全部では無いし、常時それを意識しているわけでは無いが、先祖が経験した節目節目の重要な出来事は乳牛の心の奥底に入り込んでいて、必要があるときに蘇ってくるらしい。
 乳牛の個体はみな若くして死んでいってしまうが、記憶は完全には死なないのです。いわば乳牛は、歴史なのです。
 
 *僕らは物語を口承すること、歌を歌うこと、で記憶遺伝と文字の欠落を補っています。口承も歌も、音です。いや、音だけなら獣の鳴き声になってしまうか。僕らのは音列ですね。時間の経過ではじめて意味を持つ。
 *僕らは絵を描くことができる。つまり一瞬の視覚を永遠に固定することができる。
 それなら文字を持つことはさほど困難なことでは無いはずです。絵を記号化しても良いし、言葉を喋れるのだから、音列を記号化したって良い。
 「それなのにどうしてそれが出来ないの?あなたたちに難しいことでは無さそうなのに・・」と、乳牛は僕たちを不思議がっているかも知れません。
 乳牛が失ったのは、喉の機能、舌の機能、絵や文字を書き残すだけの指の機能。これらは、全部身体能力に起因するものだからわかりやすい。しかし僕らからも、文字を持つのに必要な能力の何かが失われたのだと思います。
 僕は乳牛から学んでこのように文字を書けるようになりましたが、僕自身が文字を発明することはできなかった。

 砂の岬の血統表、あれは面白いものです。個々の名前が形として書いてある。名前だけは文字のような記号の形態をとっている。そして血統表の意味合いは歴史です。それなら、血統表は文字言語なのだろうか?それとも絵図なのだろうか?
 僕はあれは絵図だと思っています。歴史を時間としてでは無く、一瞬として表現している。あれが僕らの頭の中の典型なのだと思います。考えを整理したいとき、僕らはすぐに喋りながら絵図を書く。
 
 トンの配慮で紹介された乳牛の内にレアが居たのは、とても幸運なことでした。トン、シン、僕のわがままを聞いてくれて、レアを僕の専属の乳牛扱いにしてくれてありがとう。
 僕はレアとの間にたくさんの乳牛の仔を残したけれど、種付け以上に僕にとって重要だったのは、レアが僕に粘り強く乳牛文字を教えてくれた事、そしてレアがもうひとつの文字、今ではこの砂の岬の集落から失われている古の文字の記憶遺伝を持っていた事でした。
 ひょんな事から、僕は古い石版、紙冊子、巻物を見つけたのですが、その解読にレアは多大な貢献をしてくれた。解読してみると、それは歴史でした。といっても歴史の全貌まではわからない。歴史の断片、あるいは歴史の断片の示唆、というのが適当でしょうか。
 自分自身でもレアから教えてもらった乳牛文字を使って、自分自身が体験したことの記録も残すことができました。

記録は、時代を3分類できます。
(1)古に書かれた文書
   形態・数量:石版(大量)、紙の冊子(少数)
   記録年代:さまざま
   書き手:さまざま。
   文字:石版=現在の乳牛文字に近いもの
      紙の冊子=古の文字
(2)イオという乳牛の協力を得て作られた(1)の紙冊子の一部の訳文
   形態:巻物(少数)
   記録年代:(1)よりは後の時代。イオの生存期間+αの期間
   書き手:恐らく一人の者
   文字:乳牛文字
(3)僕が書いた文書((2)で訳して居なかった紙冊子の訳文+僕自身の記録)
   形態:巻物(大量)
   文字:乳牛文字
                           (2019.1/16)
               

・・砂の岬地方の「北斗七星人」・・・・・・・・・・・・・・・・

‘僕の王国’・・・説明をわかりやすくするために、僭越な言い方かも知れませんが、この地をこう書かせてもらいます。

 ここ‘僕の王国’を含む‘砂の岬’地方一帯には、太古から「北斗七星人」が住んでいました。とは言っても、現在と同じように、ほとんどの人々は岬近くに住んでいたはずです。
 当時の‘僕の王国’の地形はなんら特殊なものでは無く、このあたりには池も川も無く、目だった特徴も無い、ただの平凡な林でした。

 太陽、月、星も、東から昇り西に沈んでいました。

 「北斗七星人」たちは、今僕たちが「北の大きな七つ星」と呼んでいる「北斗七星」を聖なる星として崇めていました。天の北極は時代によってずれていきますが、当時の北極は今よりもずっと北斗七星に近く、今の僕たちが言う「北の小さな七つ星」との中間あたりにあり、北斗七星は今よりずっと小さな円周を描いて天の北極のまわりを回っていたので、今以上に目だって魅力的な星々だったのでしょう。

 北斗七星人はその名の通り、‘7’という数が好きです。

 今の僕たちと同じように地上で生活しており、男と乳牛に分化しておらず、音声言語と、現在の乳牛文字によく似た文字を持っていました。


・・隕石の衝突と「土星人」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大きな隕石が、この‘僕の王国’の地域を襲いました。
 このあたりの地形は劇的に変化しました。大きな隕石は、そのまま地下に潜り込み、現在の‘僕の王国’地域そのものになりました。‘僕の王国’を取り囲むように点在する池も川もこの時に出来たものです。洞窟内に円周を描いている地下河川の大部分も同様でしょう。

 潜り込んだ隕石地層の図(想像図ですが)を描いておきます。
 元からあった土地と、潜り込んだ土地の間は、現在に至っても結合せず、‘僕の王国’と元からあった地層の間には水が入り込み、‘僕の王国’は、いわば浮島のように水に浮かんでいるのです。
 さらに元の地層は、まるで串刺しのように細い日本の棒状の岩石で‘僕の王国’の中央部を刺し、さらに‘僕の王国’の最も中央部の岩石は串刺しの元の地層を貫いている。
 こんな風な地層は他には知らない。隕石地層の他の例を僕は知らない。どうしてこのような構造になるのか?僕には解明することができませんでした。

隕石地形の断面図


 記録によれば、この時に隕石に乗って‘僕の王国’地域に降り立ったのが「土星人」。もともと地底人であった土星人は、そのままここの地下で生活を始めた、とあります。
 土星人とは、文字通り土星から来た人々なのか、あるいは北斗七星人が北斗七星を崇めたように、土星人は土星を信仰の対象としただけだったのか?不明です。

 「隕石」の記録が残っているのは北斗七星人の記録と思われる石版だけで、土星人の記録と思われる紙冊子には残っていません。
 残念なことに、紙冊子は絶対数が少ない。

 紙冊子に書かれた土星人の文字は現在は失われた言語です。僕のレアや、前述のイオのように、土星人の記憶遺伝がある乳牛だけしか、今では読むことができません。
 
 土星人は、ここ‘僕の王国’の地下だけでは無く地上にも出てきていましたが、‘僕の王国’の範囲から外に出ることは無かったようです。
 地底人(土星人)が、どのくらいの深さの地中まで生活圏として利用できていたのかはわからないが、紙冊子の記録を見るに、僕らが探検したあの洞窟は、土星人の生活圏の一部に過ぎないようです。

 「土星人」は、土星を聖なる星として崇め、‘6’という数字を好んだようです。

 紙冊子に乳牛の絵があるので、土星人の中に乳牛が存在したことは確実です。人間の女の絵は残っていません。紙冊子自体の数が少な過ぎるので、これをもって土星人に女は居なかった、と結論づけるのは早計とは思いますが、乳牛は土星人由来のものである可能性は高いように思います。(2019.1/20)
 
                  

・・去って行った「土星人」・・・・・・・・・・・・・・

 兄さんと僕が洞窟内をいくら探しても、地底人の影など全く無かった。人どころか生き物の痕跡すら見当たらなかったでしょう?純粋に地底人である土星人は、今では‘僕の王国’から完全に姿を消してしまった。
 いつ頃起きたことだったのだろう?

 レアやイオのように、土星人文字の記憶遺伝を持つ乳牛が存在するのだから、「北斗七星人」と「土星人」間の混血があったことは確実です。
 土星人は光ったという記録があります。アニも光る。アニ、つまり風神さまも土星人の血をひく方だったのでは無いでしょうか。

 兄さんから教えてもらった「土星」の歌のように、土星人は集団でこの地の地底から去って行ったのだろうか。そして混血児の一部だけが砂の岬に取り残され、風神さまやアニ、レア、イオの血脈につながっていったのだろうか?

 だとしたら、残った者と去って行った者の違いは何だったのか?僕が想像するに、混血した子孫の中には、地上生活に適応してしまい、地底生活に不向きになってしまった者も一定数現れたのでは無いか思う。文字通り、土星に帰ったのだとしたら、もう土星では生きていけなくなった者も居たのかも知れない。

 あの歌詞は、土星人は205才まで生き、空を飛べる、と言っていますが、そんな人の話は聞いたことがありませんね。そういう形質は代を重ねるごとに消えいったのかな。そうそう、兄さんは、アニが戦で光ったときの話をしてくれたとき「ナギも特殊な子だよ」と言って、冗談交じりに「そのうち空を飛び始めるかも知れないぞ」なんて言っていたっけ。あの歌詞からだったんだな。

 歌詞では、土星にはオレンジ色の雪が降る、とも言っていた。雪の粒は六角形です。土星人の記録には六角形の絵がたくさんあります。僕が見つけた地下室の空間は、最後に木像の横穴の上部を見つけたことで、結局、全部で6室になりました。土星人は‘6’という数字に縁が深いようだ。

 まだ見せていなかったけれど、僕は地下室を利用して巨大な覗き眼鏡を造りました。覗き眼鏡で覗いた土星は、その頭に小さな綺麗な六角形の帽子をかぶっていました。

・・‘風神さま’・・・・・・・・

 土星人の紙冊子の中に、風神の伝記があります。その絵姿は、アニにもナギにも似ているんです。しかし、紙冊子が書かれた時代は、我々の始祖といわれる‘風神さま’が砂の岬におられた時とずいぶん時代が違う。‘風神さま’はたかだか150年前の人だ。
 これはとても不思議な事です。
 我々の‘風神さま’とはいったい誰なのか?

 北斗七星人の石版にも‘風神’が描かれています。‘風神’は、北斗七星人が土星人と出会う前から、北斗七星人の信仰の対象でもあったようです。
 名前はひとつでも、我々の‘風神さま’、北斗七星人の‘風神’、土星人の‘風神’は、それぞれの別の神なのかも知れません。

 そしてあの横穴の実に不思議な‘木像’。
 どなたをモデルにしたものかも重要ですが、僕はそれ以上に、あれほど美しい石材が豊富な洞窟に、石像では無く木像があるということが気になっています。湿気が多い地下には木より石のほうが適しているだろうに、どうして木で造ったのだろう?

・・水源のこと・・・・・・・・

 あの歌は、僕らの世界を全否定し、こんなことをしていたのでは君たちの世界はもうすぐ終わる、もうこんなところには居られない、人々がnatural high で居られる素晴らしい故郷の土星に帰ろう、と歌っている。
 北斗七星人と混血までして馴染み、かなり長い時代をここで過ごしていたらしい土星人は、なぜ急にここから去らねばならなかったのだろう?

 そうであって欲しくは無いのですが、僕は、水をめぐって地上人と地底人の間に諍いが起きた可能性を考えずにはいられませんでした。
 もちろん水源は大切です。しかし、砂の岬は、水源について神経質すぎるほど敏感な集落だと思います。僕は他の集落を旅させてもらって、それを強く感じました。それは、古に何か水源に対して神経質にならざるを得なかった事件があったからなのでは無いのか?

 地上で生活する北斗七星人と、地下生活の土星人では、水の処理に関して利益が異なることもあっただろう。それをうまく調整できていたのだろうか?
 洞窟の通路の階段や地下道、これは双方の利益のために造られたものだったのだろうか?それとも戦や諍いの跡なのだろうか?
 七つ小屋の位置にあったはずの古の構築物は、交流のために造られたものだったのだろうか?それとも地上人が地底人を封じ込めるために造ったものだったのだろうか?

・・八角小屋・・・・・・・・・・・・・・・

 土星人の6,北斗七星人の7・・・僕は‘6’でも‘7’でも無い象徴的な建物をひとつ建てたかった。そして七つ小屋の一番端に‘8’=八角の高い塔を建てようと思った。塔は断念しましたが、奇しくもそこにあんな洞窟が見つかった。
 導きであったのだろうと思っています。(2019.1/26)
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 少し痛みがあるので、壺の香りを嗅ぎに棚まで這いました。まだ這うことはできている。壺の魔水の香りが効いてきて痛みはずいぶん和らいできました。しかしずいぶんふにゃふにゃと脱力してしまった。効いてくるにつれさらにふにゃふにゃになるはずです。乱筆、乱文、お許し下さい。

 壺の香りは何種類もあります。痛みがとれたり、媚薬にもなる。使い途は多いけれど、多く嗅ぎすぎると腑抜けのようになってしまうので気をつけてください。使うときは‘魔水の壺’という巻物に書き残した注意を読んでからのほうが良い。
 
 這っているとき、アリの行列に出会いました。
 ‘砂の岬’の社会は、血統主義という意味では馬のようだけれど、一番似ているのはアリかも知れない。
 ‘砂の岬’の男と乳牛は、戦いアリと女王アリのようなものだ。女王アリは繁殖に特化している。普段はふれあうことは無く、生殖のときにしか接触しない。
 人員配分はぼくらとはだいぶ違うね。繁殖に供されるのは女王アリだけで、残りは全部が働きアリだものね。一度に大量の卵を産めるアリの社会だと、それが合理的なんだろうな。
 地下生活をしているという点で、アリは土星人を連想させる。やはり乳牛は土星人由来なんじゃないか。

 僕が子供の頃、長老たちは‘追い出された神の子’や‘神の兄弟’の話をよく聞かせてくれた。追い出された神の子も、遠い地で戦い成果をあげ、神社会に貢献することによって戻ることを許される、そんな物語がたくさんあった。
 長老たちは僕を力づけようとしてくれていたのでしょうね。
 神々の世界には、追い出された神の子の話がとても多いのです。それに比べて砂の岬で集落を追い出された僕のような存在は、例外的です。
 うらみ言を言っているのでも、皮肉を言っているのでも無く、僕のような存在が例外的だということは、それだけ‘砂の岬’が安定した社会を作ることができているというあかしなのだと思う。
‘砂の岬’の社会は、伝承にある神々の世界よりも安定的なのでは無いでしょうか。涜神と言われてしまうかも知れないが、神々の世界は決して平和的でも友好的でも無い。力がものをいう世界ですね。

 あの無機的な「血統表」、あれが‘砂の岬’をよくあらわしていると思います。この集落に血統はあっても、血族は無い。
 子がどんな悪事をはたらいてもなお、その子を愛し守ろうとする愚かな父、おろかな母を、ぼくらは持たない。ぼくをこの世に生かしてくれたのは、血縁の母の動物的な愛では無く、長老たちの慈悲心だった。
 時にうっとおしいほどのおろかな血族愛、それから自由でいられることは、理性にとってはとてもありがたいことなのに、ぼくらの心は、アリの心になりきれないままでいる。ぼくらは皆、欠落感をいだきながら生きている。おろかなぼくらの心は、賢者のわけへだてない慈悲では無く、いまだにおろかな母のほうを恋しがっているのかな。
 ぼくらの心の欠落は‘砂の岬’集落への愛着に向かう。ぼくらは‘砂の岬’に吸収されることでその欠落感を埋めようとする。‘砂の岬’の絆は強いものになる。男同士の関係は多分に義兄弟的だ。‘砂の岬’はそうやって形づくられた、とてもできのよい軍団なのだと思う。

 ぼくの立ばは、特殊だった。ぼくは生まれたときから、砂の岬に自分自身を吸収させることなどできなかった。
 しかしそれと引き替えに、ぼくは兄さんという血族をえました。
 他の男たちとは違い、レアというはんりょも得ました。

 レアの血統は平凡なものだったから、レアは一般きゅう舎のにゅうぎゅうだったね
 「評価の高い血統の乳牛が、美しい愛らしい、というわけでは無いぞ、むしろ一般きゅう舎のほうが色っぽいのが多いんだ」
とシンはよく言っていた いがいにこんなことも‘砂の岬’の安定に一役買っているのかも知れない
 兄さんはレアをあまりおこのみでは無かったな
「かわいい」とぼくが言うと
「そうか?どっちかっていうとぶさいくなほうじゃ無いか?」
 なんて言っていたものね
 でもシンは僕と同意見でしたよ シンとは好みが似ていたんだな
 ああ、みな、若かったな こんな話をしていたむかしのこと とても楽しい想い出です

 兄さんたちは、乳牛を昔の人間の女に戻させる方向で、血統の配合をくふうする努力をしている
 このこころみが未来の人間をどのような形に変えていくのか、とてもきょうみがあります
 兄さんたちのこころみを、生きて見とどけることができないのはざん念ですが、そんなことを言ってもきりがないな
 うたの土星人のように205才まで生きられても、それでもまだ足りないだろう

 ぼくはもう十分、いろいろな面白いものを見させてもらいました

 雨がふってきたのかな しずかな音がきこえる
 やわらかい三月の雨は ぼくのこきゅうを楽にする
 岬にはどんなぐあいに降っているのだろう
 兄さん、ぼくは兄さんにもないしょで海を見に行ったことがあるんだよ
 台風の夜だった 今なら人はだれも居ないだろうとおもって行ってみたんだ
 荒れくるう海はおそろしかったけれど 
 
 ・・・あ、レア、迎えに来てくれているのか?

 にいさんに手紙をかいているところだからもう少しまっていて
 僕ほどのじかんをかけてこの‘僕の王国’の地をたいけんできた者は
 あとにもさきにもいないのだから

 にいさん 指に力がなくなってきた

 ‘僕の王国’はまわっています いや砂の岬がまわっていて‘僕の王国’がとまっている

 兄さん 

 あなたとどうくつからみた八角小屋の光のように 
 やみの中 頭上から光がさしこんでいるのが見えています

‘神’と‘神々’
‘神々’は、徹底した‘法’
  女を乳牛に変えられることもある 赤ん坊を殺してしまえと命じられることもある
‘神’は、ぼくら人間の中に眠っていらっしゃって、ぼくらをみちびいて下さるもの
  澄んだ水のようなもの まれにしかお目覚めいただけないが とてもここち良い 

 ぼくは発明をしたことはないのかもしれない してきたのは常に発見
 全身全霊 神とともに
 ぼくはそんなこまかい発見のつみかさねで きれいなものを作りたい
 光がともる 夢中になる それできれいなものができたら

 でも それだけでは いけないのかな
 きれいなものにも いけないもの ざんこくなものがあるのかもしれないから
 土星人たちはしつぼうして土星にかえって行ってしまった

 レア、あ?そうなの?
 チキはトン アニがナギ ナギがアニ
 そうだね にいさん
 
 にいさん、ていせいしなくては
 ぼくのそうぞうとは だいぶ ちがっていたかも知れない
 さっきまで たくさんの土星人がみえていた
 今見えているのは一人だけ
 あの歌をうたっている
 ああ そこは 「あ゛ーー」じゃなくて「I’m・・」なのか
 たったひとりでやってきて ひとりでかえっていったのか
 いさかいなんて なかった
 その土星人はそれまでになんどもここにきていた
 そろそろまたいくかもしれない といっている
 
 
 にいさん だいじょうぶだ 砂の岬はだいじょうぶ 
 
 
 木切れ 石ころ
 道の果て
 
 ・・・(手紙はここで終わっていた)・・・

Joao Gilberto - Aguas de Marco(三月の水)
From the João Gilberto (1973)

 「木切れ 石ころ 道の果て」
 「ああ、今は全部覚えているけど、一日経ったら忘れてしまいそうよ。覚えていられる自信が無いわ。二人でなんども繰り返して確認しましょう。ほかのことは何も考えないように心を空っぽにして」
 とシチが言う。

 サダは、しばらく考え込んでいたが、
 「アニとナギの夢に入り込むことができれば・・・」と言う。
 「でもナギが・・悪い妄想が入り込んでまたうなされてしまうかも知れない」
 「妄想と夢は違うわ。夢なら大丈夫だと思うの」

 サダとシチは‘ポト’小屋を出て‘ミラ’小屋に向かった。(2019.1/29)

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